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その2 分からないけれど

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

一旦、連続での更新は終了です。

更新情報は春志乃のX(旧Twitter)にてご確認下さい。


それではまた他の作品も楽しんで頂ければ幸いです。

※ヴィム視点の番外編です


 恋ってそんなにいいものなんだろうか。

 目の前でしょぼくれる十五年来の親友を眺めながら、ヴィムはそんなことを思った。

 ここは騎士団のロナルドの執務室。いつもの診察に訪れたヴィムは「たまには茶でも飲もう」と午後のお茶の時間だったのもあって、引き留められたのだ。


「ジェフリーが魔物のおかげで非常に協力的だから、クラリスは最近、姉君と毎日、楽しそうに交換日記をしているんだ」


 なんでも毎朝、ジェフリーが学院に行く前にロナルドの家に立ち寄って、姉妹の交換日記に一役買っているらしい。毎朝、あの家にいる使い魔の魔物たちに挨拶をすることが彼の生きがいになっているそうだ。


「最近はもうずっと、お姉さまが、お姉さまと、お姉さまの、とお姉さまの話ばっかりだ。いや、可愛い。クラリスにとっては唯一の血縁がある家族で、和解できたことに喜んで姉に甘えるクラリスは俺に甘えるクラリスとはまた違った趣があって大変可愛い。だが、なんだか寂しいんだ!」


 ううっと唸りながら両手で顔を覆うロナルドにヴィムは「大変そうだねえ」とコーディの淹れてくれたお茶を飲みながら言った。


「まあまあ、師団長。これはいわば序の口ですよ」


 最近はめっきり使わなくなった隣の事務員室に行っていたコーディがお茶菓子を片手に戻って来た。その手には、美味しそうなクッキーがあった。


「序の口?」


「ええ、序の口です。さ、どうぞ。この間、師団長がご令嬢たちに送った詫びクッキーの余りです」


「わー、美味しそうだね」


 ヴィムはさっそくジャムのクッキーに手を伸ばす。


「コーディ、序の口とはなんだ? まだ何かあるのか?」


 クッキーには目もくれず、ロナルドがコーディに話の先を求める。コーディはソファに腰を下ろしながら口を開く。


「これからクラリス嬢の世界はどんどん広がっていくわけですから、話題にのぼるのはお姉さまだけではなくなるんですよ。次はアナスタシアお姉さまかもしれませんし、そのお子様の皆さんかもしれません」


 ロナルドの顔に衝撃が走っているのが見てわかった。

 表情が豊かになったなぁ、とヴィムは二つ目のクッキーに手を伸ばす。

 幼い頃のヴィムに比べれば、モニカとアランに大切に育てられたロナルドは十分、表情豊かだったし、色々な感情を教えてくれたのも彼だけれど、持病の魔力過多症が悪化していくにつれ、今思えば色んな感情や表情が彼から奪われていた。

 クラリスに出会う前は、諦めたような微笑みと青白い疲れた顔ばかりだった、最近になって気が付いた時、ぞっとした。

 毎日、毎日見ているものは変化に気づきにくい。だから、病の悪化に比例して、徐々にロナルドの感情が失われていることにヴィムは気づいていなかった。

 クラリスと出会って、彼の病が改善し始めて、そして、あの歌を聴いた朝、ロナルドの顔に生気が戻るのをヴィムは確かにこの目で見たのだ。

 そして、ロナルドはクラリスに恋をした。

 コーディが貸してくれた教科書(※少女向け純愛小説)を参考にすれば、自分を助けてくれた美しい女性に恋をするのは必然のことだと思われる。

 女性のことについてはよく分からないが、確かにクラリスはとても綺麗な女性だ。それに笑うと可愛らしい。


「まあ、でもこれは贅沢で、幸せな悩みなんだろうな」


 ロナルドが抱えていた頭を開放しながら言った。


「ええ、ええ、そうでしょうとも」


 コーディが大げさに頷き、くすくすとロナルドが笑う。


「以前、師団長のお見合い茶会の際にクラリスさんが言っていたんですよ。元気になった師団長が部下の話をしてくれるのが、嬉しい、と」


「……やっぱり彼女には敵わないなぁ」


 ロナルドの表情が溶けたチーズみたいに緩む。

 この顔は初めて見る顔だ、と五枚目のクッキーに伸ばした手が止まる。

 これはきっと、愛ってやつだ。

 クラリスに恋をしたロナルドは、今みたいにヴィムの知らなかった表情を見せることがある。

 恋も愛もヴィムには、あまりに未知のものすぎてよく分からないけれど、彼を見ている限りだと幸せそうなものだな、と思う。もちろん、人間関係に準ずるものだから、悩みも尽きないようであるが、それでもクラリスに恋をしてからの彼は、とても幸せそうだ。


