表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

王宮侍女、レスリーの話・後編

落語仕様、後編



「いや、待って待って、同じ穴のムジナって、そういう使い方しないから!」


 私の昔話を黙って聞いてらした我が主、フォルテ・グランディーザ様は、爆笑しながら突っ込みを入れてきました。常にキレのある突っ込みで定評のある王太子殿下がご不在だからなのでしょう。最近は突っ込み役もこなす、マルチな才能の持ち主です。ボケだけではないのです。王太子殿下ほどのキレはありませんが。

「では、どのように使いますか?」

「…………よくわからない言葉は使わないに限る、なのよレスリー」

「はぁ……」

 まあ、確かに、『貉』と『貉の穴』という言葉から連想しただけの東方の言葉なので、使い方が合っているかどうかもよくわかってはおりませんでした。私よりはわかっている筈の王太子妃殿下も、完全な意味や使い方は把握していらっしゃらないのでしょう。この方は、いつも王太子殿下に前世の言葉について質問されても完璧な答を返さない方なのです。



 この、二代目フォルテ様との出会いは、数年前のことでした。私、元々は、初代のフォルテ様に仕えていた侍女でございます。彼女はかなり評判の悪い令嬢でした。まず、他人の話を聞かない。思い込みが激しい。雇った侍女に体罰を与え、どんどん辞めさせてしまう。ご両親は常に心を痛めている状態でした。次期エイトビート侯爵である弟御も、しょっちゅうきつくあたられて、辛い思いをしてこられたようです。幸い私は強靭な肉体と精神を併せ持っていたので、侍女を辞めることなく続けてこられました。なにせ、エイトビート侯爵家は、御給金が王国一を誇る貴族家だったのです。更に初代フォルテ様付きになりますと、特別手当が支給されました。

 このまま白塗り令嬢のお世話をして暮らすのだろうと思っていたのですが、なんと、前世還りが起こります。初代の代わりに現れたのは、私が今まで出会ったことのない悪ノリ令嬢でした。

 初代とはまた違った敵の作り方をしながら、あれよあれよという間に王太子妃にのぼりつめ、今では国民に人気の立派なイロモノ王太子妃殿下をされています。たまに怒りで血管がブチ切れそうになっている王太子殿下を見るのも、王城の使用人一同、慣れて参りました。

 私は王太子妃殿下と気が合うと申しましょうか、最強コンビと言われて、エイトビート家の侍女から、王太子妃付きの王宮・王城勤務に変わりました。王太子妃殿下に、なくてはならない存在だと言われる度に、誇りに思う毎日です。



 三年に一度の、まったく魔法が使えなくなってしまう日。

 王太子妃殿下にそれを教えなかったのは、私の最大のミスです。また、よりにもよって、いつもは自室でごろ寝をするのを日課にしていた妃殿下が、その日に限って一人で散歩に出かけてしまったのですから、運命というものは、本当に恐ろしいものです。

 王太子殿下とカラス達による連携プレーにより、王太子妃殿下は捻挫だけですみました。こっぴどく叱られている妃殿下が涙目で私に助けを求めてきましたが、こればかりはお助けすることができません。何故なら、今回、本当に危険だったからなのです。

 いつもは魔法によって守られている王太子妃殿下。ですが、魔法がなければ、弱き生き物です。強靭な肉体を手に入れるべく鍛錬をしているわけでもなく、何かあった時に素早く逃げられるような瞬発力のある足を持っているわけでもない。どちらかというと、あまり走ったりしない方です。そういうところは、一般的なご令嬢方とあまり変わりありません。そんな無防備な状態の方が一人になることは、本当に危険なのです。


 さて、今回私が王太子妃殿下から目を離してしまったのには理由があります。実は私、本日、非番だったのです。ホワイト企業をアピールする為に、王宮侍女は週一で休暇がありまして、ちょうど今日がその日でした。三年に一度の魔法が使えない日に、王太子妃殿下から離れるのは不安だったのですが、どうやら上層部からの命令だったようで、侍女長が困惑しているなか、無理矢理休みを取らされました。

 そんな私ですので、本日は、いつまでも王太子妃殿下のお傍に仕えるわけにはいきません。妃殿下に挨拶をしてから、自室へ向かうことにしました。その途中の通路でのことです。


「あ~ら、王太子妃殿下付きの優秀な侍女のレスリーさん、本日は痛恨のミスをされましたのね」

 誰にもついていない王宮侍女の方が、通路の脇によけて私を待っておりました。たしか、伯爵令嬢だったと思います。

 歴代の王妃殿下や王太子妃殿下付き侍女は、伯爵令嬢ランクの方が務めておりました。恐らく彼女は、子爵令嬢である私が王太子妃殿下についているのが気に入らないのでしょう。前々から、ネチネチと意地悪をされてまいりましたので。

