2‐103渾沌の帝の姑娘と民
都を震撼させる連続殺人は毒によるものであり、解毒薬の摂取を進めるという布令は滞りなく都に拡がった。地域ごとに接種できる会場が設けられ、都の民全員に滞りなくいき渡るように順次薬の接種が執りおこなわれることになった。
まずは都中部からだ。中部の接種会場は宮廷に続く参道前の広場とさだめられた。
この広場には華表という石製の大柱が建てられている。華表の側には鼓と板があって皇帝に誤りがあれば鼓をたたき、板に誹謗を書きこめるようになっていた。現実には皇帝を畏れて誹謗を寄せるものはおらず、民を重んじる帝政の旗幟として扱われている。
続々と民衆が華表広場に集まってきた。
「薬ねぇ、よくわからんが、御上からの命令だからなぁ」
「まあ、確かにこのごろ、妙なことが続いてたからな。旱魃も酷いし、都ではなんだ、虎になる病だったか。おっかないよな。おちおち眠ってもいられねえや」
「ただでもらえるんだったら、もらっとくか」
「だが、そもそもが皇帝の政が誤ってたから、こんなことになったんだろ」
口々に喋っていたが、男が「あれ」と声をあげた。
「なんか、すげぇいいにおいがしねえか」
「ほんとだ、なんだこれ」
食欲を刺激される絶妙なかおりだ。唾がわきだす。薬の接種と聴いていた民等は戸惑って、なんだなんだと騒ぎだした。
華表の横には大型の布帳馬車が停まっている。強烈なかおりは布帳馬車から漂ってきていた。男がなかを覗きこもうとしたのがさきか。
「まもなく、薬が調います」
銀の髪をなびかせ、姑娘が馬車から降りてきた。白霜の睫に縁どられた緑眼。うす紅の唇に雪をはたいたような肌。愛らしい姑娘だ。だが、彼女はあろうことか、髪とそろいの銀の鎧を身につけていた。
民の視線をいっきに奪って、姑娘は名乗りをあげた。
「私は蔡慧玲――」
胸を張り、彼女は微笑んだ。
「索盟皇帝の姑娘です」
…………
「渾沌の姑娘だと」
「死刑になったと聴いたぞ。あれは嘘だったのか」
「罪人の姑娘じゃねぇか。それがなんで薬なんか」
混乱する民を眺めて、慧玲は微笑を崩さず神経だけを張りつめた。民の好奇の視線は転瞬、疑いの眼に変わっていた。怨嗟を滲ませて睨みあげてくるものまでいた。
索盟は民に毒を振りまいた。
佞臣に政を明け渡し、有能な臣を処刑した。日ごと続く宴で財がどれだけ喰いつぶされたことか。都に赴いて無辜の民を斬ることもあった。
その毒は先帝の死後、二年が経っても民を苦しめ続けている。
「静粛に聴いてくださ――――」
側頭部で衝撃が弾けて、慧玲は声を途切れさせた。民が靴を投げつけてきたのだ。
「渾沌の姑娘がいまさらなんだ。先帝の罪を償いたいとか、きれいごとをならべるつもりか? だったら、償わせてやるから、いますぐ死にさらせ!」
老いた男が声をからして喚きたてた。
「死刑に処された息子をかえせよ」
「そうだそうだ、渾沌の帝にどれだけ虐げられてきたか」
罵声の嵐が吹き荒れた。






