聖女
【硬気功】を覚えて、ウルフも狩って、とりあえず生活費を稼いだところで今日は帰ってきた。
餌の肉代を含めて十分プラスになったし、しばらくはこのルーティーンで慣らす予定だ。
アイリもランクアップしたとはいえ、これは肩書がちょっと変わっただけで強くなったわけじゃない。ウルフ5匹に囲まれたら危ないことに変わりないし、Cランクらしい魔物を狩るのはまだ先だな。
そんなこんなでのんびりと(ただしアイリには厳しい)数日が経過した。
それで少し貯金もできて余裕が出てきて、俺も冒険者ギルドに馴染んできたかな? と思い始めたころ。
俺とアイリがギルドの酒場で夕飯を食べて――アイリは寝落ちてパスタ料理に顔面ダイブして――いた時の事だった。
ここ2、3日見かけなかったミーシャが入ってきた。
ミーシャは白と紫の法衣に身を包んだ、金髪で耳の長い女性を連れていた。その女性の姿を見るや否や、酒場の中がざわりとする。……よほどの有名人なのか?
「グレンきゅんいるかにゃー? お、いたいた。ぐーれーんー、我が弟子ー!」
「俺は師匠とでも呼べばいいのか? ……どうしたミーシャ」
「聖女連れてきたよー」
ぶっ!! と、俺は思わず噴き出した。
ミーシャの少し後ろに控えていた女性――聖女は、にこやかに微笑んでいた。
「はい、こいつが聖女ラウラ。ラウラ、こっちがグレンね!」
「初めまして、ラウラです。フルネームは長いのでラウラでいいですよ」
「は、初めまして。グレンだ」
さすがに動揺した。いきなり聖女を連れて来るとは思わなかった。
そして聖女を親戚のお姉さんを紹介するようにさくっと紹介されるとも思わなかった。
「……聖女ってのは、案外簡単に会える存在だったのか?」
「え? いやいやそんなことないよグレンきゅん。ラウラは私のマブダチで、私がAランク冒険者だからだよ。普通は面会するだけでも1年は予約が埋まってるんだから」
マジかよ。ミーシャ、そんなのをよく連れてこれたな。
「ええ、ミーシャの婚約者となれば私も見ておきたかったですし……で、そちらの、えーっと。食べかけのパスタを枕にして寝ている女性は?」
「俺の弟子だ。なかなか見込みがあるぞ――って、婚約者?」
目を逸らすミーシャ。……おい。
「だ、だって盛っても良いっつったじゃん! だからその、ね? 私の婚約者候補ってところを婚約者にだね……」
「言ったけど、候補ってのも初耳なんだが?」
「いーじゃん、私の弟子でしょ!? 私が見込んだ相手だから候補で間違いないし!」
「……あー、ミーシャ?」
「なによ! ……あ」
ラウラは怒っていた。笑顔が引きつって、こめかみがピクピクしている。
「つまりミーシャはこの忙しい私を騙してくれたと?」
「ぴぃ!? だ、だってそうでもしなきゃラウラ会ってくれないじゃん! ……それに、あながち嘘でもないし? グレン私と闘れるくらい強いし」
「嘘は嘘でしょう!」
ダン!! とラウラがテーブルに拳を叩きつけた。
その衝撃でビクン! とアイリも目を覚ます。横顔にパスタソースがべったりついているので、俺はいつものようにタオルを用意した。
「ふぁ!? あ、あれ、寝てましたか……タオルくださいグレンさん」
「おう、ほらよ」
「ありがとうございます……あれ、ミーシャ様に……せ、せ、聖女様ぁああ!?」
「おや、私のことご存知でしたか。これはサービスです――【浄化】」
寝たまま話を聞いていたのでなければ、アイリでも知ってるくらいの知名度のようだ。
ラウラが呪文を唱えると、しゃらりと光の粒がアイリに降り注ぐ。顔についていたパスタソースが綺麗に消えた。
「……あ、ありがとうございます」
「いえいえ、味付けされた顔が見苦しかっただけなのでお気になさらず。……で、ミーシャ。なんですか、私に嘘ついてまで彼に会わせたかったんですか?」
「んー、ま、そんなとこ。でもでも、結構面白い素材なんだよ? ここだけの話、【硬気功】を覚えた一瞬で使いこなしちゃったんだから!」
ここだけの話と言いながら大声で言っているあたり、よほど【硬気功】を広めたいのだろう。まぁ、約束通り聖女と会わせてくれたわけだし、乗ってやるか。
「ああ、【硬気功】はとてつもなく使えるスキルだな。グレイウルフに噛まれたところで全く痛くない、すこしくすぐったくはあるけどな」
「……ええと、それで用があって呼んだのでしょう? 何の用ですか」
しかしスルーして話を進める聖女。……まぁいいか。
「部位欠損の回復魔法が使える、と聞いてな。話を聞きたかったんだ」
「あら、見た所あなたは五体満足であるようですけど、身内の誰かが?」
「いや、俺だ。体の中が色々なことになっててな……」
「体内の……内臓系ですか。ええ、私であれば治せますよ」
治せる。そう聞いて俺はふと肩の力が抜けた。……体を治す手立てが見つかった。これは精神的に大きいことだ。
ラウラの視線が俺に突き刺さる。値踏みしているようにも感じる。
「体内の欠損、とは珍しいですね。邪教の生贄か何かだったのですか?」
「……まぁ、そうとも言えるかな?」
秘密結社の人体実験、といえば大体似たようなもんだよな?
