第三十八章 私は私の道を
本音を言えばちょっとだけ期待してた。父上か母上か兄上達か姉上の誰かが私を心配して連れ戻しに来たんじゃないかって。
でも、やっぱりそうキレイな話じゃないよね。
家族の誰かの敵になるのが嫌だった。家族の誰かの敵にされるのはもっと嫌だった。国を出たらそうならなくて済むと思ったのにな。世の中ままならないね。まあ、やりすぎたっていうのもあるんだろうけど、ユーリ君といるとその辺の感覚がねー。
馬車で突っ走って夜は野営。街道を通るけど国境門は避けてた。可能な限り人目につかないように、それでいて早く目的地へってことかな。
護衛の冒険者か子飼いかは知らないけど、初めての野営がこんな面子とになるなんてね。残念極まりないよ。
「……何か問題でもありましたか?」
「この状況で問題がないって答えるほどアホじゃないつもりだけど?」
問題と文句は山積みだよ。初夜営はレアとユーリ君のお互いに対する接し方とか見てニヤニヤするつもりだったのに。あ、こういうこと考えたバチだったりして?
でも何が一番問題かってさ。私が何も脅威に感じてないってことだろうね。夜の闇も。魔物も。護衛という名目の見張り役すらも。眼の前の相手が刺し違える気で襲ってきたら危ないかなってくらい? それもないだろうし。
まあ、余力を残しながら魔法訓練しても意味ないから暇なのが二番目の問題かな。剣を取り上げられてるから剣術の訓練もできないし。手の内を晒すことになるからそれも良くないだろうけどね。
ついでだし、先のことでも考えようか。
もう帝国領に入ってるから、ここで逃げたところでたぶん問題にはならない。でも、せっかくここまで来たんだから元凶は突き止めてやりたい。そいつが兄上達や姉上に危害を加えないとも限らないし。監禁されるのか城に連れてかれるのかはわからないけど、探知を続けて人間関係を洗いざらい暴いてやる。
やれやれ、ほんとに何もかもユーリ君様様だよ。私がこんな身分だって知ってるわけなかっただろうけど。
「……あー」
身分か。
身分ね。
「……なんでしょうか?」
「余計なことしてくれやがったなって」
わざわざエルブレイズ殿下が誤魔化してくれたのにね。王族が他国の皇族と会ったことを覚えてないわけないし。
ユーリ君なら少ない線でも聞きに行っただろうなぁ。殿下もこういう事態なら話すよね。自分の口から言うのが礼儀だったはずなのに、地位云々よりそもそもの人間的なものを欠いてる。
そっか。でもユーリ君が来てくれるか。嬉しいんだか情けないんだか。
「……本当に、この状況でよくそこまで感情が動きますね」
「震えて何もできないお姫様だとでも聞かされてた? 期待に沿えなくて悪かったね」
だとしたら甘く見られてるね。まあ、私だってたった半年でここまで変わるとは思わなかったけど。半年前の私のままだったら、無駄に歯向かって地面に転がされてたかな。入学試験の時もユーリ君が割り込んでくれなかったらどうなってたやら。
「よくよく考えると、全員皇女誘拐犯なわけだけど。仕事が終わったらどうするの?」
周りに聞こえるように言ってやろうかと思ったけど、もし知らなくて動揺されるとまずいかもしれない。基本的に遠巻きにされてるのって、同性だからってだけじゃないだろうし。一応は理性のある護衛が野盗化するのは勘弁だ。
「それはわたしが考えることではありませんので」
「ふーん。付く主人を間違えたねっていうのは侮辱になるのかな」
「その程度で腹を立てることはありえませんが?」
感情を制御してるのか歯牙にもかけてないのか、実は腸煮えくり返ってるのか。何にせよ、信じるものが違うなら相容れることも無いってことだね
人の役目か。何も考えないでいることが役目なら、私よりもこの人の方が皇女に向いてるかも。そうは行かないのがこの世の辛いところかな。ユーリ君やアイリスさんやフレイアさんが平民であるみたいに。
ともかく、しばらくは流れに身を任せようか。今は反抗してもいいことはなさそうだし。
/
道中はひたすら目を閉じて探知に集中してたけど、特に変わったこともなかった。御者の腕が良かったのか道案内が良かったのか。
夜営時だけしか外は見させてもらえなかったけど、規模から言えば着いたのは帝都かな。なんか思いも寄らない形での帰郷になっちゃったなぁ。
馬車は石畳を進んで街を抜けて、貴族街へ。そのまま乗り入れることになったからどの貴族の屋敷かわかんないね。
「失礼と存じますが」
はいはい、目隠しね。探知ができるから関係ないけど、一応足元がおぼつかないフリとかしておいたほうがいいかな。
屋敷の中に入ったら外されるかと思ったけどそんなこともなく、階段を登って廊下を歩かされて、部屋に押し込まれた。扱い酷くない?
「さて、と」
鍵がかかる音がしたから食事の時でもないと開けてもらえないみたいだけど、目隠しは取れる。
普通の部屋。窓に鉄格子が付いてる以外はね。趣味の悪い部屋だなあ。なんかちょっと息苦しいような気もするし。
まず、壁に耳を当ててみる。隣の部屋の音は聞こえない。反対側も、廊下側も。さすがに窓側はそこまでじゃないけど。
つまり、何やっててもとりあえずはバレないかな。
「じゃ、遠慮なく探らせてもらおうか」
魔力探知展開。
探知。探知……探知! あれ? おかしいな、できない。
魔法が発動してる感覚はあるけど、散らされてるというか広がってないというか。ユーリ君にフレイアさんと引き合わせてもらったあと、話の流れで火抑符での魔法阻害を体験させてもらったことがあったけど、アレに似てる。この部屋だと、魔法全部かな?
