ランクアップ試験
(長らくお待たせしましたが、やっぱり不定期更新です)
「俺、この間冒険者になったばかりなんだけど」
「討伐によるポイントがたまっているのと、今回のオーガ討伐が要因となっています。……Bランクのオーガを無傷で倒す実力がある方をDランクに置いておくことはできないでしょう?」
今後、オーガを狩るとしたら……まぁ、Cランクになっておかないと依頼の処理を行う都合で面倒、というのもあるのかもしれないな。
なにせ、本来受けられる依頼というのは自分のランク+1つ上まで。今の俺とアイリはDランクだから、Bランクのオーガ討伐依頼は受けられないはずだ。
今回のは既に狩ってしまったから特例処理をせざるを得なかったが、今後それを毎回、という訳にもいかない、ってところだろう。
「折角だし、受けようか」
「あの、私もいいんですか!?」
「はい。アイリさんもグレンさんのパーティーメンバーで、オーガ討伐にも同行しています。資格は十分です」
なるほど……まぁアイリがランク不相応ってことになったらそれに見合うように鍛えるだけだしいいか。
「お。なら実技試験の試験官は私がやるにゃー。今からでもいいよぅ?」
酒場で飲んだくれていたピンク髪猫耳の女冒険者が手を上げた。
年の頃は女子高生くらいだろうか? アイリと大して違いがあるようには見えない。
しかし、アイリがピィンと耳と尻尾を緊張させていた。おそらく名のある冒険者なのだろう。先日絡んできた酔っぱらい冒険者とは明らかに違い、実力に裏付けされた自信を感じる。
「ミーシャさん。また飲んでたんですか」
「にゃはははは、そこのアイリは猫耳の期待の星。犬耳なんぞに負けてたまるかー」
腕をブンブン振り回しながら言う猫耳のミーシャ。アルコールが入っているのか顔が赤いが、本当に今からやっても大丈夫なんだろうか?
「……犬耳と猫耳って仲悪いの?」
「いえ、それほどでもないですよ。多少喧嘩はしてますが、お約束というか、はしゃいでいるというか……お祭りみたいなものです」
スポーツで別チームを応援しているみたいな感じの間柄らしい。根本的には仲が悪い訳ではないようだ。
「じゃ、今から開始ね! 私に一発入れられたら合格でいいよ? 何、酔っぱらいで大丈夫かって? ハンデハンデ!」
「ミーシャさん、せめて修練場に移動してからにしてください」
「……あー、それもそうだねぇ」
受付嬢さんの一言に、ミーシャは大人しく従いギルドの奥へ向かう。
地下への階段を下りると、そこは蛍光灯とかもないのに不思議と明るい大部屋だった。
広さは体育館くらいあるし、壁は石壁、床は土。なるほど、修練にはもってこいの場所だな。
「こんな空洞がギルドの地下にあって、床が抜けたりしないのか?」
「ええ、御心配には及びません。この部屋はダンジョンみたいなものらしく、多少壊しても直りますし、天井をぶち抜くような攻撃でなければギルドに被害は出ませんよ」
よくわからんが、魔法ってスゴイ、ってことか。一応天井に向けて攻撃するのは気を付けよう。
「よーし、いつでもいいにゃー? かかってこーい」
ミーシャが修練場の中央で腕をブンブン振り回して言う。特に武器はもっていないようだが……グラップラーか。
「1人ずつでいいのか?」
「めんどいから2人同時でいいよ? どっちかが一撃入れたらランクあーっぷ……で、いいよね?」
ミーシャはちらり、とアイリを見た後、受付嬢さんに尋ねた。受付嬢さんは「はぁ」とため息をついた後、頷いた。
それだと、俺が1人で一撃入れてもアイリがランクアップしてしまうのだが……
「そもそもオーガを無傷で討伐している以上ほぼ儀礼みたいなものですし。アイリさんの実力や人柄は既に把握してますから」
「そういうことなら遠慮なく」
俺は棍を構えた。
「サマになってるねー、どこでならったのかにゃー?」
「故郷で、かな」
じり、と間合いを詰める。……うん、このミーシャという猫耳冒険者、かなりの実力者だな? 中々隙が無い。あっても誘いだ。変身しないと確実に勝てるとは言えない相手だ。
こちらが攻めるために筋肉を硬直させると、ミーシャも迎撃と反撃の意思を示して微妙に動く。ミーシャがじりっと攻撃のために足を数ミリ引くと、こちらもその攻撃の軌道を予測して対応できる位置に棍を気持ち寄せる。そんな、傍目から見れば何もしていないように見える牽制による攻防を繰り返す。ツーといえばカーと返すような、楽しい会話に似た静かなやり取りだ。……おっとあぶない、これはフェイントか。
「……いいねぇ、グレンっていったっけ? ここまでできる人は久々だよ。打てば響く、ってやつかな?」
「そりゃどーも」
「本気出してもいいよ? こっちも出すし」
「実力は隠しておいた方がよさそうかなって思ったよ、今ので」
そして更に俺とミーシャは『会話』を続け、それはまだだいぶ続くと思われたが――
「……てっ!」
口火を切ったのは、ミーシャの方だった。いや、きっかけはアイリか。
アイリが俺のサポートとしてミーシャの後ろに回り込もうとし、ミーシャは動かざるを得なくなった。
俺はミーシャの予備動作から予想していた攻撃の軌跡上に棍を置き、迎え撃つ。
ミーシャはその予想に違うことなく拳を突きだし、棍を真正面から殴りつけた。
ずごん、と重い一撃。上手く力を逸らさなければただの木の棒でしかない棍は一発で破壊されていただろう。おそらくトレント材ではなく地球にある普通の木材だったらヒビは免れなかった。
丁寧に受け止めてこの破壊力。見た目が普通の女の子にしか見えないミーシャを、俺は侮っていたようだ。
ミーシャは怪人とも渡り合える実力者、俺は認識をそう改めた。
「見た目はショボイけどいい武器だにゃー」
「そいつはどうも」
ミーシャは涼しい顔して何発ものパンチを連打する。一撃一撃がまるでハンマーを勢いよく振り下ろしたような容赦のない重さで、俺はそれを何とか棍で受け流す。
これは変身しないと勝てないかもしれないな。
合間を見てこちらからも棍を突きだして攻撃を加えるが、ミーシャはするりと避ける。厄介だな、どうやって当てようか――
と、その時ミーシャの後ろからアイリが援護に入った。ミーシャはアイリが振り下ろした剣を振り向きもせずに身を捻ってかわし、アイリの腹に蹴りを入れた。
「あっヤバ! 手加減!」
と、蹴りを入れた直後に振り向くミーシャ。俺はアイリが作ってくれたその隙を逃さず、ミーシャの足を棍で払おうとするが、ばしぃん! と大岩を叩いたような感触が返って微動だにしなかった。
手がしびれる。しまった、と思いつつもミーシャが俺に追撃してくることは無かった。ミーシャは俺を無視して慌てた様子でアイリの元に駆け寄っていった。
この様子じゃ試験は中断か。
……と、かなり思いっきり食らってたよなさっきの。よく考えたら俺もアイリのことが心配になってきた。アイリは改造人間じゃないんだからあの一撃を食らったら内臓破裂してもおかしくないだろ。
「わー! アイリ、ゴメン大丈夫!? 生きてる? 内臓は無事そうだね? 生きてるね、よしよし」
「う、うぐう……」
腹を抱えて蹲るアイリに、ミーシャは優しく手を当てる。
「■■■……■■、【ハイヒール】!」
そして、光がアイリを包み込んだ。
それは、俺がこの世界に来た理由でもある、癒しの光だった。




