宿
初依頼をこなし、日銭を稼ぐ目途も立った。少し絡まれたりもしたが、なんてことなく対処することができた。
今後は神様のアドバイス通り、依頼で生活費を稼ぎつつ俺の体を治す回復魔法について探していこうと思う。
ギルドでちょっと小腹を満たしたところで、そういえば寝床を決めていなかったことを思い出した。
最悪野宿でもいいかとも思ったのだが、日本に比べていかんせん治安に不安があり過ぎた。寝るときぐらい落ち着いて寝たいし、ちょっとやることもあるのだ。
「宿を探すか」
「あ、それなら私、いいとこ知ってますよ。いつも使ってる所なんですが」
渡りに船とはこのことか。俺は、アイリのおススメの宿に行くことになった。
なんか俺、アイリに案内されっぱなしな気がする。
案内された宿は、『久遠の眠り亭』という、冒険者にとっては縁起の悪そうな、よく眠れそうな名前の宿だった。
久遠って、永久とかそういう意味だよな? 永眠か……冒険者としては避けたいところか。
「いやー、1泊銅貨30枚でご飯も美味しいのに、なぜか人が来ない穴場なんですよ。……やっぱりおかみさんが魔法使いで、スケルトンを使い魔にしてるからでしょうか? その分お給金払わなくていいから安くできるって話だったんですが」
「使い魔。そういうのもあるのか」
なるほど、永眠ってのはスケルトンのことだったのか。
……って、眠り妨げられてるだろそのスケルトン。いろんな意味でひどいな。
「使い魔っていうのは一般的なのか?」
「魔法使いであればそれなりに。ただ、スケルトンは珍しいですよ。魔法使いとしてかなりの腕前が必要なんだとか言ってました」
「ふむ」
つまり、宿の主人は魔法使いとしてかなりの腕前を持つ、と、少なくとも自称するくらいには腕が立つわけか。それなら、俺の体を治せる回復魔法の手がかりが手に入るかもしれない。
楽しみが増えたな。
「早速入るか」
「そうですね。おかみさーん! お久しぶりです、泊りに来ましたー!」
アイリが声をあげながら宿に入ると――
――受付に、眼鏡をかけた骸骨が居た。
……あらかじめアイリから聞いていなかったら思わず粉砕してしまっていたかもしれん。宿が人気ない理由、明らかにこれだろ。
『あ、いらっしゃいアイリちゃん。お泊りね? あら――そちらの方は?』
「喋った!?」
「ああ、これおかみさんの使い魔です。喋ってるのはおかみさんですよ。えーっと、この人はグレンさんと言いまして、私の命の恩人です」
『あらあら! へぇ、命の恩人ねぇ……?』
かちゃかちゃと骨を鳴らして、あたかも噂好きのオバちゃんのように動く。
『あ、スケルトンの使い魔を見るのは初めて? ちゃんと本体は人間よ、安心してね』
「とりあえず1泊でお願いします」
『はいはい、いつもの部屋でいいわね』
「はい。それじゃグレンさん、一足お先に」
「おう」
俺も銅貨30枚を払った。
ついでに、聞きたいことを聞いてみることにした。
「えっと。おかみさんは魔法使いなんだな。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
『ええ、そうよ。何を聞きたいのかしら?』
「回復魔法について、知ってることを教えて欲しい。今すぐに必要という訳ではないが、使える奴とかいないか?」
『あら、私も回復魔法使えるわよ。簡単なのだけどね』
なんと。早くもこの世界での目的を達成してしまったか?
と思ったが、そうでもなかった。
『擦り傷や切り傷を治したり、体力を回復させるのが回復魔法よ』
「……もっと凄い、たとえば切り落とした腕が生えてくるようなのはないのか?」
『ある――と、言う話はあるわね。今この国にそれができる人が居るかは分からないわ。もしかしたら聖女様なら、ってところね』
聖女。いかにも回復魔法に特化してそうな感じだ。
「そうか、ありがとう」
『いえいえ、アイリちゃんの彼氏さんの頼みですから』
「彼氏ではないぞ。アイリの名誉のために否定しておこう」
……彼氏ってなんだよ。パーティーメンバーなだけだよ。しかも臨時の即席パーティーのな。
俺はおかみさんに礼を言って、部屋に向かった。
部屋には、既にアイリが居た。
2人部屋、のようだ。
……ベッドはふたつあるが、仕切りとかは無かった。
「待て。男女が一つの部屋というのはマズくないか」
「馬車の護衛で一緒に寝た仲じゃないですか。今更ですよ」
そういやそうだった。
「一応、冒険してる時と日常では区別した方が良いと思うんだが……」
「冒険者は引退するまでが冒険です。つまり冒険中、なので問題なしです」
「その理屈はおかしくないか。……まぁ、アイリならいいか」
俺は、ここで議論するのも面倒だと、ベッドに倒れ込んだ。
やや硬い、綿や布が少ないベッドだが、まぁ丁度いいか。
「飯の時間までは、少し余裕があるな」
「そうですね」
「ちょっとしばらくの間こっちに近づかないでくれよ」
「ええっ?! わ、私何かグレンさんを怒らせるようなことしました?!」
「いや、そうじゃない。落ち着け。……ちょっと自己メンテするから、近づくと危ないってだけだ」
「じこめんて?」
改造人間である俺は、体のメンテナンスが必要不可欠だ。強力な力の代償というと聞こえはいいが、要するに機械のメンテナンスと変わらない。
異世界来てからはまだ一度もしていなかったしな。
「変身っと」
一旦カエンに変身する。そして、ばらせるパーツをばらし、ブラシ掛けするのだ。
ブラシが終わったら油をさして戻す。たまに摩耗しきったパーツがあれば交換――そうか、異世界だった。交換用パーツが無いじゃないか。
「はえー……なんかすごいですね、グレンさん」
「ま、大事に使って行かないとな。俺の大事な体だよ」
鍛冶屋に見せれば交換用パーツを作ってくれるだろうか?
当たってみる必要がありそうだ。
「わぁ、なんですかその燃えるように赤い石! すっごい綺麗ですね、火属性の高純度魔石みたいです!」
「これか? これは『バクエンストーン』という。俺のエネルギー源だ」
ベルトから取り出した未知の石、『バクエンストーン』。原子力発電所5個分のエネルギーを生み出すが一切の廃棄物が出ないという夢の様な代物で、現代日本でも正体不明だった。
唯一、俺を改造した博士が取り扱えたらしい……
正直、まじめに電力会社として活動してたら世界を手中に収められていたのでは……いややめておこう。
俺は乾いた布で丁寧に『バクエンストーン』を磨き、ベルトに戻した。
……魔石ねぇ、いざって時に代替品に使えたらいいけど。