ディアーナ様がだんだんカイン様に似てくる(不安顔のイルヴァレーノ)
「《ジャンルーカよ! ジャンルーカも私の事をかわいいって褒めてくれるもの! ほら! 私の方が可愛いって言ってくれる人が多いわ! 私の勝ちね!》」
そういったフィールリドルの目は泣きそうである。目の前のディアーナに勝つために、頼りたくもない相手を頼らざるを得なかった悔しさがあるのだろう。
「《あなたは、先ほどジャンルーカ殿下を叩いて、はずれっ子だとかおまけだとか言っていたではありませんか。そんな相手からの誉め言葉は、脅されて言わされただけの意味のない言葉なのではなくって? 仕事で褒める使用人たちの誉め言葉と変わらないのではありませんこと?》」
ディアーナがさらに一歩前に出て反論する。フィールリドルとディアーナは、お互いの鼻の先がくっつきそうなほど近づいてにらみ合っている。
ディアーナの言葉に、フィールリドルは言葉が出ない。ジャンルーカが自分をほめてくれるようになったのも事実だが、先ほどジャンルーカを叩いて侮辱したのも本当だからである。しかも、ディアーナの目の前でやらかしている上に、こんな口げんかができるほどにサイリユウム語ができるのであればごまかすこともできない。
「《意味がないなんて……。そんなことは……》」
ないわよね? とジャンルーカに問いかけて、そんなことはないと否定してほしかった。しかし、ディアーナにいわれた通り、たった今叩いて椅子から落っことしたばかりである。そんな相手に救いの手を伸ばしてくれるだろうかとフィールリドルは目を泳がせる。
フィールリドルはジャンルーカに褒めてもらった場面を思い起こす。その時はジャンルーカも笑顔だったこと、褒められた時にはフィールリドルもファルーティアも笑顔でジャンルーカと会話していたことを思い出す。
あれらは脅しで言った言葉じゃないよね、フィールリドルはジャンルーカをすがるような目で見る。
「《ちゃんと、心から思った通りに褒めていましたよ。ただ、僕を叩く時の姉上は怖い顔をしているので可愛いって褒められないから、リボンの色やフリルの数を褒めるしかありませんでしたけど》」
とジャンルーカは答えた。
その言葉に勇気をもらったフィールリドルは顔をキリっと強気の表情に戻し、目の前のディアーナに視線を戻した。
すると、今まで目を吊り上げてケンカをしていたはずのディアーナは、にこりと嬉しそうな笑顔を浮かべていたのでフィールリドルは拍子抜けしてしまった。
「《可愛いは正義ですものね……。ジャンルーカ殿下おひとり分、私の負けですわね。先ほどは叩いてしまって申し訳ございませんでした》」
ディアーナは一歩下がってフィールリドルから距離を取ると、ぺこりと頭を下げた。
そのあっけなさに、フィールリドルがぽかんと立ったまま反応を返せなかった。
「《文通して仲良くなったジャンルーカ殿下を叩いたのと、愛するお兄様を侮辱されたことでカッとなってしまいました。まず、言葉で注意すべきでした》」
頭を下げたまま、ディアーナが言葉をつづけた。フィールリドルが謝罪を受けないので、ディアーナは頭が上げられない。
「《フィールリドル。受けるにしても拒否するにしても、何か言葉を返してあげて。ディアーナ嬢の頭に血が上ってしまうよ》」
「《あ。ゆ、許してあげるわ!》」
ジャンルーカに促され、フィールリドルがそう言って謝罪を受けると告げると、ディアーナはパッと勢いよく頭を戻してニコリと笑った。
「《フィールリドル王女殿下。自分ばかりが貰っていると、何も返してもらえない相手はいつか何もくれなくなってしまいますわ。ジャンルーカ殿下がほめてくださるのなら、あなたも悪口や暴力じゃなくて感謝の言葉を返すべきだわ》」
ディアーナはそう言って、お前も謝罪しろという目でフィールリドルを強く見つめた。顔は笑っているが、目が怖い。
「《私は第一王女で偉いのに……》」
