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「ひよこ」
露店が並ぶ祭りの夜、喧騒にかきけされる位の
か細い鳴き声は、何十羽と集まった途端に自己主張を始める。
黄色いその小さなふわふわしたものを、私はひとつ手に取った。
ぎゅっと力をこめたら、どうなるだろうか。
そう考えた頭の中を覗いたかのように、露店のお兄さんは声をかけてきた。
だめだよ。売り物だ。
そうだ。売り物なのだ。
木箱に詰められ、どこからか運ばれてきた。
そしてこの場所から、あるいは違うところから、
誰かに買われていくのだ。
買うかい。
お兄さんが言った。
ちょっと意地悪な口調は、私の格好を見たからだろう。
お金はあるのか。
ひよこ1匹買えないんじゃないか。
そう思われても仕方ないのは、自分でもわかっていた。
黄色い羽を撫でる。
名残惜しい気持ちを振り切り、木箱にひよこをふわりとおろしたとき、私を呼ぶ声がした。
いくよ、ときっぱりした口調の主は、瀟洒な着物姿の御仁。
はい、と振り向く私を見て、露店のお兄さんは言った。
なんだ、お前がひよこだったのか。
頑張れよ。
生きろよ。
多少の励ましと本心からの憐れみの言葉を背に、私は小走りで駆けた。
木箱から買われたひよこの行く先は、どこだろう。
餌を食べて大きくなり、やがては食われるのだろうか。
私はどこに行くのだろう。
一人で鳴いても、声は誰にも届かない。
了