「そう言えば、城にもそういうところがあるって言ってたっけ」
なんだっけ。散魔石だっけ防魔石だっけ。全属性の魔法を防ぐ魔道具みたいなのがあるとかなんとか。
うわー、それは考えてなかった。魔法学院に入学して魔法使いとして力を示してるんだから、それくらい考えるか。
「悪党も悪党で侮りがたしってことだ」
むしろこっちが浅はかだったかな。
考えよう。時間はあるし。追い詰められてる時ほど落ち着くべきだし。その辺についてはまだ追い詰められてないから冷静だ、うん。
まず、状態把握のためにファイアボールでも作ってみようか。火の玉を思い描いて魔力を……できない。魔力をひたすら込めまくって……火種みたいなのは出来てるような気がするけど、全然安定しない。
百分の一すらも力が出てない。なるほどね。現状はこういうものなのか。
とりあえず、目を閉じてもう一回探知。
自分の中の魔力は感じられる。自分の存在も。でもそこから先は魔力が溶ける闇。ここが限界か。つまり、身体の中に向かって魔法を使うことはできるのかな。
そういえばユーリ君が言ってたっけ。魔力は生命力みたいなものだから、魔力探知で相手の実力が測れるって。それって、魔力を全部抜き取ったら死んじゃうってことなのかな。皇城にいた頃入るのを止められてた部屋の中にはそういう部屋もあったのかも。
つまるところ、今の私はこの部屋の魔法阻害力や魔力吸収量を超える魔力を持ってはいるってことなのかな。って、そんな命の危険のある部屋に放り込むとか何考えてんだ。
「あ、弱体化が狙いだとか?」
衰弱してる方がなんかそれっぽそうだし。何か言っても妄言に聞こえるかも。
だったらさっさと出ないと思う壺だし、長引くほど打つ手がなくなる。探知が使えないならここに立てこもる意味もない。
自分の中の魔力は操作自在だし、探知もできる。じゃあひょっとして、身体強化は使える?
魔力を練って、身体に留める。あちこち殴りつけるのもなんだし、ユーリ君がやってたみたいな体術でも試してみましょうかね。
パンチ。キック。回し蹴りにバック転。うん、いけるいける。身体強化は使えるぞ。
次は魔力強化。服にでもかけてみようかと思ったけど、弾け飛んじゃうと悲惨なことになるから枕でも使わせてもらおうか。
魔力浸透。行ける。でもやっぱり留まる感じはしない。駄目だ。
身体強化だけかー。体術も教えてもらっておくべきだったなあ。城にいた時に護身術もちゃんと習っておけばよかった。
「ま、いいや。この部屋を出れば魔法も使えるだろうし」
じゃ、行きましょうか。
「セラディアちゃんの反撃たーいむ!」
/
扉から出るか、それとも窓から出るか。重要な問題には悩んだよ。ほんとに悩んだ。
扉から出るのがかっこいいとは思うけど、高確率で見張りがいるよね。魔法がどのくらい封じられるのかはわからないけど、戦闘は必至。扉のすぐ外で魔法が使えるようになるとはとても思えない。武器が無いから、ユリフィアス・ハーシュエスはともかくセラディア・アルセエットだと身体強化だけじゃちょっと危なそう。
で、定番は窓からだよね。鉄格子を力づくで外せば窓を割って脱出できる。コレもまたかっこいいよね。でも、こっちはこっちで警備がいるのが見えた。さすがにそこは魔法封じの効果範囲外だろうけど。
まあ、扉から出て身体強化したまま効果外に無理矢理押し出るのもできるだろうし、飛び降りても身体強化でまったく問題はない。でも、どっちもつまらないって思っちゃったんだよね。なので、もっと面白い方法で行くことにした。
『な、なんですか!?』
驚いた使用人が入ってくるけど、時既に遅し。私はもうそこにいないのだ。と言っても、彼女が入ってきたのは監禁部屋の隣の部屋だけどね。
「おお、りゃあー!」
進む、進む、突き進む。壁をぶち抜いて!
そういえば、ユーリ君が王都で貴族の屋敷を一個ふっとばしてるね。同じことする気はないけど、似たようなことはお返しにやってやろうかな?
砕けた壁の欠片を拾い上げて魔力強化を試す。よし、魔法の制御が戻ってきてる。
「見つけた! ここだ!」
「って何やってんだお前!?」
追手が部屋に入ってくる。まだ逃げることはできるけど、そろそろ攻勢に回ろう。
しゃがんで、床に手を当てる。追手は取り囲もうとしてくるけど無視して魔力を過剰に注ぎ込む。
頭に蘇るのは、驚きとともに記憶に残る光景。ユーリ君の魔力に耐えきれずに砕けた剣。魔力強化の限界がああなるなら同じことができるはず。その証拠に変な軋み音がし始めてる。
「下へどうぞー」
あの時みたいな燐光。同時に、バコン! と床が壊れて無くなった。
「な」
「うわあああ!?」
私は足元に防壁を展開してるから関係ない。
「うおおお……ガッ」
落ちてもたかだか一階。着地した後、跳び上がって捕まえようとしたのかな。やるね。でも、足元に展開してるのは“物理”防壁なんだなぁ。ぶつかったら痛いでしょ。
防壁を解除して一階の床に降り立つ。いいものが転がってるね。
「借りるよ」
剣を拾って、魔力斬一発。扉を吹き飛ばす。向こう側に一般人がいないのは確認済み。
いい加減これ以上力を出すと屋敷ごとぶっ壊しそう。気分的にもね。だから身体強化と防壁を全開にして、廊下の窓に体当たり。外へ飛び出す。
魔力探知。敵の数は、っと、
「……はは」
笑っちゃうよ。来てくれるんだろうなと思ったらもういるし。
ここはいっちょ、囚われのお姫様ってのをやってみましょうか。
「ユーリくーん! フレイアさーん! アイリスさーん! ティアさーん! たすけてー!」
芝居がかった叫び声で魔力反応が動く。あともう一人いるけど誰だろ。知らない魔力だ。
魔法によるジャンプ、滞空、滑空。スタンピードの時のレヴさんみたいに私の周りに五つの影が降り立った。かっこいーねこれ。機会があったら私もやろっと。
「やあ、セラ。思ったよりずっと元気そうで何よりだよ」
「ごめんね、いきなりいなくなって」
「謝ることでもないさ。事情はだいたい察せてるし、しがらみは誰にでもある」
そう言ってくれると少しは救われる。
レアはやっぱり来られなかったか。ユメさんもミアさんも。そこは仕方ないよね。三人とも歯がゆい思いはしてくれてるだろうし。
でも、色々思うところはある。一番は、勇者に助けられる囚われのお姫様の役はレアに回してあげたかったってことかな。
「なんだお前ら!?」
「聞く必要あるか? 仲間が連れ去られたとあっちゃ黙っていられないだろ普通」
答えてるじゃん。ってツッコみたかったけど、笑えちゃって駄目だった。
仲間か。私の素性を知ってもまだそう言ってくれるんだ。笑うだけじゃなくて泣きそう。
「それで。どうしてくれようか?」
「片付けていいのかな?」
「そうだねえ。せっかくだし向かってくる奴は斬り捨てようかな」
「……皆さん案外好戦的ですね」
ティアさんとアイリスさんとフレイアさんが臨戦態勢になる中、一人だけ冷静な人が。って、ほんとに誰だろ。そう思って見つめたら目が合った。
「えーっと? どちら様でしょう?」
「これは失礼。お初にお目にかかります、セラディア殿下。ネレリーナ・グレイクレイと申します」
一礼された。あれ、名前と素性が知られてる。誰の知り合い?
