第十九章 旅は道連れ
馬車馬のように働く。この世界にはない言葉だ。
一度でも馬車に乗ってみればわかるが、長距離をノンストップで進むのは無理で、それなりに休憩も必要になる。短距離なら速度が出せるかというとそんなわけもなく、馬の体力もあるし、一定以上の速度を出すと振動軽減機構のない荷台は耐えられないほど跳ねることになる。さらに、よほど訓練された馬ならともかくとして、魔物が出てくれば逃げ出したり暴走することもあるし、生き物である以上乗員との相性もある。
まあ、急ぐなら自分の足で走れって事だな。この時間と付き合えない奴は旅には向かない。
「暇ですねー」
「そだネー」
とか考えてる側から何度目だろうなこのやり取り。まだ王都を出てどれほども経っていないんだが。
ハーシュエス家への国内移動とは違って、今回は国外旅行。ここから数日この行程を経ることを考えると時間の使い方を考えてしまうのは仕方ないとしても、ここで文句を言っていてはこの先が思いやられる。
「……身体強化で走ったほうが速いのは確かだけどな」
「……そうだけどね」
御者さんに聞こえるのはまずいので小声になったが、隣の姉さんからだけ声が返ってきた。
ここで確実に楽しい上に修行にもなる方法を一個思いつくが、提案だけしてやろうか。
「ここで降りて、周辺の魔物を狩りつつ歩いて行くって選択肢もあるな」
「……へ? えっ」
セラが反応し、意味を咀嚼したらしく青い顔になる。
「もちろん、それでも暇なら誘引もつけてやるぞー。ランク問わず一掃してしまうくらいのやつを」
「うぐぅ! ユーリくんソレは勘弁してヨー!」
ミアさんも涙目になる。
まあ、長旅で襲撃を受ける可能性は考慮してても、自分から死地に飛び込むことは想定してないよな誰も。
「ユリフィアスはやっぱり鬼畜野郎」
「ユリフィアスさん、脅かしすぎです」
「私もそれはどうかと思いますよ、ユーリくん……」
「経験としてはいいんでしょうけど……」
ティアさんとユメさんとアカネさんからも非難轟々だった。レアも肯定はしてないな。姉さんは何も言わず笑ってるだけ。
でもなあ。他の楽しみというと何があるやら。今更だが、電車とか車のありがたみや快適さがよくわかる。なにか遊ぶものがあったとしてもぶちまけるだけだし、集中できるかもわからない。
内燃機関はできなくとも、魔道具としてなら車両に類するのものはできそうだな。荷車を自走式の魔道具にするのはそう難しくなさそうだし。
……この世界なら、轢かれかけても弾き飛ばせるだろうし。と、要らないトラウマが。
「まあ、我慢だね。でも、アカネさんまで一緒だとは思いませんでしたよー」
「それは同感」
「……色々ありまして」
セラが向けた話にティアさんも同意したが、アカネさんは言葉少なに返した。なんだか、誤魔化すような答えだったな。顔も苦笑いだったし。
私服だし、里帰りじゃないかとは思うんだが、他にもなにかあるのかな。
「のんびり駅馬車の旅、次の街は何があるやら、か」
セラが詠うように呟く。
探知にかかる魔物はいない。しばらくはそれこそのんびり駅馬車の旅、だな。
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ところで。
この大所帯に野郎が一人というのは色々許されるのだろうか。男女比一対七は比率がぶっ壊れてるよな。乗り合わせた冒険者からの視線が痛い気もするし。
冗談じゃなく、降りるって選択肢も……いや、それはそれで色々問題が出そうだから無理か。オレも我慢の旅だ。
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馬車を乗り継いでとは言うが、乗り継ぎの問題と移動可能距離の問題もあって目的地には早々たどり着かない。当然、数泊はすることになる。
問題は部屋割りだったが、オレと姉さん、レアとセラ、ティアさんとミアさん、ユメさんとアカネさんという四部屋に分かれることで落ち着いた。
計画段階で、行程は無理せず、余裕を持って観光も兼ねるということになっていた。早いうちに宿を取っておけば苦労もしない。
屋台で買った串焼きをつまみながら魔力探知をかけたりしていたが、ネレやレヴやリーズの痕跡はないな。当然、エルのも。
凄腕鍛冶師に無敵の少女に天才魔道具師だから定住は難しいのかもしれないが、どこにいるんだろうなホントに。魔力探知の有効半径をもっと上げないと駄目だろうか。もしくは、ララのところにお邪魔するか。
ララと言えば、魔力結晶は届いたんだろうか。色々手は打っておいたが、横領されてたりはしないだろうか。
「……考えることが多いな。裁量外も多い」
こんなドツボの思案を続けることになるなら、誰かに付き合ったほうが良かったか。足の向く先もギルドくらい。病気だな、これは。
何にせよ、退屈してたのはセラやミアさんだけじゃないってことだ。アカネさんのことも言えないな。
「まったくユーリ君は魔法バカで冒険バカだよね」
「でも、それでこそユーリくんって気がします」
「そうだね」
「せっかくユリフィアスさんがいらっしゃるのですから、これもありかもしれませんね」
「敵に塩を送る気はある?」
「アハハ、敵って。デモ、いい機会ではあるよネ」
「どうせです。私も付き合いますよ」
ギルドの前には、みんなが待っていた。
やれやれ。オレの行動なんてお見通しか。
まあ、出先で大所帯でクエストなんてのも乙なものだ。今しかできない事なんて、旅行と観光に限ったことじゃないからな。