グレン、絡まれる。
1日で3万円相当、となれば俺一人生活するには十二分だろう。
……日本で、悪の組織と闘いながらも食つなぐために日雇いのバイトをしてたことを思い出した。肉体労働で1日仕事してなんとか1万円だったことを考えれば、2時間の狩りでこの収入はだいぶ美味しい。
冒険者、いいじゃないか。
俺はこれからの展望を思い描いて、にやりと笑った。
と、その時。俺達に一人のチンピラが近づいてきた。
「おう、ルーキー。だいぶ儲けたみたいじゃねぇか、ここは先輩である俺に奢ってくれよ」
「ん? ……アイリ、これはそういう試験か何かなのか? それとも、そういう習慣があるのか?」
「いえ。これは単に絡まれてるだけです」
「あァ?! ふざけてんのか、オイ!」
すでに酔っているのか、酒臭い顔を近づけてきたチンピラ。
ギルドには酒場も併設されている。そこで飲んでいたのだろう。
面倒だな……俺はギルドの受付に尋ねる。
「なぁ、こいつどうにかしてくれないか?」
「冒険者ギルドとしては、冒険者同士のいざこざには関与しません……何か対処するなら建物の外でお願いします。あと、殺さないようにしてくださいね」
「わかった。自分でどうにかしろってことか。……おいお前、外に行くぞ。俺に勝ったらさっきの報酬をくれてやろう」
「へへ、わかってんじゃねぇか」
「あっ、グレンさん……まぁグレンさんなら大丈夫か」
俺がチンピラを連れて外に出る。少し遅れてアイリと、おまけに野次馬が付いてきた。
せっかくだ、見せつけて以後チョッカイがかからないようにしよう。
「おー、おー。こんなたくさんギャラリーがついたぞ? 兄ちゃん、今なら有り金全部おいて謝れば許してやってもいいぜ?」
「ハハ、冗談ぬかせ。今止めたらもっと色々面倒なことになる。で、武器は使っていいのか?」
「いいぜぇ? 俺は使うしな。……あん? よく見たら何の武器も持ってねぇじゃねぇか」
一応俺は棍を既に持ってるんだが、やはりこの世界的には刃物でもなければ武器にあらずと言ったところなんだろうか。あるいは金属部分の有無だろうか? 有用なんだけどな、棍。調達もしやすいし。
「手加減しないと殺しちまうからな。これで十分だよ」
俺は棍をみせて挑発した。……まぁ、事実でもある。変身しなくても戦闘員の数人は倒せるし、怪人の足止めができるくらいの実力はあるからな。
もっともこのチンピラ冒険者が怪人以上の強さを持ってるというなら別だが。
「言ったな!」
剣を抜き、俺に向かって構えるチンピラ。あまり手入れされていないのか、切れ味は悪そうだ。俺も棍を槍のように構えた。
「けっ、ただの棒きれで何ができるってんだ」
「すぐわかるさ。手加減してやるから安心してかかってこい」
「だりゃああああっ!」
チンピラが剣を縦に振ったところで、俺は棍を剣の側面にあてがい、くるりと絡め取った。
ナイフなら弾いた方が楽だが、剣くらい長いとこういうこともできる。
チンピラにはいつの間にか武器がすっぽ抜けたように感じるだろう。剣は、チンピラの足元に落ちた。何が起きたのか分からない、きょとんとした顔で自分の手と俺の足元の剣を見ていた。
「おいおい、大丈夫か? 剣はしっかり握ってろよ」
「う、うるせえ! ちょっと手に酒の酔いが回っただけだっ!」
「はは、さっさと拾ったらどうだ? 俺は棒きれしか持ってないんだ、何の怖いこともないだろ」
「うぐ……」
チンピラは言葉に詰まった。なにせ、俺の棍の先端をぴたりとチンピラの顔に向けていた。今はカエンじゃないので貫通したりはしないだろうが、ちょっと本気で突きだせば頭蓋骨も無事には済まないだろう。目に当たれば失明する可能性も高い。
俺は棍で狙いをつけていたのをはずし、足元の剣を拾わせる。
「よしよし、落し物は見つかったかい?」
「チッ、いまのは油断しただけだ、次はこうはいかねぇっ」
もう1回同じことをやってやろうか、とも思ったが、それでは見てる方もつまらないだろう。