「ところで、その剣は間に合わせですかね。お眼鏡に適うかはわかりませんが、こちらの方がまだよろしいかと」
いつの間にか、ネレリーナさんの手には鞘に収まった剣が。どこから出てきたのそれ。
持ってた剣を捨てて、差し出された剣を受け取る。探知しなくてもわかる。すごくいい剣だ。私にはもったいないくらい。
「……ああ、そうか」
脈絡なくユーリ君が呟いた。何?
あ、違うや。ネレリーナさんとお互いを見て……目で通じあってるのかい、それは? で、風牙を抜いて魔力斬ってちょっと待ってもう始めるの!?
ユーリ君は魔力斬の軌跡を追うように走っていく。斬り上げるように腕を振り抜くと、相手の剣の長さが半分になっていた。
「……たしかに、参考にしにくいですねこれは」
ネレリーナさんは困ったように呟いた。その手にはこれまたいつの間にかユーリ君と同じような剣を持って……あ、刀って言うんだっけ。でも、斬り込んでいこうとはしない。ユーリ君をじっと見続けてる。
「流石に踏み込みが早いよね」
フレイアさんは、感心しながらユーリ君とは別方向に斬り込んでいく。剣が燃えてるけど溶けてないってことは、炎に耐えられる剣を見つけたのかな。かっこいいな炎の魔法剣。
「わたしたちもやろう」
「言われるまでもなく」
アイリスさんとティアさんも周囲に向けて魔法を放ち始める。
っと、これじゃあ私のやることがないね。切り替え切り替え。今回は主役なんだし、私だってたまには派手に行かないと。
/
積み上がる人の山。ユーリ君が二回くらいやった光景だねこれ。まさか私もこっち側に回るとは思わなかった。
まあ、一人でやったわけじゃないから及ばないけどね。大多数はユーリ君とフレイアさんの手柄なわけだし。
「結局、背後関係を暴くような余裕はなかったなぁ。無念」
「意外と根深いだろうからね。どっちにしろ全部は無理でしょ」
フレイアさんが慰めてくれるけど、わざわざ捕まった意味がなぁ。一網打尽にしないとまた同じことが繰り返されそうだし。なんとかならないでしょうかね。
「ユーリ君、尋問とかできない?」
「やろうと思えばやれないことはないだろうけど、こいつらから求める答えは引き出せないだろうな。正当性が認められるかもわからないし」
やっぱりできるんだ尋問。
いっそのこと立場を利用してやってもらっちゃおうか。なんて、迷惑かかるから駄目だよねー。
「何の騒ぎだこれは!?」
物騒なことを考えてたら誰か来た。馬車で乗り付けてるから家主かな?
「私の屋敷で何をしている!?」
正解だった。この状況だと悪手な気もするけど、それは私がこっち側に正当性があると思ってるからかな。
「ギルド登録冒険者として、誘拐された仲間の救出に来ただけですけど?」
「ゆ、誘拐!? 何を……」
「まさか、邸に連れ込んでるのに自分は無関係ですとか言うわけないよねぇ? これだけ無法者もかき集めておいて」
うおー、フレイアさんすごい迫力。近衛魔法士団第三隊隊長は伊達じゃないね。頼りになるー。
「ま、主義主張とか背後関係はともかくとして、出るとこ出ようかせっかくだから。どうでしょう、セラディア殿下?」
って、いきなり矢が飛んできたんですけど。たしかに被害者は私だけどさ。フレイアさん任せにもできないし。
しゃーない。改めて気合を入れるか。
「そうですね。せっかく帰郷したわけですし、そちらの思惑通り父上とお会いしましょうか」
「おま……貴女がセラディア殿下?」
いや、連れて来させる相手の顔も知らないのかーい。なんかグズグズだなぁ今回の事件。
/
皇城に帰り着いたら即自分の部屋に連れ込まれた。お世話をしてくれた人は特に何も言わなかったけど、怒ってたり安心したり色々だったのは伝わってきた。
しかし、はー。ドレスなんて久しぶりに着るよ。半年じゃさすがに体型は変わらないね。成長期とはなんだったのか。
「お待たせしました」
部屋の前で待ってくれてた五人に告げると、一様に驚いた顔をされた。そんなにおかしいでしょうかね。
「いや、うん。お姫様ですねぇ」
「ほんとに、お姫様だよセラちゃん。ううん、セラディア様?」
「とても立派」
エルブレイズ殿下やリーデライト殿下と常時接する機会のあるだろうフレイアさんだけちょっと緊張が薄いかな。
で、あとの二人はと言うと。
「よくお似合いですよ」
意外と、ネレリーナさんは自然体だった。私みたいな立場の人と接する機会でもあるのかな。
ユーリ君は……? と思ったら、
「準備はできたみたいだし、勝負の場に行こうか」
もっと自然体だった。っていうか気にされてない?
「えーと、ユーリ君?」
「ん?」
どうかしたか? みたいな顔までされてしまいました。これはこれで予想超え。普段通り過ぎる。
「ユリフィアス。なにか言うことはないのか」
「いえ、セラが何者でもセラはセラだって言った手前、態度を変えるわけにも」
ティアさんが呆れたように言ったけど、ユーリ君は困った顔で返すだけだった。
「そっか。そんなこと言われたね」
正直、拍子抜けなところもある。でもそれ以上になんか嬉しいな。私のことをわかってくれてる気がして。
「ただそれで不敬罪とかにされたくないからあんまり喋らないのもあるけどさ」
「っ、はは。そんなこと考えてたんだ」
そういうのもあるのか。ユーリ君だって一人の人間だもんね。どこでもそこでも大胆不敵とは行かないわけだ。
ユーリ君は私の王子様になれないし、やっぱり私もユーリ君のお姫様にはなれないけど、大事な仲間だね。
「よっし、それじゃあ行きましょうか!」
腕を振り上げ、ズンズン進む。やっぱり私はこっちの方が合ってる。
呼ばれてたのは謁見の間。あんまり入ることはなかった場所だし、入っても迎え入れる側だった。なるほど、こっちからはこういう感じだったんだね。
大扉を開けられて、中に入る。さあ、戦いだ。
/
と思ったけど、予想外に人が居なかった。
私を除いた皇族全員。宰相。あと今回ぶっ壊した邸の持ち主含む何人かの貴族、かな?
