障害を突破してください
ティタンのコクピット越しでも聞こえるエンジンの咆哮。
特別に接続してもらった機外のカメラは、吹き上がる水飛沫、黒々とした水面、そして墓標のようなビル群を映す。
ポストアポカリプスあるあるの景色──水没都市。
そこを俺たちは輸送ヘリコプターより高速で滑走していた。
「すげぇ…!」
何度目かの感嘆。
もう語彙が出力できない。
船にエンジンと翼が生えたような大怪鳥ルンルンは、とんでもねぇモンスターマシンだった。
≪ふふふ、もっと褒めてくれていいんよ!≫
何度でも上機嫌に返してくれる、兎耳幼女先輩ムリヤさん。
かわいい。
幼女の姿なのは、素体再生費用が安いからだそう。
ロマンのために身を捧げる人、多くない?
≪そろそろエリア13だ。再度、確認するぞ≫
≪うむ≫
「おう」
無線越しに響くヘイズの冷静な声に頷く。
ムリヤさんの隠しドックで行ったブリーフィングのおさらいだ。
≪目的地は、ここから北西に約60kmにある研究施設だ。施設は一部が水没、内部の状態は不明……よって、突入後は臨機応変に対応する≫
視界の左端にウィンドウが現れ、目的地の外観を映す。
画質が粗く、辛うじてドーム状の建築と分かる。
見えても辿り着けない場所──考察班垂涎の場所。
最新のマップ情報を売ってくれた人の要求した報酬は、内部の情報だった。
ティタン・フロントラインは、まだまだ未開のフロンティアらしい。
≪施設までは、10km地点までWIGで低空侵入。WIG離脱後はティタンで高架橋沿いに接近する…ここまではいいな?≫
≪ああ、問題ない≫
ウィンドウがマップに切り替わり、移動ルートを表示する。
水没していない高架橋が、研究施設まで続く最も安定した足場だ。
そして、相手にとっても狙いやすい。
≪私たちの突入を妨害するのは、アルジェント・メディウムの無人兵器だ≫
邪教の信奉するエネミー、アルジェント・メディウム。
無人兵器工廠を管理し、無人兵器を統制する戦略級AI──過労死しない?
直接対決するわけではないが、野良と違って彼女に統制された無人兵器は、奴より殺意が高いそう。
≪まず、カマール3による攻撃で狙撃ユニットが展開できるビルを破壊。同時にECMを作動させ、10km地点まで進入する≫
大怪鳥ルンルンは多芸だ。
機体上面に6基の大型ランチャー、垂直尾翼に大出力のECMを搭載している。
弱点は、ティタンを4機も搭載できる図体。
そこはムリヤさんが腕でカバーする。
≪WIGの離脱後、私がECMで妨害を行い、施設へ突入。内部を探索した後、回収地点まで離脱する≫
ヘイズのティタンは、今回のミッションに合わせてパーツを変更していた。
右腕にはスナイパーライフル、両肩にはECMポッド。
このECMポッドが、俺たちの生命線だ。
≪ECMの有効時間は20分≫
「それを超過して脱出できなかったら」
≪ミッション失敗だ≫
無人兵器が統制を取り戻せば、研究施設の調査どころじゃなくなる。
脱出も困難になる。
だから、今回はタイムアタックだ。
≪ふっ…やはり、シビアだな≫
そう言いながら、ちっとも困難を感じさせない師匠。
大人の余裕ってやつを醸してる。
痺れるぜ。
≪ムリヤが墜されても失敗なんよね?≫
≪ああ≫
大怪鳥ルンルンは帰りの脚でもある。
つまり、一度離脱した後、再突入しなければならない。
片道切符とは?
「俺はムリヤさんとルンルンを信じますよ」
それでもムリヤさんは無理だと言わなかった。
自分の腕と愛機を信じた力強い眼差しを、俺は信じるぜ。
≪うむ、これほどの機体とパイロットだ。心配あるまい≫
≪むしろ、私たちが回収地点に辿り着けるかを心配しておけ≫
俺たちが失敗すれば、全ては水の泡となる。
気合入れていかないとな!
≪みんな……感謝するんよ≫
泣くにはまだ早いぜ、ムリヤさん。
ここからがパーティー会場だ。
≪よし、ミッション開始だ≫
賽は投げられた。
世界が微かに傾き、旋回が開始される。
機外で荒れ狂ったように吹き上がる水飛沫。
そして、腹底に響くエンジンの咆哮!
