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今日も今日とて宿題を片付けた俺は、ティタン・フロントラインの世界に──
「兄者、今夜もやるの?」
リビングのドアに手をかけた俺を、可愛い妹が呼び止める。
おいおい、兄が恋しくなったか?
止めてくれるな、優華。
「ふっ……相棒が俺を待ってるからな」
レールガンとパイルバンカーを購入するため、相棒と戦場へ赴かねばならんのだ。
それを聞いた風呂上がりで薄着の優華は、一拍置いてから相槌を打つ。
「ああ、藤坂さん」
「藤坂は相棒じゃないだろ」
妹よ、相棒と友人は違う──なぜ、そんな残念そうな目で兄を見るんだ。
「兄者、頭いいのに馬鹿だよね」
「いいか、優華……ちょっと馬鹿なくらいが男の子はいいんだ」
「私は賢い兄者が好きだよ」
「眼鏡でも掛けるか!」
優華の願いとなれば仕方ねぇ。
今日から俺は優等生の本田勝二だ!
誰だよ、ちょっと馬鹿なくらいがいいとか言った奴は。
「はぁ……うん、それでいいと思うよ」
長い溜息の後、スマホへ視線を戻し、ソファへ沈み込む優華。
どこか釈然としないが、俺は理解ある兄だ。
追究はすまい。
「優華、風邪引く前に服を着るんだぞ」
「分かった」
さて、ティタン・フロントラインの時間だ!
◆
白昼堂々とセントラルを練り歩いている俺。
微妙に曇った空の下、サイボーグや獣人の人々が行き来するストリート。
肩で風を切るそっくりさん、それを観察する荒んだ眼差し。
俺がVと知られたが最後──世界は牙を剥く。
気分はアンダーグラウンド。
ヘルメットじゃなくてマスクでも被ろうかな!
「はぁ……」
1人で買い物とか泣いちゃうぞ、ほんと。
藤坂ことヘイズ、そして師匠は有名人らしく、一緒に出歩くことはできないんだって!
「おーい、そこの君」
初心者への擬態──擬態じゃなく、本当に初心者なんだけどな。
ともかく、この雑踏に紛れる限り、俺の正体に気が付く奴はいない。
某ショップでレールガンとパイルバンカーの価格表と睨めっこしても問題なかった。
「聞こえてないねぇ」
しかし、2人と並び歩いた瞬間、俺はVと断定されるのだそう。
どういうロジックだよ。
「そこの懐が寒そうなニュービーの君!」
誰だ、俺みたいな初心者を狙い撃ちにしたような呼び込みをするのは?
声のする方向に振り向けば──サングラスを掛けたオールバックのおじさん。
カオスな人々の行き交うストリートでも目立つ長身だ。
視線は見えないが、明らかに俺を見ている。
「そう、君だよ、君!」
親しげな声を上げ、歩み寄ってくる謎のおじさん。
白衣みたいなコートを羽織っていて、ひどく場違いな印象を受ける。
「俺に…何か用ですか?」
「いやぁ、不景気な顔をしてたから、景気の良い話を──詐欺師を見る目だねぇ」
そりゃ、そうよ。
どう見ても詐欺師だぜ、おじさん。
ヘイズから怪しい人の話は聞かないよう言われてんだ。
あいつは俺の母さんか?
「安心しなよ。ニュービーにもできる調査を依頼するだけさ」
初心者向けって話なら、俺じゃなくても周りにも候補がいると思うけどな。
というか、候補者だらけだ。
それに──
「調査って?」
俺が反応した瞬間、おじさんの口角が上がる。
まるでサメみたいだ。
「これだよっ」
コートの裏から取り出した端末の画面を高速スワイプ!
そして、俺の端末が軽快な着信音を鳴らす。
端末の画面には、ミッションの依頼──研究施設内部の調査?
いや、それより報酬額だ。
桁を一つ間違えてないか、これ?
「このクレジットを全額前払い…?」
「そう! そして、調査中に発見したパーツも、なんと君のモノ!」
パーツは特に興味ないが、このクレジットは破格だ。
レールガンとパイルバンカーを買って、お釣りが来るぞ。
震えるぜ。
「ふ、太っ腹じゃん…!」
「お得な依頼ってわけさ。やるしかないよねぇ?」
こんな旨い話があるのか?
いや、ない。
どう見てもヘイズと師匠に聞くべき案件だよな。
「これ、本当にニュービー向けの依頼──」
「君ならできる!」
このおじさん、めちゃくちゃ押しが強い。
行き交う人も同情的な視線を投げてくる。
同情するなら助けてくれよ。
仕方ねぇ。
ここは穏便に切り抜けて、後で依頼をキャンセルする!
「分かりました……持ち帰って──」
「はい、決定! 振り込み完了!」
「はやっ!」
そんな軽率に放り込んでいい額じゃないだろ!
「それで助っ人を雇ってもいいかもねぇ」
満面の笑みだから、非常に抗議しづらい。
そして、端末に表示されたクレジットが信じられない額に!
「ありがとうございます、えっと……」
依頼主の善意を、この往来で蔑ろにするのは気が引けた。
形だけでも謝意を示そうと、おじさんを見上げる。
サングラスで目が見えない。
「名乗るほどの者じゃないよ!」
俺の肩を軽く叩き、からからと笑うおじさん。
音もなく雑踏へ入り込み、その流れに乗って立ち去っていく。
「それじゃあ、頑張ってねぇ」
手を振る長身のおじさんに、とりあえず手を振り返す。
嵐みたいな依頼主だ。
まずい、怪しい依頼を引き受けちまったぜ。
急いで2人の下へ──
「彼女によろしく」
声のトーンが違った。
抑揚のない平坦な声、まるで別人だ。
「…マジかよ」
振り向いた先に、依頼主の姿は影も形もなかった。




