第一章 30
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学生達がホテルを去ってから、数時間後。
やっとリンのこの日の取り調べが済んだ時、
レイミアンが部屋を出て、
ポーリーがリンの様子を伺いに来て着替えをさせようと、手錠を外した。
すると、リンはポーリーの手を潜り抜け、ドアに突進した。
その時、運がいいのか悪いのか、ドアが開いた。
ドアの外にいたマクレンが、ポーリーが上げた悲鳴に、
何があったのか確認するために、開けたのだ。
そしてその隙を狙って、リンは内開きのドアを思い切り引っ張り、
マクレンの態勢を崩して、廊下に飛び出した。
廊下に出たリンは、一目散にエレベーターのあるホールに向かった。
そこに来て、ポーリーとマクレンの援護要請に、捜査官五人が揃った。
しかも、一人はエレベーター側にいて、リンが乗れる可能性は、極めて低い。
そこで、リンがエレベーターのすぐ横にある階段に向かおうとすると、
「リン! 止まれ。どこに行く!」
捜査官達が、特別に許可を得ている拳銃を、リンに向かって構えていた。
リンが振りむくと、すべての拳銃が自分に向かっていた。
「リン! 動けば撃つ。こんな時間に、どこに行く気だ?
指示に従って、部屋に戻れ!」
レイミアンの、妙に冷静な声は、廊下中に響いた。
「…………」
「リン、指示に従え。
いや、命令だ。すぐに部屋に戻れ! ……リン!」
「……イヤだ。戻っても戻らなくても一緒なら、……戻らない」
リンのその声も、レイミアンと同じ位落ち着いていた。
リンの表情がはっきりと物語っている。
もう、引く気はない。と。
「リン。言っている意味が分かっているのか?
俺達が持っているのは、おもちゃじゃない。この意味を、分かっているのか」
「知ってる。……前にもあるしね。今更な質問」
「だったら、言うことを聞け!」
「もういいよ。どうせ、もう後戻りはできないでしょ。同じよ。
……撃てばいいじゃない。
私は、こんな所、もうどうでもいい。
どうせ信じてなんてもらえない。
でも、……今日まで、ずっとそれでいいと思ってた。
だけど、それがどれだけ悔しいか、知らないでしょ?
ずっと、ここ(IIMC)に来てから、一度だって信じてもらってない。
誰も、信じない。
それが当たり前になってるって、変じゃない?
だから、もういい。
撃てば、それで終わり。でも、私は負けないよ。
そっちの思う通りになんて、絶対になるもんですか!」
「逃げてどうするつもりだ?
ここにリンの居場所はない。戸籍も何もないんだ。
逃げる場所なんてないんだぞ。逃げ切れると思っているのか?」
「…………」
「リン! 今ならまだ間に合う。
こっちに来い。……リン!」
「いいって、言ってるでしょ! ……もう、いぃ……」
リンの体が力なく崩れた。
銃声などはない。
今までリンが立っていた場所に、ベーシャルがいた。
ベーシャルは、廊下の反対側にある階段から、
リンが使おうとしていた階段に来て、リンの後ろを取った。
そしてリンの首の後ろに強烈な一撃を食らわし、意識を奪った。
全て、レイミアンの指示だった。
リンが、途中でベーシャルの姿が消えたことに気づかなかった、
それが敗因。
リンの崩れた体をベーシャルは軽々と抱え、リンを部屋に連れて行った。
リンは、今度は、前で手錠されたまま、ベッドに寝かされた。
丁寧に。
これがレイミアンの優しさかもしれない。
レイミアンは、元々撃つ気なんてない。
ただ、リンを引き留める手段に使っただけだ。
ベーシャルが、所定の位置に着くまでの時間稼ぎ。
だからこそ、妙に冷静だった。
焦ってなどいなかった。
表向きは。
内心ちょっとヒヤヒヤした。
なぜなら、リンはこういう時、本当に勘がいい。
何かある。
それを察知するのは誰よりも鋭くて、リンの裏をかくのは骨が折れるのだ。
今回は、リンが興奮していたため、成功した。
基本的にレイミアンは、リンの味方っぽいところがる。
それには理由があった。