≪突入するんよ≫
頼むぜ、大怪鳥ルンルン!
◆
遥か彼方で立ち上る黒煙。
カマール3は全弾が命中し、頭の高いビルを全て爆砕した。
広域に拡散するタジマ粒子によって、レーダーにノイズが走る。
だが──
「これ、10kmまで接近できるのか!?」
ばら撒かれるフレアの輝き。
遅れて至近の水面が爆ぜて、水柱が上がる。
エリア13に進入した瞬間、俺たちは熱烈な歓迎を受けていた。
≪これでも小雨なんよっ≫
「これで小雨…?」
一瞬で火の鳥にされそうなミサイルの弾幕が小雨。
ECMで妨害し、かつ戦力が手薄なルートでこれなら、本場はどうなっちまうんだ?
傾いた高層ビルの影を潜り──ミサイルの直撃で倒壊する高層ビル。
しかし、なおもミサイルが追ってくる。
数は20発以上。
「ムリヤさん、まだ来る!」
≪見えてるんよ!≫
尾部から等間隔で発射されるフレアの輝き。
同時に機体が水面を横へ滑っていく。
熱源を追うミサイル──すぐ背後の水面で炸裂。
水柱が連なり、時に爆炎が瞬く。
間一髪、どんなアトラクションよりもスリル満点だぜ!
≪残り30kmだ≫
≪了解なんよっ≫
ムリヤさんの駆る大怪鳥ルンルンは、なおも前進を続ける。
ECMで厄介なミサイルは封じているらしいが、それでも凄まじい。
視界の端、風穴の開いたビル──その影から飛来する高速飛翔体。
ミサイルだ、数は8。
発射したのは、二重反転式ローターの攻撃ヘリコプター!
≪ふむ……ガンシップのようだな≫
機外のカメラを回転させると、針路上にも機影が2機。
すかさず翼下のミサイルを発射する。
「好き放題撃ちやがって…!」
相棒さえ動かせれば、攻撃ヘリコプターなんて一瞬でスクラップだ。
なんとも歯痒い。
しかし、ムリヤさんを信じると言った。
ここは耐えろ、俺!
≪ふっふっふ、大丈夫なんよ…!≫
不敵に笑うムリヤさん。
フレアを発射しながら、水面を横へ滑る大怪鳥ルンルン。
あらぬ方向へ飛ぶミサイル、そして水柱が連なる。
攻撃ヘリコプター2機は──翼下のガンポッドを向け、突撃してくる。
不意に機外のカメラが大型ランチャーの基部を映す。
≪ガンシップでは──≫
ひょっこりと基部より頭を覗かせるタレット。
そこから迫り出すガトリングの砲身。
どう見てもティタンの武器だ。
≪力不足なんよ!≫
砲口が猛烈な勢いで火を噴き、鉛色の空に光が走る。
鼠色の機体に光が吸い込まれ──爆発炎上。
残る1機も一瞬で蜂の巣となり、水中へ没する。
大怪鳥ルンルン、恐るべし。
≪残り10km≫
あくまで冷静なヘイズのカウント。
道中のビル群から五月雨式に飛来するミサイル。
しつこい連中だぜ!
≪そろそろハッチを開放するんよっ≫
機外のカメラと接続を切り、相棒の視点へ戻る。
大怪鳥ルンルンの腹の中、赤いランプの点灯する貨物室。
相棒は一番奥に固定され、機外の状況が見えない。
≪行けるな?≫
「いつでも!」
≪問題ない≫
待ちきれないぜ。
フレアの眩い輝きが機外から差し込む。
≪残り1km≫
≪射出に備えるんよ!≫
スティックを握り、ペダルに足を乗せる。
機外から飛び込むガトリングの唸り声。
そういえば尾部にもタレットがあったような──赤のランプが緑へ変わる。
来た!
≪幸運を!≫
機体のロック解除と同時に、貨物室が一気に遠のく。
次の瞬間、水飛沫の白に覆われる。
ペダルを蹴ってスラスターを噴射──ロックオンの警報!
水飛沫が晴れ、一面に水没都市が広がる。
遠ざかる大怪鳥ルンルンの雄姿、そして迫り来るミサイル。
パーティーの始まりだぜ!