「ロナルドはさ、クラリスさんのどんなところが一番好きなの?」


「一番好きなところ……」


 眉間に皺を寄せて、ロナルドが悩みだす。


「そうだな……全部と言えば全部なんだが、あえて言うなら俺を人間にさせてくれるところ、かな」


「? ロナルドはもともと人間だよ?」


 ヴィムは全く訳が分からなくて首を傾げた。

 確かに持病や、その強さから魔獣騎士と彼が揶揄されていることは知っているが、ロナルドは人族の立派な人間である。


「俺の母は魔獣みたいな女だろう?」


「そうだね。……あ」


 コーディは曖昧に微笑んだが、ヴィムはうっかり頷いてしまった。だが、ロナルドは、ははっと笑って「そうなんだ」と頷いた。


「だから話は通じないのはしょうがない、ロナルド様は人間だもの、ってクラリスは言ってくれるんだ。なんだかその言葉ですごく心が軽くなったんだよ。魔獣を相手にしてきた俺だからこそ、魔獣相手に話し合いができないことは百も承知だからな」


「クラリス嬢は、すごいですね」


 コーディが感心した様子で言った。


「ああ。きっと一生、俺は彼女には勝てないんだ」


 彼は国で一番強い騎士なのに、あの細く華奢な彼女には勝てないらしい。だがそう告げる彼の顔は、やっぱり幸せそうだ。


「……ロナルドは、負けても悔しくないの? なんだか幸せそうだけど」


 ヴィムの問いにロナルドはクッキーをかじりながら笑った。


「クラリスに負けることは悔しくないな。アランもモニカには一度だって勝てないままだ」


「僕の家も父は母に勝てませんからね」


 コーディが訳知り顔で言った。

 確かにヴィムの継母も頼りない父よりは強かったけれど、でも、なんとなくだが二人が言う強さとか勝ち負けが、ヴィムの実家では適用されていない気がするのは分かる。


「俺たちは制約の多い貴族だから難しいかもしれないが、いつかヴィムも負けることが嬉しいと思える相手に出会えるといいな」


「負けることが、嬉しい?」


 さっぱりと分からない言葉にヴィムはますます首を傾げた。


「僕も負けて嬉しい相手が欲しいですよ」


 あーと声をあげながらコーディがソファに沈んだ。


「第二師団って高給取りなのに、まあ、モテないんですよ……近衛にいた頃はこの僕でさえ声を掛けられることもあったのに」


「高給取りだが、いつ死ぬかも分からんからな」


「僕が女性の立場だったら嫌ですしね、第二の騎士は」


 そう言って笑いながらコーディは体を起こした。


「僕は弟も妹もいますし、誰かどうか跡継ぎは見つかると信じて気長にいきますよ」


「俺に手伝えることがあったら言ってくれ」


「その時はぜひ。僕は使えるものは上司の権力でも使う男なので」


 冗談めかして告げるコーディにロナルドが「かなわんな」と可笑しそうに笑って肩をすくめた。


「ねえ、ロナルド」


「ん?」


「恋って、幸せなものなの?」


 ロナルドがぱちりと瞬きを一つした。


「そう……だなぁ。俺にとっては、苦しくも幸せなものだな」


「苦しいの?」


「恋とは苦しいな。愛は切ない」


「……難しいなぁ」


 たくさんの書物を読んで、それこそ難解な病と闘ってきたが、恋やら愛やらは、それらの知識と経験ではどうにもならない難しさがある。


「だが、どちらも確かに幸せだ」


 そう告げるロナルドの表情は柔らかく穏やかだ。


「いつかヴィムにだって分かる日が来るさ」


「……来るかな」


 あまり自信がなくて眉が下がる。

 けれどロナルドは「来るよ」と笑った。


「俺のように突然、風が運んでくるかもしれない、気づいたら隣にいるかもしれない。それは分からんがな」


「気の長い話だなぁ……でも、そうだな。いつかそんな相手が僕にも現れるといいなぁ」


 恋も愛もよくは分からないけれど、幸せそうなロナルドに気づけば、そんな言葉が口から転がり出ていた。

 二人は、少しだけ驚いた顔をした後、どうしてか嬉しそうに笑った。




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