第三十九章 認識と事実が違うことは多々ある
「ユーリくん、お願いです。家に帰るのに付き合ってください」
「ああ、わかった」
「お願いしますユーリ君! お礼はしますから!」
「ほう……そうかそうかぐへへ。何をしてもらおうか」
「ユーリ君のためなら何でも!」
「ほうそうかそうか。それならとっておきのお礼として、セラに逆立ちで王都一周してもらおう」
「是非そうしましょう」
「ごめんなさいもうしません」
素直でよろしい。
ちなみに、今行われたのはほぼセラの一人コントである。重要な部分はもちろんオレとレアでやったが。
しかし、レアもそんなに気合を入れるようなことなのだろうか? だとしたらこっちもある程度覚悟をしなければいけないか。家族関係は正面からねじ伏せるわけにはいかないからな。
「まあ、セラの冗談はともかくとして日程は……どうにでもなるか」
今も授業は片手間みたいなものだし、という言葉は飲み込む。いくらなんでも真面目に教えてくれている先生に対しては失礼極まりないだろう。
そういう先生の授業は柔軟性があるから参考になる部分も多くある。何より、人にものを教える時の参考になる。
「ユーリくんの残りの懸念がわたしのことだけだとわかっていますから、次の休みに済ませてしまおうかと」
「……ああ、うん。こういう言い方するとあれだけど、レアのことだけが引っかかってるわけじゃないから。あんまり気負いすぎるなよ?」
懸念と言えばオレ自身のことが懸念だからな。いっその事まとめて終わらせるためにもまた家に……あ、そう言えば風呂に使う放熱石を仕入れてこないといけないか。いっその事、送風石も入れてジャグジーもどきなんてのもいいかもしれない。
「さっきまでかっこよかったのに、また余計なことを考えてる気がするなぁ」
「余計じゃない。忘れてた風呂の完成とさらなるパワーアップを考えてた」
「ご両親のためならばよし。いやちょっと待ってレアのことからその話題に行くのおかしくない?」
「あはは……」
セラにツッコまれ、レアには苦笑いされた。
まあ、こんな馬鹿話で少しでもレアの気負いを軽減できたらいいな。
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予定の日までの放課後にも、女子会とかで数日ハブられた。その間オレはスヴィンやイリル達級友と親交を温められたから良かったけどな。魔法用品店巡りもできたし、フレイアの引っ越しの手伝いもできた。最近浮き沈みが多かったから色々気分転換ができてよかった。
というわけで、あっという間に次の休日。パーティー無色の羽根三人は王都の門の外に立っていた。
案内するレアは、胸に手を当てて深呼吸を繰り返している。身体強化の調整の為、なわけはないよな。
「ふふふ、安心せいレア。いざとなったら皇族ぱわーを使ってやろうぞ」
「皇位継承権を放棄したのにそんなことしたら詐欺じゃないのか?」
さすがに知り合いから重犯罪者が出るのは避けたい。どの口が言ってるんだと言われるかもしれないが。
となるとその場合、セラに蹴り飛ばされるのか。どこかの誰かのように。
「大丈夫です。行きましょう」
キッと前を見据え、勢いをつけてレアは走り出す。自分の足で走っていくと言っていたので風魔法のアシストはしていない。
身体強化と隠蔽を同時にかけ、街道をやや逸れた場所を突き進む。万が一誰かにぶつかったら結構な事故だ。そっちのフォローはしておこう。
驚いた目をいくつか向けられつつ走ったり休憩したりを続けること二時間ちょっとくらい。そこそこの人の出入りのある街に辿り着いた。
なんとなく探知距離を伸ばしてみたが、活気があって良さそうな街だ。気を抜いても危険はないだろう。
「……ふむふむ。ルートゥレア家は領地を持つくらいの貴族なのかな」
セラは領地を与える側だったから、街の状況を見ただけでなにかわかることがあるのかもしれない。
対してオレは爵位の順番すらあやふやだからなぁ。上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵でよかったんだったか? 王国だとその下に騎士と法士がいてオレもそれなわけだが、リーデライト殿下も言っていたように正確には爵位じゃないからな。