なにはともあれ、挨拶はしておかないと。
「お久しぶりでございます、父上、母上、フォルシュリット兄上、エーデルシュタイン姉上、ツァルトハイト兄上。ご健勝のようで何よりです」
一礼して、顔を上げる。皆様の表情は。
「……そうだな、セラディア」
「……ええ」
「……まったくだ」
「……あらあら」
「……ふーん」
やば。顔には出さないけど全員すごい怒ってる。
当たり前か。置き手紙して失踪なんて皇族のやることじゃない。よくできたなって思うけど。
いや、完全にいまさらってレベル通り越してるけどほんとよくできたよね。ビックリだよ。
でも、ここで負けるわけには行かない。私が負けたら“仲間”にも累が及ぶから。
「こちら、学院の友人で冒険者としてもパーティーを組んでいただいているユリフィアス・ハーシュエスさん。学院の先輩のアイリス・ハーシュエスさんとティアリス・クースルーさん。こちらのお二人には同盟としてもお世話になっています。それに、魔法の習得でお世話になっているフレイア・ワーラックスさん。それとフレイアさんのお知り合いのえーっと……ネレリーナ・グレイクレイさんでしたっけ」
「はい。セラディア殿下」
この人だけちょっと繋がりが薄くて、こうして付き合ってもらうのは申し訳ない気がする。
でも。
「……ワーラックス」
「……グレイクレイ?」
なぜか、フレイアさんとネレリーナさんの名字にみんな反応した。
炎皇として名前が伝わってるであろうフレイアさんはともかく、ネレリーナさんも?
二人を見ると、フレイアさんは薄い苦笑いで、ネレリーナさんは恭しく頭を下げたまま。こっちはこっちでなんだろうこの反応。
父上は色々と考えを巡らせていたようだったけど、とりあえず横に置いておくことにしたようだった。
「それで、此度の騒動はどういうわけだ」
「皇帝陛下! 私は王国に拐かされていた第二皇女様を救ったのです!」
っと、機先を制された。まあ、誰に対して聞いたとは言わなかったけどね。
「ということだが、セラディア」
父上が私を見るけど、さすがにそこは責めてはないよね。真偽を確かめようとしているだけ。
ていうか、
「まさか。もし私が誰かに拐かされてリブラキシオム王国にいたのだとしたら、拐かしたのは自分自身でしかありえません。むしろ、王国への対応を盾にして己の元へと拐かしたのは邸の持ち主であるそちらの方です」
「な、セラディア殿下! 何を!?」
被害者が元気に大暴れしたのに、なんの弁明ができるっていうんだろう。
っていうか誰この人。そもそも名前知らない。うーん、ユーリ君化してきてるな私も。
「こちらの方々はそんな私を案じて助けに来てくださったのです」
「……その意味があったかはわかりませんが」
いやいやユーリ君、そんなことはわざわざ言わなくてもよろしい。
状況からだけじゃないからね。精神的にこれ以上なく救われたわけだから。意味はこれ以上なくありましたよ。
「王国への対応を盾にしたというのは?」
「王都の破壊を仄めかされて、大人しく従えと。背後関係を探るつもりでしたが、部屋に閉じ込められた上、魔道具によって魔力を吸われて殺されそうだったので已む無く脱出した形です」
部屋の中がざわつく。殺そうとしたってのは過言かもしれないしいろんな理由でそうならなかったけど、その危険はあったわけだからね。
それだけじゃなくて、その背後関係のある人が混じってて焦ってるのかもしれないけど。
「ま、まさかそんな」
「調べればわかることだな」
父上が頷くと、衛兵の数人が動く。
「……失礼ながら、セラディア様のお話に付け加えさせて頂きたく。理由は不明ながら、武器と魔道具を溜め込んでいるようでした。見方によっては国家転覆罪になる可能性もあるかと」
ネレリーナさんが頭を下げながら言った。そんな事までしてたんだ。
そりゃそうか。戦争を想定するならその準備もするよね。
「情報感謝する、グレイクレイ嬢。さて、セラディアの言も併せて事実であれば大事となるな。続きを話している間に結果も持ち帰られよう」
「そ、それはそうではなく……そ、そうです、セラディア殿下は許可なく王国に……」
「あれー、おかしいなぁ。さっきは王国に連れ去られたみたいなこと言ってなかったっけ? それだと私が自分で出てったみたいに聞こえるけど。どっち?」
「……っふ」
あ、ハイト兄上が吹いた。
よく見ると、みんな呆れたり笑いを噛み殺したりしてる。なんだろ、実は予定調和? まあ、みんな私よりずっとものを考えてるからありえる。
「そ、そうだ。ふ、フレイア・ワーラックス!」
「は? 私? 何?」
いきなり話を向けられたフレイアさんは、驚いて自分自身を指差した。
「陛下! フレイア・ワーラックスと言えば王国の魔法士、炎皇! 内政干渉ですぞ!」
「うわぁ……そう言う奴がいるんじゃないかと思ったけどほんとに言ったよ……勘弁してよ……」
フレイアさんは、心底呆れたような表情をした。
ただ、それもまた事実だからね一応。ムカつくけどこの言い分には一理ある。
でも、それならユーリ君が止めてる気がするな。だってレアもユメさんもミアさんもこの場にいないし。なんだかんだそういう難を可能な限り排するとこがあるよね。
「リヒトシュタール陛下。よろしいでしょうか」
「うむ」
父上の許しを得て、フレイアさんは胸元から何か取り出した。
えーと、ギルドカード?
「私今一介の冒険者だから。文句つけられる理由無いから」
書いてある文字は読み取れない。けど、最近私達が手に入れたのと同じデザインで、何より同じ文字が大きく記されている。ものとしてはさすがに少しくたびれてるけど。
「ちゃんとAランク冒険者のフレイア・ワーラックスとして入国したから。リブラキシオム王国近衛魔法士団もちゃんと辞してきたから関係ないし。残念でした」
「辞し……うえええええ!?」
叫んだのが誰かって? 私だよ。フレイアさんナニシテンノォォォ!?