「そうですね。私のミスです」

「まあ誰にでも間違いはありますわ。ところで、喉が渇きませんこと?」

 唐突なんです。陰謀しか感じられませんでした。

「いいえ、特には……」

「そんなことないでしょう。喉が渇いている筈よ。わたくし、貴方のためにお水を用意しておりますの。どうぞ一気に飲み干して」

 もう本当に、嫌な予感しかしないのです。彼女は片手に持っていた水筒を左右に振りながら、私に差し出してきました。怪しい。怪しさしかない。けれど、ここで無碍に断ることはできません。何故なら私は子爵令嬢でしかないからです。

 チラと後ろを見ました。曲がり角に、誰かが待機しています。この侍女は、もしかしたら泳がされているのかもしれません。そして私は囮なのでしょうか。

 それでもいい。なんたって私は『貉の穴』出身の侍女です。後にこの話をすると、聞いていた王太子殿下から、『貉の穴出身ではないだろう。勝手にやり方を盗んだだけだろう』と突っ込みが入るのですが、この時の私は、『おなじあなのむじな』の名誉のために、水筒の中に何が入っていても屈しないぞとやる気満々になっていたのです。


 水筒の口をあけました。伯爵令嬢は顔を歪ませて私を見詰めております。致死量の毒でしょうかね。確実に殺そうとしている目です。私は唾をゴクリと飲みこみました。飲み干せという命令ですから、遂行せねばなりません。飲み口に唇をつけると、今度は私をじっと見ていた伯爵令嬢の唾を飲み込む音が聞こえてきます。人を一人殺そうとしているのですから、さすがに平静ではいられないのでしょう。顎を持ち上げ、一気に飲もうとした時に、通路の奥から誰かが走る音が聞こえてきます。私を呼ぶ声も。後ろからは、焦ったように近付いてくる騎士の足音。しかしもう遅い。私は今こそ、幼少の頃から培ってきた毒の処理能力を知らしめる時だと興奮しながら水筒の水を飲み干しました。


「レスリー嬢!!」

「コフッ」


 吐血。久しぶりの感覚です。体の隅々に、あっという間に毒が行き渡り、呼吸が止まりそうになりました。これは、この毒は。


 体を支えきれず後ろに倒れた私は、後ろから駆け寄ってきた騎士によって抱えられ、床に頭を叩きつけられることもなく無事でした。通路の奥から走ってきたのは、フラット・アダージョ医師です。彼は、真っ青な顔をして私の口に手を突っ込みました。信じられますか。侍女とはいえ、うら若き乙女の口に手を突っ込んだんですよ。今すぐ吐きなさい。死にたいんですかと必死になって私を揺さぶりますが、ちょっと安静にして欲しい。毒の処理の邪魔です。


「これは……青酸カリじゃないか!!」

「ほーっほっほっほ! この女が死ねば、私が次の王太子妃付き侍女よ!」

「ふざけたことを言うな!」

 伯爵令嬢は狂ってしまったのでしょう。私が死んだからと言って、彼女が次の侍女になれるとは限らない。しかも、私に危害を加えたところは複数人に見られているわけですから、侍女になるどころか、犯罪者として牢に入るしかありません。

「今日は魔法が使えなくなる日。いかに貴方が優秀な医師だとしても、彼女を掬うことはできませんわね。ふふふ、この私を蔑ろにしてきたのだから、全員が絶望を味わうとよろしいわ!」

 騎士達が集まってきて、伯爵令嬢は拘束されました。ケラケラと笑いながら私を罵っている彼女は、恐らく家族諸共罪を償うことになるでしょう。一応私も貴族の端くれですので、その罪は重くなります。

 それよりも、そろそろ、彼女の方に絶望を味わっていただきましょうか。致死量の青酸カリを飲んだ私。血を吐いて倒れたまましばらく動かず、何も言わない私。アダージョ医師の取り乱しかた。どれをとっても、私は死へ突き進んでいる、そう思われている筈です。寧ろ、もう私の心臓は止まっていると思われているのではないでしょうか。


 でも、安心してください。生きてます。


 ようやく処理が終わりました。小さな頃からの訓練って大事ですね。普通だったら、死んでおりました。ふふふと笑って、身を起こします。


「ど、どうして……」


 あちらこちらで小さな悲鳴があがっております。そうでしょうそうでしょう。あれだけ血を吐いたのですから、助かるとは誰も思っていらっしゃらなかったでしょう。

 真っ青な顔をした伯爵令嬢を見詰め、次いで涙目になってホっとしているアダージョ医師に頷いてみせます。

 小さな頃から毒が効かないようにする為に惜しまず努力を続けてきた私です。しかし毒というものは、体質もあるのか、毒の種類に得手不得手が出来てしまっているのは先述のとおりです。だからこそ、今回はラッキーだったのかもしれません。私はニヤリと笑って言いました。


「こう見えて私、カリは得意なんです」



─了─


楽しんでいただけましたでしょうか。

自分の趣味に走って書いてしまいましたので、ちょっと心配。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