彼女たちは来た!
ヘイズとブライアン隊長の熾烈な殴り合いは、そりゃもう盛り上がった。
感化されたプレイヤーが近接武器オンリーの即席大会を始めるほどだ。
そして、その勝敗がつくたびにアルが無表情でガッツポーズを決め、悲鳴と怨嗟の声が響く。
出張所の売店には、アリーナの上位層に揉まれたダンが力尽きている。
強く生きろ。
「それで……」
にぎやかな出張所をゆっくりと見渡し、それから隣の友人へ視線を戻す。
死闘の末、ブライアン隊長をぶち抜いたヘイズは一言も発さない。
勝利を噛み締めている、というより心ここにあらずって感じだ。
「何に悩んでるんだ?」
あくまで普段通りに、気負わせないように話しかける。
「…何のことだ」
メカメカしい狐の面で表情は見えない。
だが、その固い声を聞けば、図星だと一瞬で分かる。
「お、すっとぼける気か?」
「……お前に隠し事はできんな」
中学時代からの友人にサムズアップを返す。
甘く見てもらっちゃ困るぜ。
「さぁ、どんとこい!」
そう言って胸を叩いた俺を、ちらりと見るヘイズ。
しばしの沈黙──これは言葉を選んでる時の沈黙だ。
いつまでも待つぜ、俺は。
「仮に……仮の話だ」
再び口を開いたヘイズは、大型スクリーンの1基に視線を向けた。
アリーナの出張所に満ちる歓声と悲鳴。
そんな喧噪を遠くに、傍らの声へ意識を集中する。
「もしも、ゾエが──」
息を継ぐ。
「私たちを滅ぼす敵だとしたら、どうする?」
大型スクリーンを爆発の閃光が満たし、出張所の壁に俺たちの影が伸びる。
「敵、か……」
ヘイズの言葉を反芻する。
そして、師匠の手を引きながら大型スクリーンを指差すゾエを見つめる。
「そんな風に見える?」
否定ではなく確認。
可能性はあった──あの研究施設にいた時から。
認めたくなかった。
だから、先送りにしてきた。
「少なくとも、無人兵器どもが奪還に動くだけのポテンシャルはある」
反論は、ない。
日常的に接していると忘れそうになるが、ゾエはティタンや無人兵器、プレイヤーが生み出した新体系の技術すら制御下に置ける。
一切の支援を受けずに。
「ただの推測……いや、妄言の類か」
ヘイズは自嘲気味に笑い、腕を組んで壁に背を預ける。
「私も真に受けているわけではない」
しかし、その苦々しい声色が変わることはなかった。
「だが、無人兵器に関連した存在であることは疑いようがない」
「…なるほどな」
ゾエに護衛は必要ない。
それは身の安全が確保されたからじゃない。
いざという時に備えている。
あらかじめ芽を摘む──その選択をヘイズは選ばなかった。
まだ推測でしかないからだ。
俺の友人は、あらゆる可能性を諦めていない。
諦められるはずがない。
「なぁ、ヘイズ」
気づいた時には口が動いていた。
「まだ、そうと決まったわけじゃないよな?」
否定ではなく確認。
ヘイズの振り向く気配を感じ、俺は肩の力を抜く。
「なら、俺は違う可能性に賭けてみたい」
ゾエと出会った第二の現実がもつ可能性を、俺は信じたい。
「楽観的だな」
「悲観しても仕方ないだろ?」
楽観的なのは百も承知だ。
でも、まずは信じないことには始まらない。
「もし、ゾエが敵になったら?」
「全力で止める」
即答する。
最悪の事態なんて力で捻じ伏せるだけだ。
ここはティタン・フロントラインだぜ?
「俺たちで」
ヘイズの前に拳を出し、笑ってみせる。
1人なら途方に暮れてるかもしれないが、俺は1人じゃない。
「……お前は、そういう奴だったな」
狐面の奥で笑みを零すヘイズと拳を突き合わせる。
「おうよ」
俺は諦めが悪いんだ。
オープニングを倒した男は伊達じゃないぜ?
