無事生還
俺が変身を解くと、ミーシャが神妙な顔をして近づいてきた。
「グレン、今の知り合い?」
語尾に「にゃ」が付いてない本気モードだ。俺は、こくりと頷いた。
「……昔ちょっとな。まさか会うとは思わなかったけど」
「話してる内容聞こえたけど、あれはマズイね。アレが飛んでいた方角、魔王領だよ」
魔王。……ドラゴン並みにファンタジーの代名詞だな。
「つまりあれか。アイツは今、魔王に加担してそこの戦力を高めてると」
「そういうことになるね。……改造ってやつ? アレされると、グレンがカエンになるようにパワーアップするんでしょ?」
「そうなるな」
「……英雄級の敵がゴロゴロ出てくるってわけか。シャレにならないね」
「博士は1週間に1体、怪人を作れる。場合によっては2週間程かかることもあるが――戦闘員であれば片手間にいくらでも、だ。……正直、敵に回すと面倒この上ない」
「うはぁ」
「だが怪人は一度に用意できるのは最大でも7体前後だろう。メンテナンスを考えなければもっと行くけど、そのくらいが維持できる限度のはずだ」
過去に1日で最大13体の怪人と戦ったことがある。
その時は改造計画を使いまわしたのか今まで戦ったことのある怪人が相手で、こちらがパワーアップしていたので負ける気はしなかったが……それ以上にメンテナンスをせずに運用していたためか、弱く感じたものだ。
やっぱりさっき引導を渡しておくべきだったか。と、一緒に居た怪人を思い返す。
グラキエースと呼ばれていた怪人。あれは、氷を操る存在だろう。
……元の素養か、あるいはナユタ博士の改造か。はたまたその両方かもしれないが、俺が弱らせていたとはいえスノードラゴンを一撃で葬るあの氷柱は、かなりの脅威だ。
炎の俺は相性が悪そうでもある。勝てないとは言わないが、苦戦しそうだ。
「あのグラキエースって騎士、相当な手練れだよ。私でも勝てるか怪しい」
「だろうな。……って、ミーシャ、アレに勝てるのか?」
「断言はできないね。私の本気の時と同程度まで行くかもしれない」
グラキエースと本気のミーシャが同等。
それはつまり、本気だせばカエンとも渡り合えるということか。さすがAランク冒険者といったところだろう。
と、ぽふっとミーシャは手を叩いた。
「にゅっふっふ、とーこーろーでー。グレンきゅんの変身? あれかなりキュンときちゃったにゃー? いやぁ、あんな切り札持ってたらグレンきゅんの態度も納得ってなもんだね! でも、まだまだ私の方が上っていうの? 格の違いってのがあると思うんだよねー」
「……ふむ、ゴウエンフォームを使う必要がありそうだな」
「ごうえ、え? 何?」
ゴウエンフォーム。それはカエンよりさらに燃え盛る炎の姿――要するに第2形態だ。
ちなみにこちらに来てからは初期変身であるイグニッションフォームしか使っていない。……イグニッションフォームまでなら負担はさほど無いからな。
「えーっと、ようはグレンきゅんはさっきのアレに勝てるってこと? ムイサ山のブリザードもかくやというあの騎士に」
「勝てなくはない」
ムイサ山がどういうのかは知らないけどな。
ゴウエンフォームとはまた別に決戦用フォームもあるが、これは確実に寿命が縮むから使いたくはない。
もっとも、グラキエースも第2第3の変身を残していないとも限らない。……むしろナユタ博士がついてるとなると油断はできないな。見た感じ、変身型ではなく固定型のように感じたが。
「ううう、グレンさん……私、ものすごく役立たずでした……」
ミーシャの影から、泣きそうな顔のアイリが出てくる。
「まぁ、戦力としては期待してなかったから気にするな。アイリの役割はまだそこにはない」
「えうっ、じゃ、じゃあ私の役割ってなんなんでしょう?」
……荷物持ちかなぁ、と言おうとしたが、特に荷物は無かった。ナユタ博士にドラゴンも持ってかれたし……
「今は癒し枠か。ま、そのうち戦えるようになってくれるんだろ?」
「……はい」
「大丈夫、ミーシャも稽古つけてくれるさ」
「はい、お願いします!」
「私? まぁいいけどさぁ、私の個人レッスンは高いよ? 5分あたりおっぱいひと揉みだよ」
「ええっ!?」
冗談めかして手をわきわきさせて言うミーシャに、一瞬たじろぐアイリ。こんなの冗談に決まってるだろうに。
「弟子の代金だ、俺が出そう。さあ揉め」
「ええー。まぁ揉むけどさぁ。グレンきゅんそれなんか違くない?」
言いつつも、俺の胸を本当にさわさわするミーシャ。……くすぐったい。
「お? ……これは。ほほう、中々……」
「なぁ、いつまで触る気だ?」
「……1レッスン分3時間として36回分かにゃー?」
本当にいいのかそれで。まぁ減るもんじゃないしいいけどさ。
「あ、あの、グレンさん! 私も触っていいですか?」
「え? ……まぁいいけど」
許可を出すとアイリも俺の胸を触ってきた。……ダブルくすぐったい。
結局たっぷり10分は揉まれたところでいい加減に帰ることにした。
「そういえばドラゴン退治の依頼、これはどうなるんだ?」
「ん? そーだねぇ、多分ギルドカードの功績にはアシストで入ってるだろうけど……ま、スノードラゴンはもう居ないし、達成でいいよ。ほい、白金貨1枚」
ミーシャは何気なく懐から白金貨を取り出し、ピンと弾いて俺に渡した。
放物線を描き飛来する白金貨(1億円相当)。
慌てて取り落としそうになるが、なんとかキャッチする。
「危ないな、貴重品だろ!」
「別に落としたところで割れたり消えたりしないよ。ま、盗られたら大変だろうけどここには盗る人もいないでしょ?」
「それはそうだけど。もっと大事にだな……」
「あはは、まあ初めての高額依頼だもんね。あと4、5回無事にこなせたら白金貨10枚くらいが報酬のを斡旋してあげるから頑張ってにゃー?」
……そんなにホイホイあるもんなのか、高額依頼?
ともかく、こうして少し問題はあったものの初めてのドラゴン退治は終了した。