まあ、爵位が高ければ有能ってわけでもないだろうし、今まで蹴散らしてきた貴族の爵位も知らない。でもさすがにワーラックスとハウライトとエルシュラナの位を知らないのは言い訳できないかもしれないな。帰ったらそれとなく聞いてみようか。
さて。変わらずレアの先導で歩いていくが、まず目を引くのはレアの大杖のようだ。領民からすると「お嬢様が騎士を二人連れて帰ってきた」構図に見えるはずなのだが、案外ララが言っていた「普通に街を歩いていても気づかれない」っていうのは事実なのかもしれないな。
「……っ、く」
「レア、大丈夫?」
怯えを引き起こすような類の視線ではないが、歩みが鈍ってきているのはセラも気づいたようだ。大杖の揺れも大きくなってきている気がする。
半年前を思い出させる。今回なるなら正しく過呼吸だろうけど。
「レア」
ぽん、と。あの時と同じように背中を叩く。今回は別に何もしない。ただ背中を叩いただけだ。
振り向いた目が向けられるが、これ以上できることは……いや、そうだな。
「お守りの代わりになるかはわからないが」
風牙を渡す。現状のオレの魂みたいなものだから、多少は勇気を振り起す足しになるだろう。
なる、よな? なってくれ。
「……ありがとうございます、ユーリくん」
「んむ。それじゃ各々とっかえっこで行こうか」
セラが大杖をかっぱらい、オレに細剣を押し付ける。まあ、刀と長物両方を持つのは辛いものがある。宝石適性はともかくこの組み合わせはベターか。
レアの足取りに力が戻る。最初から負ける気でいたら勝てるものも勝てない。頑張れよ。
なんとなくロールプレイングゲームの最終盤を思わせる行進が続き、遂に魔王城、ではなくてファイリーゼ邸らしき場所に辿り着いた。庭師さんとか門番さんがいないからエルシュラナ家みたいな感じかな。整備もちゃんとされているようだし、貧乏貴族ってわけでもなさそうだ。
「……え?」
でもなんだ? レアが絶句してるぞ?
「嘘……え? なんで? そんな」
なんだなんだ?
「レア? どしたの?」
「え、いえ、その、あの」
別にファイリーゼ邸におかしなところはない。というか、至って普通である。魔窟に向かうようなレアの覚悟は何だったんだ?
異常がないことが異常とか? 例えば、本来もっと人がいてこんな静かなのが異常とか。普段はもっと荒れてるとか。
「と、ともかく。行きます!」
ある意味、上級ダンジョンに足を踏み入れたとき以上の緊張だ。レアにとっては魔王城なのか。おそらくセラもオレと同じだと思うが、全くその心の動きが理解できない。
門を開け、玄関扉を押し開く。両開きの扉を全開にするのはやっぱりそれっぽい感じがある。立ち位置的に勇者がレアで、出自的にお姫様がセラか?
さて、オレはどう取られるかな。旅の仲間か、それとも娘を変えてしまった悪い魔法使いか。
「ルートゥレア様!? お帰りなさいませ!」
「リシーさん。急に戻ってごめんなさい」
「いえ、後ろは御友人がたですね。ようこそいらっしゃいました」
メイド服を着たリシーさんは、丁寧に九〇度頭を下げてくれる。こちらも返礼。
やっぱり家に問題があるようには見えないんだけどなぁ。
などと思っていたら、階段の上に人影が。母親という年齢には見えないから、
「あら、ルートゥレアじゃありませんか」
「あ、あの。ただ今戻りました、お姉様」
お姉さんか。
貴族の作法はわからないが、違和感はある。一番は意味不明に気圧されてるレアの態度だが。
お姉さんはゆっくりと階段を降りてくる。近くに立つと、たしかにレアと血が繋がっていると思える。ただ、顔つきはちょっとばかり険しいというか。目尻が釣り上がっているとか眉間にシワが寄っているとかではないんだが、
「そちらはお友達ですか?」
うん。わかりやすい威圧感がある。あるんだが。
探知で人間性の判断ができるオレとしては、それだけとしか言えない。これまで立ち塞がってきた誰かしらのように悪意があるわけでもないのだから。なるほど、その辺りがレアの違和感なのかもな。
「ユリフィアス・ハーシュエスさんとセラディア・アルセエットさんです。お二人とはパーティーとして冒険者登録を」
「ユリフィアスさんにセラディアさん。妹がお世話になっております。レインノーティア・ファイリーゼです。ところで」
レインノーティアさんは、妹であるレアをじっと見つめる。
というより、レアがずっと抱き続けている風牙をか?
