新たな力
スキル、【硬気功】。
効果は気持ち固くなる――という、鍛えればものすごく硬くなるスキルだ。
「じゃあさっそく使ってみるといいよ。最初は口に出して使うの」
「ええと、こうかな? 【硬気功】……おっ」
……ええと、発動した気がする。
けど、自分だとよく分からない。最初は気持ち固くなる程度ならそんなもんかな。
「どれどれ? 失礼しますねグレンさん」
アイリが俺をつんと突く。
「え、なにこれすごい硬い」
「どれどれ? ……えっ、これマジ?」
ミーシャも俺の体をつつく。触られている感覚はあるが、そんな驚かれるほどなのか?
と思っていると、ミーシャが大きく手を振りかぶった。あ、これ殴る気だな。受けてみるか。
「ほっ」
「うぉ!?」
次の瞬間、バシッと衝撃を感じた。そして壁まで吹っ飛ばされる。まるで怪人に殴られたかのような吹っ飛び方だった。
……あーびっくりした。
「少し驚いたぞ、いきなり何するんだミーシャ」
「いやー、ゴメンゴメン。けど、驚いたのはこっちもだにゃー? 後ろ見てみ?」
「ん?」
振り向くと、壁には蜘蛛の巣状の大きなヒビが入っていた。
これ、俺が吹き飛ばされてできたのか。
どういうことだ、最初は本当に気持ち固くなるって程度じゃなかったのか?
「ってちょっとまて、どんだけ強く殴ったんだ」
「にゃっははは! こりゃ早くも免許皆伝かなっ!? 何、実は【硬気功】使ったことあった?」
……カエンへの変身はそれに近いかもしれない。実際、怪人に吹っ飛ばされた時はこんな感じに壁が壊れてたっけな。
「うーん、よく分かんないけど、才能?」
「才能でカタがつく問題なのか?」
「あー……うん。そうだ、折角だから他の戦闘スキルも覚えてみる? 見込みあるからにゃー、私より強くなったら将来娶ってくれる? そしたらタダでもいいよ?」
細かいことを考えるのが面倒になったのか、ミーシャは話を逸らした。
「伴侶を金で決めるようなことはしたくないな。遠慮しておく」
「あーんそこもまたステキー♪ まぁそれはそれとして、【硬気功】の弟子が立派に成長したお祝いってことでプレゼントとかでいいんじゃない。回復系にする? 放出系の攻撃スキルもいいねぇ」
と、巻物をどさどさ並べるミーシャ。……俺、成長もなにも数分前に弟子にされたばかりなんだがな?
「弟子が活躍しまくれば私の名が上がるから利点はあるんだよね。あとぶっちゃけ囲いたい。若いツバメをちやほや育てたい……」
ダメだこいつ早く何とかしないと。
「……まぁ、それなら回復系のスキルが欲しいかな。無くなった腕が生えてくるようなのはあるか?」
「それはさすがに激レアだにゃー。あげられるのは【自己小回復】くらいかな? それ以上は娶ってくれれば……」
「一度覚えたスキルは外せないのか?」
「基本的にはね。けど、上位互換のスキル覚えるなら上書きになるから実質外せるような感じ?」
「ならその【自己小回復】をくれ。便利そうだ」
遠距離攻撃なら最悪石を投げるとかできるし、カエンに変身すればいける。
というわけで俺は回復を選ぶことにした。
「……って、あれ? おいミーシャ。巻物が使えないぞ?」
「え?」
先ほど【硬気功】を覚えた時のように魔力を流してみるが、反応がない。
いや、正確にはなにか反発する感じがある。まるでそう、満腹なのにご飯を口に入れようとしているかのような……
「うげ、上限反応!? そんなっ、【自動小回復】もコスト少ないスキルなのに!」
「……なんだ、その反応だと俺はもうスキルを覚えられないってことか?」
「う、うーん、その、うん。なんかその、ゴメン……? で、でもでも! フツーの人が上限100として、【硬気功】は2くらい、【自動小回復】も5くらいのコストなんだよ!?」