確かに言われた通り、王国の軍みたいな近衛魔法士団所属のままじゃ内政干渉にはなりかねないだろうけどさ! それでなんで退官を!?
「な、なん、なんで?」
「セラちゃんのほうが大事なんだから当たり前じゃない? ほら、私曲がりなりにも師匠だから」
私のほうが大事って。そう言ってくれるのは嬉しいけど、代えられることじゃないと思うんだけど。
「元々辞めようと思ってたのが早まっただけだから気にしなくていいよ。でも大変だよねぇ、立場がないと何も手に入らない人は。自由人の私にはわかんないや」
う、うわ。すっごい皮肉。フレイアさんこんな猛毒も吐ける人だったんだ。
ていうかそれはうちの家族にも刺さるのでは。大丈夫なの?
「それにしても、誰も私のことを覚えてないっていうのも悲しいやら嬉しいやら」
フレイアさんは、自嘲するように言った。
覚えてない? どゆこと? 帝国に来たことがあるから……ってわけじゃないよね。
「フレイア姉様。異議ありです」
うわ、姉上? って、フレイア姉様!?
「わたし達は忘れていないですよ。けれど、あんなに大人しい子だったフレイアちゃんがこんなに元気な子に。その辺りの話も後で聞かせてほしいわねぇ」
母上も!? フレイアちゃん!? どういうこと!?
「セラディアはまだ生まれておらんかったか。ワーラックス家はかつて我が国の貴族だったのだよ。当時はエーデルシュタインの遊び相手として互いによく城と邸を行き来しておったのだ」
「そういうことよ、セラディア」
どーゆーこと姉上!? 聞いてないし知らないよそんなこと!?
でも、集まってる貴族も不思議そうな顔をしてるのはどういうことなんだろう。
って、待った。今まで姉上のお世話になった相手にめちゃくちゃ失礼働いてたようなものじゃないのそれ!? どーすんの私!?
「フレイア・ワーラックス。息災であったようで何より。その節はすまないことをした」
「一国の陛下に謝られるようなことはありませんよ。それに、ある人と出会えたおかげで順風満帆とは行かずともそれなりに幸運な道を進んで来られました」
「活躍は聞いておる。この国の誰も見る目がなかったことは残念でならん」
なにか複雑な事情がありそうだ。だから私は教えてもらえなかったのかな。
しかし。フレイアさん、一瞬ユーリ君の方を見たような。気のせい?
「リーベ様もエーデルシュタイン様も、積もる話は後に。次の言い分を聞きましょう?」
「ええ」
「はい、必ず……!」
フレイアさんが笑うと、母上はニッコリと笑い返し、エーデ姉上は目に涙を浮かべて頷いている。うわーなにこれ疎外感。
「ほら、お許しが出たよ。次の言い訳は?」
「う、ぐ」
で、フレイアさんが求めた“次”は出てこなかった。こんなので打ち止め? ええー?
残念に思っていたら、ユーリ君が手を上げた。
「皇帝陛下。一つ気になることがあるのですが発言してもよろしいでしょうか?」
「ふむ、ユリフィアス・ハーシュエスだったか。構わんよ」
「ありがとうございます。どうにもわからないのですが、セラディア殿下はなぜ帝国を出ることになったのでしょうか」
うっ。さすがユーリ君、こういうことには正面から切り込むのを厭わないなぁ。踏み込むって決めたから余計になのか。
「こうしてやり取りを拝見させて頂いている感じでは、一般的な“家出”に至るような家族間の確執があるようには見受けられません。もちろん皇位継承問題はあるのでしょうが、行動のいくらかを共にさせて頂いていてもそのようなことを想起させるようなこともありませんでした。とすると、当人だけが知るような余程のことがあったのではないかと推察されますが」
ユーリ君は私の方をじっと見た。
何があったんだ? って目が言ってるね。流石にこの状況じゃ気楽に話せないってことかな。
覚悟じゃなくて観念が要ったかなぁ、これは。
てもこの状況だし、話さないとね。
「……私はまだ子供だから扱いやすいんだってさ」
そう言った瞬間、この場の全員に衝撃が走ったのがわかった。理由はそれぞれ違うんだろうけど。
「私を持ち上げていい目を見ようとか、まあそんなありきたりなことを話してたのが聞こえたわけだよ。兄上達や姉上やその派閥をどう追い落とすかとかね」
私そこまでバカじゃないから、意味はわかるし。何より、家族の誰かが傷つくのなんて許容できるわけないし。
「面と向かって言われたのも忘れてないよ。私には私の立場がある。私は他の誰にもなれないって。事実だね。私は帝国の皇女であることからは逃げられない。でもね」
言葉は噛み締めた。だって事実だから。言われたあの時は、八割くらいは正しいと思ってたかな。それ以上にショックでもあったけど。私は私である前にセラディア・シュベルトクラフトっていう名前の絵本の登場人物みたいなものなんだって。
けど、レアと出会って、ユーリ君と出会って、アイリスさんと出会って、アカネさんと出会って、ユメさんやティアさんやミアさんと出会って、フレイアさんと出会って。私はもう半年前の私じゃない。
「お飾りのお姫様や女皇帝って立場は嫌だ。私は誰かの道具じゃない」
私は生きてるんだから、いくらでも成長する。成長できる。間違ってたらレアやユーリ君やフレイアさんがぶん殴ってでも止めてくれる。そういう人に出会えた。
「だから、私はここを出ていくことにしたんだ。一度目はこっそりだったけどね。今度は堂々と出ていくよ。私の道は私の力で切り拓く」
言ってやった。
怒られるかもしれない。呆れられるかもしれない。もしかしたら泣かれるかもしれない。でも、これが今の私の気持ちだから。
「っ、くく」
「あはは」
「ふふ」
「ふ」
「……はあ」
って、ユーリ君もフレイアさんもアイリスさんもティアさんもなんかみんな笑ってるんですが。ネレリーナさんだけ唖然としてるけど。なんで。
変なこと言ったかな。うわ、なんか意味もなく恥ずかしくなってきた。
「な、なにかおかしかった?」
「いやいや。いい意思表明だったよ」
だったら笑わないでほしいんだけど? まあ、笑ってるのはユーリ君だけじゃないけどね。
「いいものを見させてもらった。これだけでこの場にいた意味があったよ」
そう言った瞬間、ユーリ君がなんだかすごく大人に見えた。普段から同い年に見えないけど、特にっていうか。
でも、父上にはなぜかため息を吐かれた。
「我が国の実力主義というものを勘違いしておらんかセラディア。強者が尊ばれ許されるわけではない。各々の資質を活かすという意味なのだぞ」
うん。よく勘違いされるところがそれだよね。それで使い潰される人がいるのも知ってる。トールさんはその被害者だったんだろうと思うし。
「わかっています。それに、私自身にはそこまで実感があるわけではないですけど、強いことがいいことだけではないのだということもよくわかっています。力がなくてもそうでしたけど、力があってもおそらく私を利用しようとしてくるでしょう」
ユーリ君が最初の頃ずっと嫌そうにしてた理由の半分もそれだろうし。
「だから」
ドガン! と大きな音が響いた。
「うええ、な、何!? 何事!?」
爆発ですよね!?
