ミーシャからの依頼
「……まて、8枚が12カ月分なら96枚じゃないか?」
「チッ。手数料ですよ。長期間私を独占するなら4枚くらい誤差ですよ」
4枚が誤差、といっても白金貨は1枚で金貨100枚分。4億円の違いは大違いだろう。
きっと、いや間違いなく聖女は金銭感覚が壊れている……
「文句があるなら他をあたってください。――もっとも、他に治せる人が居るかは知りませんが。ああ、ちなみに稼ぐのに1年かかったら、もう1ヵ月かかるでしょう。プラス8枚ですね。ま、相当体に負担をかけているようです。このままでは1年後生きているかは分かりませんが」
このままでは1年後生きているか分からない――そう言われて、心に重いものが乗る感じがした。
覚悟はしていたし、そう遠くなく死ぬだろうとは自覚があった。が、実際に診断されてしまうと――いや。違うな。
俺は、ここでの生活が楽しかったんだ。それで、死ぬのが惜しくなってしまったんだ。
「安静にしているなら10年は持つでしょう。普通の村人のように生きるなら5年。冒険者として命を賭けて戦うなら1年。当然途中で死んだらオシマイよ」
余命宣告されてしまった。冒険者としては1年、か。
「つまり、1年以内に白金貨100枚稼げと……」
「んー、そうね……白金貨5枚……いえ、ミーシャの紹介ですし、1枚あれば、冒険者としての寿命を1年延ばしてあげる。けど治った後の寿命が10年削れるわ」
延命は可能だが、寿命と金はかかる、と。
「……そうか、ありがとうな」
俺は心の中でため息をついた。
とりあえず、途方も無い金を稼ぐ必要があることが分かった。それも、最低1年以内に1億円相当だ。
どうしようか、当てもない。……他の治療法を探した方が良いんだろうか?
「ねぇねぇ、グレンきゅんが私と結婚してくれるなら全額払うよ?」
ミーシャがさらりと言った。
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、遅れて理解し目を見開く。
「えーと。白金貨、100枚だぞ?」
「んにゃっはっは! ぐれーん、チミ、私がAランク冒険者だって忘れてなーい? そのくらい簡単に――とは言い切れないけど、稼げるよ?」
「……Aランク冒険者ってのは凄いんだな。初めて知ったよ」
というかそこまでして結婚したいのかミーシャ。
「だがその、ええと。それは最後の手段と言う事で」
「えー? もっと私に頼れよぅ、依存しろよぅ、離れられなくなーあれっ♪」
「ラウラさん……これどうにかならないか? マタタビ食ったような陽気な頭してるんだが」
「無視すればいいですよ。はぁ……あ、すいませんエールください。おつまみも適当に。ミーシャにツケで」
「ひどーい、ラウラがタカってくるよぅグレンきゅーん。慰めてー」
ごろにゃーん、とすりついてくるミーシャ。む、無視するには色々と密着され過ぎてて難しいが、その、気合で乗り切ろう。ついでに腕がミシミシ言ってきたから【硬気功】を使っておく。
……そうだ。怪人に組み付かれてると思おう。こいつは関取怪人スモーン。スモーンなんだ。あいつに組み付かれた時は不覚にももっちもちでちょっと気持ちいいと思ってしまった。その後いつもの倍は滅却したが。
「無視すんなよぅ、師匠だぞー? うりうり」
「ちょっとミーシャ様! グレンさんが困ってるじゃないですか離れてくーだーさーいー! うぐぐ、なにこれ岩!? 巨大な岩石ですかっ!?」
「あ、これ? 【硬気功】の応用だよ! ねーグレン♪」
力いっぱい引きはがそうとするアイリだが、ミーシャはびくともしない。割り込もうにも指すら入らない。それでいて俺への感触はぷにぷになのだ、どうなってんだこいつ。
「えーと、わかったわかった。じゃあいざとなったら金を貸してくれ。……んで、何かどでかく稼げる話でも斡旋してくれよミーシャ」
「おっ、頼ってきた! あるある、めっちゃあるよー。たった1回のオシゴトで白金貨1枚稼げちゃうイイ話があるんですよぉフヒヒ。グレンきゅんの身体を使う簡単なお仕事なんですがねぇ?」
「だ、だめですグレンさん! いくらお金が必要だからってミーシャ様の専属男娼だなんて……!」
「あー、アイリ? さすがにそこまで飢えてないからね? グレンきゅんは分かってるから安心して絡めるけどさぁ、アイリは可愛いなぁ」
俺の腕に絡みつつ、ミーシャはアイリを撫でた。
ちなみに今一瞬でも【硬気功】解いたら腕が複雑骨折する程度の力が込められている。
「……そろそろ離れてくれないか?」
「やーん照れちゃって。しょうがないにゃー、にゃっははは」
そう言ってミーシャはようやく離れてくれた。……腕をほぐしているとライラから「【プチヒール】」という呪文と共に光の粒が飛んで来て、腕のしびれが取れた。
回復魔法を使ってくれたらしい。
「ぷはぁ、やはりエールはいい……カラアゲはあとでお土産にも包んでもらいましょう」
「ねぇライラ。というわけで例の件をグレンにやらせようと思うんだけどいい?」
「例の件? どれですか」
「んー、とりま水の5番?」
「失敗したらミーシャが始末つけてくれるなら文句はありませんよ……あっ、そのウィンナーはとっておいたヤツです、勝手に持ってかないでください!」
「いーじゃん、どうせ私のツケでしょー?」
ミーシャとライラの間で話がまとまったようだ。ミーシャは俺に耳を貸せと手招きした。
「なんだ?」
「……ヒトミミってなんていうかアレだよね、萌え? 舐めていい?」
「何の話してるんだお前は……」
「冗談冗談。えっとね、近所の山にスノードラゴンっていうのが居るんだけど、これをシメて欲しいんだよねー。仕留めてくれたら白金貨1枚あげちゃう」
「ふむ、分かった討伐依頼だな。受けよう」
俺がそう言うと、ミーシャは少し驚いたようだった。
「ねぇ、グレンってドラゴン知らなかったりする?」
「実はあんまり知らないが、ミーシャが俺なら行けるって言うんだから何とかなるんじゃないか?」
「……お、おお。私の信頼がすごい……まぁうん。失敗しても死なないように気を付けてね?」
「ああ。……っと、アイリは来るか?」
「……い、行きます。私はグレンさんのパーティーメンバーですから」
「それなら私もついてこうかにゃー?」
「……いいのか? それだと俺に仕事を分配する意味がないだろ」
「ついてくだけだよ。弟子の実力を知りたいってだけだにゃー。それにアイリ守りながらだとまだキツイっしょ。さすがにドラゴン相手ならグレンきゅんも隠し玉使わざるを得ないでしょ。それ見たら次からは完全に任せられそうじゃん?」
日本でヒーローやってた頃から人質に取られた一般人を守りつつ戦う、というのはやっていたが……たしかにドラゴンの力は未知数だ。ミーシャがアイリを守ってくれるなら俺も集中できる。
「じゃあ頼む」
「おっけおっけー。それじゃ、明日の朝ここに集合ね! ……ふふふ、どうよラウラ。これが私の婚約者だにゃ!」
「……はぁ、まぁ頑張ってくださいね? あ、エールおかわり」
こうして、その日はミーシャの奢りで飲み明かし、明日の朝にドラゴン退治に出発することになった。
が、飲み明かしたため準備不足、かつミーシャの二日酔いにより実際の出発は昼になった。