俺は、再び切りかかってきたチンピラの足を棍でバシッ!っと払った。走りかかって重さが空中に浮いていたところを、足だけすくいあげるように回したら、当然ながらチンピラはぐるりと回転し、盛大にコケた。
「うぐぉ!?」
「おいおい、今度は足に酒が回ったとか言うなよ? 酔っぱらい」
「う、うるせぇ! なんだよオメェは!」
俺はチンピラの剣を踏みつける。これで刃物は封じた。そして、起き上がれないように棍で背中を押さえつけてやる。
「俺が誰かだって? 俺の名はグレン。ご存じの通り、今日冒険者になったばかりのルーキーさ」
「ただのルーキーがこんな強ぇわけねぇだろうが!」
「はは、おかしいことを言うな。どんなに強くても、新入りは新入りさ。まぁ、若干腕に覚えがあるってだけさ」
棍で背中のツボをぐりぐり抉る。チンピラは「うぎゃぁあ!」と悲鳴をあげた。……お前、胃が悪いぞ? 少し酒を控えた方が良いんじゃないか。
「わかった、まいった、まいったよチクショウ!」
「そうか。で、お前はお詫びに俺に何をしてくれるんだ?」
「はぁ?! くそ、なんかしろってか。ガメついやつだ。こんなやつに絡むんじゃなかった。……おら! 俺の財布だ、持ってけ!」
腰に下げてた小袋を投げて渡すチンピラ。それを受け取り、俺はにっこりと笑顔を返してやった。
「まいど。またかかってきてくれていいぞ、ちゃんと貯め込んでからなら」
「うるせぇ! もう二度と絡まねぇよ!」
棍の押さえつけから解放されたチンピラは、さっさと逃げて行った。
やれやれ、これじゃあ地味過ぎて周りへの牽制にはならなかったかな? と、アイリを見る。
「グレンさん! カッコイイです! 強いです! さすがグレンさんです!」
「うぉっちょ?!」
がばっと抱きついてきた。俺としたことが、そのまま押し倒されてしまった。
俺の胸板に「んふー♪」といってすりすりと頬ずりするアイリは、まさしく猫だった。
「おいおい、あの程度のチンピラ、大したことないだろ?」
「いえ! あれはCランクの冒険者で、そこそこ腕が立つ奴らしいですよ? それをああもあっさりと華麗に!」
「思ってたよりあっさり退いてったし、確かに冒険者として腕は立つのかもな」
引き際を弁えてるというのは、ある程度の強さの証でもある。自分の強さを把握し、どこまで行けてどこからがダメなのかが分かってる奴は、長生きするからな。
「やるなぁ兄ちゃん! そんな木の棒だけでアイツを倒しちまうなんてよ」
「本当にルーキーかよ、手慣れすぎだぜ? おい、一杯奢らせろよ」
「前は何やってたんだ? さては軍属だったんだろ、しかもいいとこの地位とみた! ……ちがうか?」
「どんなトレーニングをしてきたんだ。今度一緒に依頼受けようぜ、兄ちゃんなら足引っ張られる心配はないな」
「おいおい、お前の方が足引っ張っちまうんじゃねえか?」
「あっはっは! あり得るな!」
事の顛末を野次馬してた他の冒険者がわいわいとやってきた。
どうやら、宣伝効果は十分なようだ。
「はは、どうもどうも。……そうだな、小腹も空いたし、ちょっとここで食ってくかな。よければコレを飲み代の足しにしてくれ」
俺はチンピラが置いて行った財布を、そのまま野次馬の1人にぽいっと投げて渡した。
「おっ、気前がいいねぇ! ……ああ、でもダメだな。シケてやがる。見ろよコレ、銅貨5枚しか入ってねぇや。兄ちゃんの飯代くらいにしかならねぇな。気持ちだけ受け取っておくよ、兄ちゃん」
……ああ、やけに軽いと思ったよ。ちょっと締まらなかったが、まぁ、いっか。
次はもっと金を持ってきてから来てほしいもんだ。
「……ところで、あのチンピラ、ちゃんと料金払ってったよな?」
「あれ。どうなんでしょ」
「もしかして食い逃げのダシに使われたとか……だとしたら逆にまんまとしてやられたな」
「いや、ギルドの酒場でそれは無いですよ……多分」
実際どうだったのかは、まぁ、気にしたら負けだな。
(初期ストック ここまで)