うちの家族含めてみんな慌てふためいている中、
「安全装置が働いたみたいだな」
「ええ」
「予想より遅かったかなって気はするけど」
ユーリ君とネレリーナさんとフレイアさんが特に涼しい顔をしていた。
驚いてないって事はあんたらの仕業かー!
「何したの!?」
「前一度やっただろ。ってああ、セラは直接見たわけじゃないもんな。オレもだけど」
前一回やった。直接見てない。爆発。
なんか思い出してきたような。
「ネレリーナさんのカバンを勝手に開けたら魔法が発動するようにしておいたんだよ」
アイリスさんが私だけに聞こえるように囁いた。あ、そうか。初めてユーリ君の家にお邪魔したときに聞いたやつね。こんなことになったのかあの閑静な村で。
ともかく、私が着付けに連行された時に荷物を押収気味に預かられたので、一応の仕掛けをしておいたってところなのかな。
「……万が一が万が一にならない。ある意味ユリフィアスの恐ろしいところ」
ティアさんも呆れたように言う。けどそれには完全同意。
って言っても、私がこうなってるわけだし、ユーリ君やフレイアさんは“敵地に乗り込んでる”って考えてたのかな。実際、誰が敵かわからないわけだし。
「権謀術数は人の世の常、か。平家物語はこの世界にはないものな」
ヘイケモノガタリ? なにそれ?
たまにわけのわかんないことを言うなぁと首を傾げたところで、
「セラ」
「ん? へ?」
なんの脈絡もなく、ユーリ君に抱き上げられたちょっと待ってこれ私のキャラじゃ、
「ほい」
「……はい?」
次の瞬間、私は宙を舞っていた。あ、これ完璧に私のキャラだ。でも天地逆転してるのはあれか、ひらひらのドレスが翻って下着が見えないようにってそんな配慮よりもっとする配慮があるでしょうに。
「せめて前フリをさぁ!?」
いや、このくらいのことは最近自分でもするようになったけど? 心の準備がさ?
空中に防壁を展開。身体強化しながらそれを蹴って、滑って、降り立った先は姉上の隣くらい。家族のみんなは口を半開きにしてる。
「ど、どうもー」
ほぼ同時に、謁見の間の扉が開いて人がなだれ込んできた。手には武器を持ってるけど、その中に風牙とかフレイアさんの耐炎剣とかアイリスさんの大杖とかがある。
「っ、わ」
みんな露骨に魔力の放出量が上がった。そりゃ怒るよ。当たり前。
っていうか、私の剣もどこいったんだ? それも返してもらわないとねぇ?
「せ、セラ?」
エーデ姉上が震え声で私を呼ぶ。いかんいかん。敵意を向けるのはともかく周囲を威圧するのは良くない。
ここに投げられたのは、家族を守れってことだろうね。きっと余波すら届かないだろうけど。
なら折角だから、高みの見物と参りましょうか。
/
非常に低い可能性だけど、単に客人の宝物をお届けに来たってことはありるのかもしれない。だからユーリ君達はとりあえず様子を見てる、訳はないか。先に手を出すと面倒なことになるからだけか。
期待した通り……というと諸々語弊があるけど、フレイアさんの耐炎剣とネレリーナさんが使っていた刀と私が貸してもらっていた剣が抜かれた。ユーリ君の風牙だけがそれを許さず、ピクリともしなかったけど。
仕方なくそのまま抱えて突っ込んでくる。なんか情けない光景だ。
ユーリ君が考え込むようなポーズをして、魔法を使った。でも、風魔法じゃなくて物理防壁。足止めかな。ユーリ君の魔法なら十分だよね、と思ったんだけど、
「え、嘘ぉ!?」
フレイアさんの剣とネレリーナさんの刀と剣を前に、全く足止めにならずに割れて光の欠片を散らした。
けど、ユーリ君は一切慌ててない。それどころか満足そう。ネレリーナさんは何故か呆れたような顔をしてるけど。
もう一度、ユーリ君が魔法を使う。今度は完全停滞。こっちはばっちり相手の動きを止めた。
そっか。あの剣は誰が使っても防壁を切り裂くだけの出来だってことなんだ。それはそれですごいな。この状況でそれを確認するユーリ君もユーリ君だけど。
あと、完全停滞ってそういう状況に対処するための魔法でもあるのか。
「ネレリーナさんの剣、いつか持てるかなぁ」
「ネレリーナ・グレイクレイ……思い出した。リーフェットの謎の鍛冶師グレイクレイか」
リット兄上が驚いた声でネレリーナさんの名字を言った。
リーフェットって、帝国の地方都市だっけ。エクスプロズ火山に一番近い街だったような。
「え、そんなに有名なの?」
「セラが生まれる少し前の話だ。リーフェットの露店のナマクラ打ち鍛冶師が急に一線級の腕を見せ始めたっていう嘘みたいな本当の話だよ。ダメ鍛冶師の噂を聞いて興味本位で剣を手に入れた騎士が騒いでいたのを聞いたことがある。話のネタ代わりに冗談で買ったら悪徳同業者の営業妨害を疑う出来だったって」
え、なにそれ。聞いた覚えがない。うちの国にそんな現代おとぎ話があったんだ。
驚いていたら、風牙から風属性放射が、大杖から水属性放射が持っている相手に向かってぶっ放されて、もともとの持ち主のところに飛んでいった。
風牙……改めて見れば、ユーリ君が自作してた剣の完成形だよね。宝石はないまでもそれと同じような“刀”を鍛冶師のネレリーナさんが持ってたっていうことは、風牙もネレリーナさんが作った? あのとんでもない刀を? それだけじゃなくてユーリ君とネレリーナさんも繋がりがある?
