冒険者ギルド
どうやら、俺が向かっている所は帝国の首都――帝都だった。
冒険者になるには、冒険者ギルドで登録をするだけ。
案外簡単になれるんだな、と思ったが、問題はそこから生活を成り立たせるまでらしい。
「と、そういえば自己紹介がまだでしたな。私はブロンズというしがない商人です」
「グレンだ。よろしくたのむ」
商人の名前はブロンズさん、娘さんの名前はリッカと言った。
ブロンズさんのアッサム商会というと、ちょっとしたものらしい。……行商人と言うわけではなく、ブロンズさんでなければいけない取引で出てたんだとか。
リッカは例外で、跡取りとして同行していた。で、山賊に襲われたと。
護衛の冒険者は、1人は逃亡、1人は死亡、生き残った1人は今同行している。
死んでは何にもならないが、逃亡は逃亡で厳しい罰があるらしい。パーティーは臨時で、今回の護衛のための急造だったそうだが。
生き残ったのはアイリという女性の獣人冒険者だった。猫耳が生えている。
――獣耳か。怪人にも居たなぁ、と、思い返す。もっとも、あの怪人達はこれほど可愛らしくはなかったが。
「グレンさん! 山賊を倒したあのスキルは何だったんですか? 私、そこそこ冒険者やってたけど、あんなの見たこと無くて! あ、もちろん言えないならいいんですけど」
「スキル? ……ああ、秘密、ってことにしておこうか。言いにくいから」
変身――カエンの『イグニッションフォーム』について話すとなると、異世界、日本での戦いについても話すことになる。神様曰く、異世界の話はあまりしない方が良いとのことなので、黙っておくことにした。
「いえいえいえ! こっちも命の恩人に変なことを聞いてしまって。すいません護衛なのに役立たずで……」
「アイリたちが命をかけて護衛対象を守ってたから、ブロンズさんを助けられたんだ。役立たずなんてことは無いさ」
「あ、あはは……はい、ありがとうございます」
アイリは、ぴょこぴょこ跳ねている薄水色の髪を押さえつつ、申し訳なさそうに言った。
が、実際の所、俺は「まずどちらが悪者なのか」が判断つかず――もしかしたら悪徳商人を騙された人間が復讐に襲ってる可能性もあったし――しばらく様子を見たのだ。十数秒程度だったが、その間複数の山賊から囲まれて攻撃され、それをすべて避けていた。
女だから生け捕りにしようと手加減していたのだろうが、中々の身のこなしだった。変身せずに戦ったら負ける、とまでは言わないが、苦戦するかもしれない。
そんなアイリは、十分に時間を稼いで山賊退治の手助けになってくれた。
「でも、あの必殺技っていうのは――死体がかけらも残らないって、凄い威力なんですね」
「ああ。詳しい原理は知らないが、そういう技だからな」
怪人を退治するとき、死体を片付ける必要もないので重宝した。証拠隠滅を兼ねている。
元々俺は、そういう処分・処刑用の怪人として改造されるところだった。おかげで、怪人を倒す高い攻撃力を備えているのは、皮肉といえるだろう。
3日後、巨人でも襲ってくるのかと思わんほどの大きな門が見えた。
あれが帝都の外壁、そして門らしい。
ブロンズさんに門の通行料を払ってもらい中にはいると、そこには結構な人並みがあった。異世界で馬車を使ってるのを見て侮っていたが、人は居るところには居るんだな、と、そう思った。
それから、俺はブロンズさんに銀貨を100枚もらった。
話を聞いている限り、日本円で100万円相当の価値がある。さすがに受け取れないと断ろうとしたが、命を救ってくれた礼であることと、冒険者として装備を調えるのに使ってくれ、といわれては受けとらざるを得なかった。
「よければ、冒険者になったら護衛してください。そうだ、冒険者の装備をぜひうちの店で揃えていってもらえれば」
「はは、ならそのときにこの金を使わせてもらおう」
俺は、そこでブロンズさんと別れて冒険者ギルドへ向かうことにした。
……ってしまった、場所が分からないぞ。ブロンズさんはこの道をまっすぐ行ってすぐ分かるところって言ってたけど。
「グレンさん、グレンさん。やっぱりとは思ったんですが、ギルドまでの道が分からないんですね? ご案内しますよ」
「ああ、アイリ。そうか、アイリは冒険者だもんな。頼めるか?」
「はい! お任せください!」
アイリは、その猫耳をぴんぴんと動かしながら答えた。
……うーん、こういう存在が普通に居るのを見ると、やっぱりここは異世界なんだな、と実感する。
俺はアイリについて行き、ギルドまで向かった。
ギルドには、すぐについた。知っていれば本当に分かりやすい所だ。なにせ、他が木造の茶色い建物なのに対しこのギルドは白い、漆喰のような壁だった。
「せめて白い建物、って言ってくれれば分かっただろうな」
「あー、そうですね。っと、それじゃ私は護衛の依頼完了の報酬を貰ってきます。また後ほど!」
一足先にギルドの中に入るアイリ。俺も入るとしよう。
中に入ると、カウンターがいくつか並んでおり、受付の女性が対応しているようだった。
俺は、丁度空いていたカウンターに向かった。
「すまない、冒険者登録したいのだが」
「はい、えーっと……銀貨5枚になりますが、よろしいですか?」
「うん、頼むよ」
ちゃりんちゃりん、と銀貨5枚を支払う。
と、そこに後ろからぐぃっと毛むくじゃらのごつい手が伸びてきた。
少し驚いて後ろを見ると、いかつい男が立っていた。
「おう、こんなところに銀貨が落ちてるぞ」
ちゃりんちゃりん、と男は銀貨を拾い、手の中で弄ぶ。
「……それは、俺が冒険者になるために支払った金なんだが?」
「お? そうなのか。そんなひょろっとしたナリでか?」
「これでも結構鍛えてるんだがな。見た目のハデな筋肉が付かないタチなんだ。……なんなら、試してみるかい?」
ぎろ、と、少し力を込めて男を睨む。
「――いや、やめておこう。兄ちゃんは死線を何度か潜り抜けてる顔をしてる。済まなかったな」
男はあっさりと退いた。
あからさますぎるその態度の切り替えに、俺は違和感を覚えた。
「なに、いいさ。……そういう試験なのか?」
「お、分かったか。勘が良い冒険者は長生きするぜ。――ようこそ、冒険者ギルドへ。強者は大歓迎だ」
カマをかけたが、正解だったようだ。
男は銀貨5枚をカウンターに戻し、笑顔で言った。
「ちなみに、ここで俺に食って掛かったら最低のGランク、俺を倒すようならDランクになる」
「へぇ。こうして見抜いた場合は?」
「Dランクだな」
最低限、冒険者としてやっていけるだろうっていうのがDランク冒険者らしい。それ未満はお手伝い屋と言うレベルだとか。
「しかしそんなの、他の冒険者に聞くとかすれば分かるだろうに」
「そうやって情報集められるのも、資質だ。Dランクならそれでもいい。それ以上は、実際やってみないと分からないってなもんだな」
「そっか、納得した」
俺はありがたくDランクのギルドカードを受け取った。