「その……剣は」
「あっ、ごめんなさいユーリくん、お返しします。ありがとうございました」
慌てたレアから風牙を受け取り、細剣をセラに返す。セラは大杖をレアに。これで正規装備に戻ったわけだが、
「そう。貴方のものなのですか」
どうにも風牙が気になっているらしい。刀はこの世界に無いものだから当然なのだが、それだけでもない気がする。
興味だけでなく、不審物に向けるような。
「それで? 急にどうしたのですか」
「お父様とお姉様にお話がありまして……お父様は」
「本日は領内の視察に行っています。お帰りは夕方でしょうね」
「……そうですか」
猶予ができたといえばいいのか、出鼻を挫かれたといえばいいのか。表現は悪いが判決を待っているようにさえ見えてしまう。
ただ、なんとなくレインノーティアさんの方も困ったような顔をしている気がする。この家族はどんな関係なんだ?
「ともかく、御友人を立たせておくのも失礼でしょう。部屋にご案内なさい」
「わかりました」
「後ほどお茶をお持ちいたしますね」
気配を消していたリシーさんは、何かを言うまでもなく完璧な対応。本当に、何も問題は見受けられない。
ともかく、夜まで暇になったわけか。観光してるような状況でもないし、おとなしくしておこうか。
「ああ、ユリフィアス・ハーシュエスさん。少々お付き合い願えますか」
「はい?」
え、なにいきなり。気を抜いた瞬間を狙われたようにさえ思えるタイミングだったぞ。
「あの、お姉様。ユーリくんは」
「とって食べるわけではないから安心しなさい」
「は、はい。ごめんなさい」
条件反射かな。強い言葉を使われると萎縮してしまうらしい。
ただ、レインノーティアさんの方は困った顔をしていたような気がするんだが。
「ということらしい。セラ、頼んだ」
「りょーかい」
何度も振り向きつつ、レアは階段を登っていく。なにか言えるわけでもないし、手を振っておくか。
「リーダーとしては常に余裕を見せておかなければならない。貴方は理想的ですね」
「そんな気はありませんけどね」
レインノーティアさんに褒められるが、本当にそんな気はない。自主性を尊重しているとかそんなこともないし。
ところで。
「なぜオレがパーティーのリーダーだとご存知なので?」
「可愛い妹のことを把握しておくのは当然でしょう」
ああ、そういう。あれかな。獅子は我が子をとかそういうのかな。
歩き出したレインノーティアさんに続いて階段を登る。向かう先はレア達とは逆。
しばらく廊下を歩いて、とあるドアの前へ。例によってプライバシーを考慮して探知の展開はしていないが、拷問部屋ってことはないだろう。
「どうぞ」
「失礼します」
促されて部屋に入り、レインノーティアさんを背にした。数歩進んだところで、扉の閉まる音と鍵のかかる音がした。
うーむ。
「……未婚の男女が密室に二人はまずいのでは」
「黙りなさい。そしてそこに正座しなさい」
は? なにこれまた唐突に。
「わたしは年長者です。年上の言うことは聞きなさい」
「はあ」
意味がわからん。いきなりここで年功序列を主張するのか。
まあ、掃除も行き届いているようだし、正座するくらいは別に構わないか。姉としては妹のことで言いたい文句も山ほどあるだろうからな。
しかし、正座なんて何年ぶりだろう。怒られるときにやらされたこともないから小学校の授業とか以来だろうか。
大人しく言われたとおりにして表情をうかがうと、これ以上ないほど驚いた顔をしていた。何だこの反応。
「言われたとおりにしましたけど、どうしました?」
「ねえ。貴方、自分が何やってるかわかってる?」
「いや何って、正座を」
っ、そうか!
この世界に“正座”の概念があるわけ無いだろ!
「日本刀を見た時は本当に驚いた。混乱したわ。でも貴方のだと知ってどこか納得した。その知識を持ってる知り合いがいるなら無茶苦茶なのもわかるかなって。正座しろってのは冗談で言ってみたの。さすがになんなのか聞き返してくるんだろうと思ってたのに」
この世界に来て十年以上。まさか、こんなところにいたとは。
レインノーティアさんは、さっきまでしていた厳しい表情を完全に消して、驚いたような、泣き出す前のような、縋るような、救いを見つけたような、安心したような。そのどれでもありどれでもないような表情をして、言った。
「貴方も、転生者なの?」