……ということは、俺の上限は2~6くらいだったって事か。なんてこった。
異世界人だし、そこが元々少なかったんだろうか。こう、ファンタジー適正的な感じで。
「うう、ごめんにゃさい。体でお詫びするから嫁にして」
「……いや、逆に考えよう。少ないコストの中で使えないスキルではなく、有用なスキルを覚えられたんだ。ここはミーシャに感謝しておこう。お詫びというなら聖女に会いたいんだがその手助けを何か――」
「えー、それじゃ私が嫁に行けないじゃん。グレンのけちー! 弟子ー!」
いやそれはもういいから。
「まぁいいよ。これでもAランク冒険者だし、聖女と話つけるくらい……あ、でもちょっと話盛っていい? 相手が興味持ってくれるように話した方が会ってくれる確率上がると思うんだよねぇ……?」
「……まぁ少しなら……」
「おっけい! 承ったにゃ」
あ、なんだろう急に心配になってきた。
で、【硬気功】以外のスキルは覚えられなかったが、有り余る成果を得て帰ろうとしたとき、受付嬢さんに呼び止められた。
……あっ、そういえば俺、ランクアップ試験で修練場に行ってたんだっけ。
アイリと共に、ランクアップしたギルドカードを受け取る。
「Cランク……これがCランクのカードですか」
「違いはそんなにないな」
「ここはグレンさんに徹底的に『DランクとCランクはここが違う講座』をしたいところですがとりあえずすごく違うと言っておきます」
アイリは真剣な顔で言った。……ま、まあ一週間たってない俺と違って長い事Dランクをしていたアイリには色々あるんだろうな。
「とりあえず、今日はもう休んで明日また修行しにいくか」
「修行じゃなくて依頼ですよ、依頼」
そうだった、生活費を稼がなきゃいけないんだよな……世知辛い。
でも今日のオーガの報酬でしばらくは大丈夫か。
……聖女の情報を集めるのに集中したほうがいいかな?
一応ミーシャに会わせてもらえるように頼んだけど、聖女がどんな奴か知らないし。
治療費がものすごくかかるようなら、お金を貯めておかなきゃならないな。
*
そして、翌日。
今日も俺たちはグレイウルフ相手に修行に来ていた。エサのお肉付きで。
よほど飢えているのか、すぐにグレイウルフはやってきた。
「早速だが3匹きたぞ、アイリ」
「は、はい」
「だがまずは俺にやらせてもらっても良いか?」
「え、はい。どうぞ」
と、今日は俺も【硬気功】の訓練をしよう。
「【硬気功】。……さて、この状態で殴ったらどうなるかな?」
俺は大きく振りかぶり、向かってくるグレイウルフにカウンター気味に一発ぶち込んだ。
……まるで俺の手が固い岩の塊になっているかのようだ。グロいことになった。
「っと、残り2匹も後ろにはいかせないぞっと」
ダブルラリアットをするように2匹を腕に噛ませて止める。
痛みはない、刺さっている感触はない。むしろグレイウルフの牙があっさり折れていた。凄いな【硬気功】、まるでカエンに変身した時みたいだ。
「ほっ」
そのまま地面に叩きつけてトドメを刺した。……凄いなホント。
身体が固くなる分、攻撃力も上がっている。
「グレンさん、一層強くなりましたね」
「ああ。嬉しい成長だ」
変身した時には及ばないが、これなら十分戦える。
体を治したら力が消えると思っていたが、この力があればこの世界で冒険者を続けるのに支障はないだろう。
そうしたらアイリみたく弟子を取っても良いし、いろんな所へ冒険しに行くのも良いかもしれない。
……ああ、年甲斐もなくワクワクしてきた。ミーシャには感謝しないとな。
(明日は別作品、「絶対に働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで」5巻の発売日です)