「1年以上前の部位欠損ですか?」
「うん? 1年以上前だとダメなのか?」
「ダメではありませんが、1年以上前の部位欠損を治すには私でも苦労します」
「……そうなのか? だが、できないというわけではないんだな」
「1ヵ月以上、毎日高レベルの回復魔法をかけ続ける必要があります。とても面倒くさいです。それにと期間中に聖女である私を独占できるお金が必要です。自分で言うのもなんですが、私は高いですよ?」
と、ラウラは人差し指と親指をくっつけ輪を作ってみせた。
お金のハンドサインはこの世界でも日本と同じようだ。あの輪っかは硬貨を示してるらしい。
……紙幣がメインであるアメリカ版だと、親指と人差し指をスリスリして紙幣の枚数を数える意味のジェスチャーになるんだったかな? 昔にTVかなにかで見た記憶がある。
まぁそれは置いておこう。
「具体的には、いくらかかる?」
「1年未満の部位欠損であれば白金貨1枚。……1年以上の場合は、白金貨8枚が最低金額ですね。場合によっては2ヵ月、3ヵ月かかる可能性もあるので、膨れ上がります」
「すまんが、白金貨? っていうのは?」
「ああ、グレンきゅんは知らないか。銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚ってなるんだよー」
ミーシャが白金貨について教えてくれた。銀貨1枚が1万円相当の価値ということなので……白金貨1枚で1億円ということか。とんでもないな。
「フツーは国家間でのやり取りで使うレベルなんだけどね、ま、聖女は国レベルの存在だから」
「……そんな人がこんな冒険者ギルドにまで足を運んでよかったのか?」
「良いのです。友人の婚約者を見たかったので――嘘でしたが」
「嘘じゃないもん、ねー? ぐ・れ・ん♪」
「すまんな、ミーシャが迷惑をかけて……」
「いえ、いつものことですからあなたは気にせず」
ミーシャが「えええ無視かよぉ! かまってよぉ!」と言っていたが、スルーする。
「とりあえずどれくらいかかるかの診断だけなら金貨5枚、と言う所をミーシャの紹介ですし、タダでやってあげましょう」
「おお、助かる。診察するなら宿に移動した方が良いか?」
「いえ、すぐ済みます。■■■――■■■■、■■■■――【解析】」
ラウラが俺に向かって手をかざし、魔法を唱えた。
そうか、魔法ってそういう事もできるのか。便利だな……キャパシティが足りないのが悔やまれる。まぁ、無いものは仕方ないけど。
ラウラの手のひらから放たれる光を体に浴びていると、ラウラが眉をひそめた。
「うわっ、何コレ……え、ちょっとまって。治すには、体の中の異物を取り出して……、うわっ、うわっ」
「……な、治せそうか?」
「治せなくはないです。治せなくはないですが、1年。……白金貨100枚です」
と、ラウラは言った。
……まて、8枚が12カ月分なら96枚じゃないか?
(1ヵ月に1回更新くらいにしようかなぁ、と思いつつ投稿)