ここに来て知らない情報と繋がりかけることが多すぎる。と言うか、ユーリ君もちゃんと隠すとこは隠してたんだなっていうか。
風をまとったユーリ君が一瞬で踏み込んで、フレイアさんの剣とネレリーナさんの刀を続けて弾き飛ばす。二人とも空中に飛び上がり、風で操作された武器を掴み取って、そのまま落下しながら鞘に収めて敵を殴りつけた。アイリスさんとティアさんが魔法で牽制している間に、三人の剣士が一人ずつ鞘に収めたままの武器で突きや薙ぎで倒していく。魔力斬や風閃を使うわけには行かないからだろうね。
途中、変な光景もあった。スタンピードの後からユーリ君が持ち歩くようになった短剣を持った敵が、ものすごい速度で一箇所に集まって激突、自滅。それを見たユーリ君とネレリーナさんが大笑い。まあ、特筆すべきはそれくらいかな。
これを内乱と呼んでいいのかはわからないけど、終わりだね。
図らずしてティアさん以外は武装することになったわけで、みんな武器を外して足元に並べる。
「一国の城の中でこの狼藉は許されることではありませんね」
ユーリ君が頭を下げずに言う。相手は父上かな。
たしかに、城で働く一部人員が騒動を起こすこれは異常事態だ。でもまあそれって、
「そ、そうだ! 王国の人間が皇城内で武力を行使するなど!」
言うと思った。面白くもなんともない予測を裏切らない奴だ。
いい加減私にも我慢の限界はある。身体強化で駆け抜けて、
「おまえが言える口かっ!」
そのまま蹴り飛ばした。
飛んでいった貴族は柱に当たって気絶。さすがに殺しはしないよ。
「……セラディア」
た、たぶん。その辺の力加減は自信がないけど手加減はしたし。だからそんなに白い目で見ないでよ父上。
真っ当な衛兵が入って来て、気絶している貴族を縛って運んでいく。ユーリ君達が倒したのも同様に。尋問されたらちゃんと背後関係を吐いてくれるかな。
集まっていた貴族は人払いされて退室し、皇族と宰相と仲間のみんなだけが残る。
「父上。先程の話の続きをしてもよろしいでしょうか」
「うむ」
貴族連中の前で宣言してもよかったけど、これもこれでいいか。
「力の使い方はまだわかりませんし考え続けていますけど、力の持つ意味はなんとなくわかってきました。だから、私はこの場で皇位継承権を放棄します。最初からそうしておけばよかったんでしょうけど、なんだか繋がりが消えてしまうみたいで嫌でした。けれど、この身が離れていても心は繋がっていられると教えてもらいましたから」
アイリスさんとティアさん達。それに、レヴさんとのことを考えるときっとユーリ君も。
それだけじゃなくて、これまで見させてもらった家族のカタチも。
「だから、父上、母上、リット兄上、エーデ姉上、ハイト兄上。私は私の道を行きます。ごめんなさい」
家族の縁がこれで切れてしまうとは思いたくない。少し難しくはなるのかもしれないけど。
「言いたいことだけ言いおって……」
「と言っても、子供の成長は親の望みですからねぇ」
父上は苦笑いを浮かべながら頭を抱えていて、母上は喜びと哀しみが半々くらいかな。
「誰しもいつかは大人になるものです。僕たちと違う世界を見たセラは、それが少し早かったということでしょう」
リット兄上は微笑んでそう言ってくれる。
「フレイア姉様がそばにいるなら大丈夫でしょうね。むしろ羨ましいくらいです」
エーデ姉上は言葉通り羨ましそうで。
「家族の繋がりが切れるわけ無いだろ? 何心配してるんだセラ」
ハイト兄上も、笑いながら肩を叩いてくれる。
「……己の力で道を切り拓く、か。この国の国是というのは本来そういうものかもしれんな」
「ええ。それに、セラディア・アルセエットと名乗る限り、ツァルトハイトの言う通り繋がりは切れないでしょう」
アルセエット。母上の生家の名前。
短絡的だったけど、なんの関係もない名前にしたら本当に何もなくなってしまう気がしたから。
「ありがとう、みんな」
大丈夫。この暖かさがここにあるって知っていれば、私はどこでも笑っていられる。
だから、私はもっと強くなる。いつかユーリ君みたいに色んなものを守れるようになる。その時もまた、家族で笑い合えますように。
/
ネレリーナさんはそつなく挨拶を済ませて「用事がある」とさっさと城を辞してしまい、フレイアさんは母上とエーデ姉上に拉致され、ユーリ君は父上と両兄上達に拉致された。フレイアさんはともかく、ユーリ君のことは邪推の結果なんだろうなぁ。
まあ、いまさら私一人増えてもって気はするけど、今のところその予定は無いね。そりゃ私だっていつかは好きな人ができるんだろうけど、ユーリ君は完全に友人の枠だ。レアの事を抜きにしても。
というわけで、残りのメンバーは私の部屋にお泊りになった。この部屋も久しぶりだけど、またしばらくお別れだなあ。
「それにしても、アイリスさんもティアさんもあんまり喋りませんでしたね」
「当然。下手なことを喋ると不敬になるし目を付けられる。気が気じゃなかった」
そりゃそうか。みんながみんな魔王様みたいに寛容とは限らないものね。
「わたしは、どういう立ち位置に立てばいいのかまだわからなかったからかな」
アイリスさんが微笑みながら私の手を掴む。
「これからのこと。呼ばれるならセラちゃんがいい? それともセラディア様って呼ぶべき?」
「それは当然、セラちゃんで」
「うん。そう言うと思った」
「ワタシはセラディアで問題なし?」
「はい」
私の素性が詳らかになったところで、接し方を変えて欲しくない。きっとみんな、そんな私の望み通りにしてくれる。それは私がセラディアって一人の女の子でありたいと思っていると知ってくれているから。
「でも。せっかくドレスを着ていたのだから。皇女様をしたセラディアを見たかった気もする」
「あはは、残念ながらそういうのはユメさんのほうが似合ってそうですね」
「そうでもない。ああ言われて傷つくということは。あけすけに見せているだけでセラディアにだって繊細な面もあるということ」
っ。やば。さすが年長者。
「セラちゃんはすごいね。わたしは、セラちゃんみたいに知らない世界に自分で飛び出す勇気はなかったから」