無人兵器でも何でもどんとこい、だ。
「V、ヘイズ!」
元気一杯の声に振り向けば、飛び込んでくる影。
バトルドレスの重量も加わった突進を辛うじて止め、我らがゾエちゃんを抱える。
「ゾエもアリーナに登録したいです!」
俺を見上げるスカイブルーの瞳は、きらきらと輝いていた。
「ふっ……ついに来たか」
熱戦の数々を目にして我慢できるわけないよな。
ゾエの後ろに立つ師匠も力強く頷いていた。
「行こうぜ、ヘイズ!」
こういうのは、保護者同伴じゃないとな。
「…ああ」
差し出した俺の手を、ヘイズは力強く握った。
◆
赤茶けた砂に覆われた放棄都市より黒煙が立ち上る。
かつて世界を統治していた旧人類の遺構が破壊され、無価値な瓦礫へ変わっていく。
≪ドローン3、ロスト≫
「ご丁寧にどうも!」
囮として放った偵察用ドローンが撃墜されたところで、もはや関係ない。
背後より迫る追手が彼女を見逃すことはないだろう。
高層ビルを貫く光の柱──否、レーザーブレイドの光芒。
一太刀で構造物が溶断され、摩天楼は地へと倒れる。
そして、舞い上がる砂塵を突き破り、異形のティタンが姿を現す。
マッド・ドッグの名で知られる無人兵器だ。
「派手な依頼がいいとは言ったけどさっ」
サンドカラーの中量級ティタンが地を蹴り、間一髪でレーザーブレイドの直撃を躱す。
それ以上の追撃は許すまいとアサルトライフルを3連射。
しかし、着弾点にマッド・ドッグの姿はない。
スラスターの紅い光がビル群の影で尾を引く。
「こういう大役は勘弁してほしいな!」
アルジェント・メディウムの斥候を偵察するという依頼は、斥候が本隊と判明した時から最重要案件となった。
この情報の有無が戦局を変えるかもしれない。
是が非でも帰還しなければならなかった。
しかし、それを許すほど無人兵器も手緩くない。
≪エネルギー残30%≫
スラスターの光が絶え、落下する中量級ティタン。
幹線道路に降り立った瞬間、赤茶けた砂塵を紅蓮の光が吹き散らす。
高層ビルの影より現れる頭のない巨人──ノーヘッド。
鳴り響く警告音。
ノーヘッドの左腕から伸びる光の剣が、サンドカラーの扁平な頭部へ振り下ろされる。
「しまっ──」
刹那、ノーヘッドの左肩が爆ぜた。
その焔は眩い閃光を放ち、白銀の輝きで世界を焦がす。
摂氏3000度──それはテルミット反応を用いた焼夷弾の焔。
予想外の攻撃に混乱するノーヘッドはスラスターを逆噴射、離脱を図った。
その側面へ肉薄する青い影が、音速を超えた蹴撃を放つ。
≪遅くなってすみません、リリ君!≫
炎上するノーヘッドの胴体を粉砕し、幹線道路に着地する重量級ティタン。
砂塵を焦がす焔とは対照的な青で彩られた機体は、フレイムスロワーの焔を新手のノーヘッドへ見舞う。
≪ここは私とリンウッド君で止めます!≫
その間にサブアームを用い、左腕のグレネードランチャーに焼夷弾を装填。
護衛対象を背に隠し、青きティタンは猛然と焔を吐き出す。
「たった2機じゃ無理だよ!」
≪大丈夫! リンちゃんもフレイムさんも強いから!≫
溌溂とした少女の声が通信越しに響く。
そして、焔の濁流を飛び越えたノーヘッドが大口径のAP弾に貫かれ、爆散する。
射手は、倒壊したビルに身を潜める赤い軽量級ティタン。
≪行ってくれ、リリさん!≫
切迫した様子で叫ぶ少年の声。
ワインレッドで染め上げられた複座機が跳躍した瞬間、ビルの残骸は爆撃によって瓦礫の山に変わる。
本隊に捕捉されれば、誰も離脱できない。
決断が必要だった。
「必ず追って来いよっ」
依頼達成のため雇われた者同士だが、為人を知れば赤の他人ではない。
≪ああ!≫
≪また後で会いましょう!≫
だからこそ、再会の約束を交えて、彼らは死地へと赴く。
重々しい砲声が轟き、白銀の輝きが放棄都市を照らす。
それらを背後に置き去り、左肩部のステルスユニットを起動させる。
紫の燐光を纏う──サンドカラーの機体が砂塵に消える。
廉価品ゆえ有効時間は短い。
それでも生還の確率を少しでも高めるため、躊躇なく使用する。
≪リンちゃん、ミサイルの残弾ゼロだよ!≫
≪分かって──フレイムさん、狙撃だ!≫
無人兵器は次々と増援を投じ、レーダーに映る僚機を取り囲んでいく。
≪これは……ヴィクセ──≫
通信が途絶え、耳障りなノイズがコクピットを満たす。
「ちくしょう…!」
嘆きを聞く者はいない。
鉄の嵐が吹き荒れ、焔と砂が混じり合って渦を巻く。
≪──機械仕掛けの巫女は問う≫
ついにストーリーイベントが開始され、アルジェント・メディウムは歩き出した。
血も涙もない機械の軍勢を引き連れて。
≪人類生存の可否を≫
新人類は死力を尽くし、彼女を退けなければならない。
斯くして前線は築かれた。