と不満げな顔をするが、シグニィシスとファニファールから「ディアーナ嬢の言う通り、この場では客人の方が立場が上だ」と諭された。それでさらに不満げな顔をするフィールリドル。
「《なぜジャンルーカ殿下を叩いてお兄様の教え方が悪いなんて言ったのですか》」
王女の不満顔を見つめてるだけでは話が進まないと思ったディアーナは、そもそもの原因を問いかける。側妃たちからは「いい子でいる」という約束でこのお茶会に参加したはずだというのはここまでの会話で想像できたし、途中までは頑張って会話に参加したり、おとなしく座ってお茶を飲んだりしていたのだ。
お茶会参加禁止を言い渡されるわがまま姫だったとしても、ディアーナより年齢が一つ上でもあることだし、参加者の一人であるジャンルーカを叩くなんてふつうはしないだろう。
「《言葉が難しく、早くなっていってしまって会話に混ざれなくてイライラしたから、その原因に罰を与えただけよ》」
ディアーナの質問にそう答えると、フィールリドルはツンとそっぽ向いてしまった。その様子に、ディアーナは小さく肩をすくめて呆れた顔をすると、
「《なんだ。でしたら、『言葉がわからなくて参加できないから、サイリユウム語でお話してください』って言えばよろしかったのに。お話が分からないのを我慢してお茶を飲んだり人に八つ当たりするより、お話に混ざるための工夫をするべきだわ》」
と言った。
それを受けて、エリゼが顔を覆っていた両手を下ろすと、
「《ここまでリムートブレイク語で歓待してくださって、うれしゅうございました。郷に入っては郷に従えという言葉もございますものね。ここからは、サイリユウム語でお話いたしましょう。せっかくですもの。この場にいる全員で楽しみたいですものね》」
と微笑みながらサイリユウム語解禁を提案した。
外国からのお客様を歓待するために、お客様の母国語でお茶会をする。そういう趣旨だったのに、「言葉がわからないけどお話に混ざりたかった」という事が伝われば、ちゃんとそれを受け入れてもらえるという事に、フィールリドルは驚いた。そして、万事解決お茶会再開というホンワカ空気に変わった事にほっとしつつディアーナに向き直れば、ディアーナはまだ「お前も謝れ」という目でフィールリドルを見つめていた。
せっかくあなたのお母様の提案でいい感じになったんだから、もういいじゃない! という顔をしてフィールリドルはディアーナを見つめ返すが、ディアーナは無視する。ディアーナは自席にもどらず、相変わらずフィールリドルと向き合って立ったまま、顔は笑いつつも責める目でフィールリドルを見ている。
フィールリドルはそんなディアーナから目をそらし、ディアーナの後ろに立っているジャンルーカをちらりと見る。思い返せば、褒め殺し大作戦が進んでいくにつれジャンルーカとの仲も良くなっていき、普通に会話していれば楽しかったことを思い出す。
自分がきつく当たっても、カインと一緒に会うたびに褒めてきていたジャンルーカだ。今回叩いて悪口を言ったところで、また次に会った時にはきっと褒めてくれるし仲良くしてくれるにちがいない。せっかくいい雰囲気に戻ったんだから……と考えて、先ほどのディアーナの言葉を思い出す。
「貰ってばかりで返さないでいると、いつか何ももらえなくなるよ」
そのいつかは、今日かもしれない。そもそもケンカが収まったのは、ジャンルーカが「脅されてほめてるのではない」と証言してくれて、ディアーナがそれで折れてくれたからだ。
我がままで乱暴なフィールリドルだが、馬鹿ではないのでそれぐらいはわかる。
「《ジャンルーカ。叩いて悪かったわね》」
フィールリドルはぼそりとつぶやいて、今度は反対向きにツイっとそっぽを向いてしまった。今のフィールリドルには、これが精いっぱいだった。
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