「いや。飛び出すにしても限度はある。城からなんてのは無茶苦茶。でも尊敬すべき行動力。よくやった」
「アイリスさん……ティアさん……」
視界が歪む。
なんだかんだで溜め込んでたんだなぁ、私。その溜め込んだものを誰にも見せられなくて。今回の事で一気に溢れ出した。
一度溢れたものは止められない。
「うえ……うっ……」
苦しかった。かけられたあの言葉はまるで私を闇の中に引きずり込んだようで、自分の価値も自分自身が何者なのかもわからなくなってたから。ある意味でユーリ君に手を引っ張られ続けて、ずっと先に立ってもらって、そこしか見えなくしてもらっていただけだったから。
「よしよし」
「よく頑張ったね」
ティアさんに頭を撫でられ、アイリスさんに抱きしめられ。
私は久しぶりに、思い切り泣いた。
/
「リット兄上、エーデ姉上、ハイト兄上。行ってきます」
「いつでも帰ってきていいんだぞ、セラ」
「そうそう。ユリフィアスに何かされたらすぐにな」
「あはは、うん」
何やら攻防があったみたいだね。当然だろうけど。いい兄上たちと言うべきか過保護な兄上たちと言うべきか。
何かの中身がなんなのかによるけど、何かしらはされるだろうね、すぐに。
「フレイア姉様。また! 絶対に! 会いに来てくださいね?」
「わかったわかった。もう」
で、姉上ー? 姉上は姉上で妹よりフレイアさんですかー? まあ、こっちもこっちで感動の再会だったんだろうから仕方ないか。
名残惜しさは無くならない。それが前回と違うところだね。
それでも、今度は晴れやかな気持ちで門をくぐれる。
「妹をお願いします、フレイア殿、アイリス嬢、ティアリス嬢。ここに来る事のできなかった方々にもくれぐれも宜しくお伝えください」
リット兄上がしっかりと頭を下げ、三人とも同じ様に頭を下げている。いきなり保護者が増えたなぁ。
従者たちに促されて、兄上達は城の中に戻っていく。何度も何度も最後まで振り向き続けていたけど、その気持ちはちゃんとわかっているから。
さあ。
「……それじゃーいこーかぁー」
消え去りそうな声がした。誰。いや誰かはわかるけど。
いつも以上に存在感が消えていたユーリ君は、昔見た“お酒を飲まされすぎた次の日のリット兄上”みたいになっていた。
「ってまさか、お酒飲まされた?」
「……いや。セラとのことを百から千まで聞かれただけだ。三方向から」
何から何までの百倍ですか。さらにその三倍。
ああ、ユーリ君には恋愛関係の謎の頭痛ってのがあったっけ。それは申し訳ないことをしたかも。
「でも、なんだかんだでユーリ君には責任とってもらわなきゃかもねー」
「……取らなきゃいけない責任は取るけど? 当然だろ?」
えっ。は?
えっ?
ちょま、え?
「……あー、セラちゃん。ユリフィアスくんにそれ系の質問は無意味っていうか落とし穴に自分で落ちるようなものだよ」
「セラディア。まずユリフィアスという前提を忘れてはいけない」
「えっ? あっ。あー」
そういうことね。危な。
ごく普通のただの責任か。勘違いさせないでよもう。
「わたしはそれでいいかなとも思うけどね」
「……時々アイリスちゃんの精神構造がわからなくなるなあ」
フレイアさんに同意。そうなる未来がないとは言えないけどさ。
でもこれはこれでなぁ。ちょっとでも仲良くなった誰かが「責任とって結婚しろ!」って言ったらユーリ君ほんとにしそうだからなぁ。この辺をちゃんと止めるのが今の私の役目かな。
「仕方ないなぁ、ユーリ君は」
「何がだ?」
何が原因かはわからないけど、ユーリ君もある日突然悟ることもあるのかもね。その時どうするのか。下世話だけど楽しみでもある。
とりあえず何をおいてもやる事は。
「それじゃ帰ろっか、王都へ」
/
で、だよ。
帰ってきたらユーリ君と私達の表情がほぼ入れ替わってたのは言うまでもないよね。
そりゃ早く帰りたいのはみんなそうだし私もやらないといけないことが山程あるけど、限度考えてよね。国境の担当者さんとか王都の守衛さんが反応に困ってたし。
「なんかすうじつがすうねんくらいにかんじる。ふしぎー」
「それ。ぜったいにさいごのアレがげんいん」
青い顔をしてフラフラしながらティアさんが答えてくれる。
「ティアさんはアレ、はじめてですか?」
「アイリスのをやられたことはある。でもユリフィアスのとくらべればてんごく。さいあくをしっておくのはだいじ。きちょうなけいけんをした」
ああ、そうだね。聖女様が来た時のアイリスさんと比べればね。
っていうか、ヴェノム・サーペントの時よりずっと速くなってるし、ユーリ君もまだ成長してるんだなぁ。フレイアさんやアイリスさんさえノックアウト寸前なのはどうかと思うけど。
「……使うならポーションか?」
「勘弁してユーリ絶対吐く」
「わたしもたぶん」
珍しく、アイリスさんまでユーリ君を責め気味。これはこれで貴重かな。
向かう先は学院。本当に久しぶりに感じる。
門の前には、レアとユメさんとミアさんとアカネさんが待っていてくれていた。
「セラ! お帰りなさい!」
駆け寄ってきたレアが泣きながら抱きついてきた。よろめきそうになったけど、きっと待たせた重みってやつだねこれ。決して足元がおぼつかないからじゃないよ。
「ただいま、レア。ごめんね心配かけて」
「いいえ。わたしこそ助けに行けなくてごめんなさい」
謝らなくてもいいのに。レアにはレアの事情があるし、それで問題にされるわけにもいかないんだから。
「ユメさんとミアさんとアカネさんも、心配かけてごめんなさい」
「無事に帰ってきてくださっただけで十分ですよ、セラディアさん」
「だネ。お疲れサマ、セラちゃん」
「本当によかったです、セラさん」
みんな優しいな。付き合い方も変わらないでいてくれるし。やっぱり、セラディア・アルセエットの居場所はここだなぁ。
ただいま。王立魔法学院。
「それでね、レア。気疲れしてるだろうけど聞いてくれる? 私の事」
「はい。いくらでも」
さあ、私の親友に話そう。私の全部を、ありったけの言葉で。