それは言ってはいけない言葉
「《ちゃんと何を話してるかおしえなさいよ! 私がお話にまざれないでしょ!》」
フィールリドルの声が温室庭園に響く。
椅子から落ちて地面にしりもちをついているジャンルーカに向って、フィールリドルはサイリユウム語でまくしたてた。
「《魔力持ちのはずれっ子のくせに、生意気なのよ! 自分ばっかり楽しそうにしてるんじゃないわよ!》」
「《ちゃんと混ざれるからって言って無理やり参加したのは、フィールリドルの方じゃないか》」
「《うるさいわよ! あなただって、お兄様が学校だからって代わりに参加しただけのくせに! お兄様のおまけのくせにお話の中心になってて生意気なのよ!》」
挨拶や自己紹介、季節の話題などで様子見していた頃は会話に混ざっていたフィールリドルとファルーティア。
そのうち、話が複雑になってきたあたりからだんだんとついていけなくなり、時々ジャンルーカの裾を引っ張っては「今なんて言ったの?」「今なんて答えたの?」と小声で聴いては通訳をさせていた。
しかし、話題がちびっこ騎士行列に移って会話の主役がジャンルーカになると、いちいち翻訳して二人の王女に内容を伝える暇がなくなってしまった。
ジャンルーカも積極的に自分が話せる題材の会話に夢中になり、袖を引っ張られても気づかなくなってしまい、フィールリドルを無視する形になってしまった。
その結果、まったく会話に混ざれなくなったフィールリドルが癇癪を起してジャンルーカを叩き、その勢いでジャンルーカは椅子から転げ落ちてしまったのだ。
ジャンルーカが椅子から落ちたことで皆と一緒に固まっていたディアーナだが、フィールリドルの甲高い声を聴いてハッと正気に戻ると、丁寧に椅子から降りて優雅に、しかし早足でジャンルーカのそばへと移動した。
「ジャンルーカ王子殿下、大丈夫ですか?」
そう言って手を差し出すと、ディアーナはジャンルーカを引っ張って立たせた。
そのままディアーナが後ろに回ってポンポンとジャンルーカのお尻を叩いてほこりを落とすと、我に返ったメイドが「わたくしが!」と慌てて駆け寄ってきてジャンルーカの手や膝をふきんで拭いはじめた。
「ちょっとびっくりしただけ。大丈夫ですよ、ディアーナ嬢。お騒がせしてすみません」
「ジャンルーカ王子殿下が謝る必要はありませんわ」
メイドに手足を拭かれながら、照れたように苦笑いをして謝るジャンルーカに、ディアーナはきっぱりと断りを入れた。
そして、キッときつい目でジャンルーカの向こう、椅子に座ったままのフィールリドルをにらみつけた。
無邪気に笑っている事が多いので気が付きにくいが、ディアーナはもともと釣り目のきつい顔をしている。意識してにらみつければ、だいぶ怖い顔になる。
「《な、なによ! だいたい、カインの教え方が悪いせいよ! 私がリムートブレイク語ができないのはカインのせいなんだから!》」
ブチンと、何かがちぎれるような音を聞いた気がした。
ジャンルーカが椅子から落ちたことに驚いて固まり、座ったまま成り行きを見守っていたエリゼはひどく既視感を覚え、あわてて立ち上がった。
ディアーナの顔が、刺繍の会でアルンディラーノにぶち切れた七歳の時のカインそっくりだったのである。
「ディアーナ!」
エリゼがディアーナの襟首をつかもうとして手を伸ばしたが、間に合わなかった。
バチーンっ
乾いた音が温室庭園に響く。
右手を振りぬいた姿勢で立っているディアーナと、頬を抑えているフィールリドル。そして、目を丸くして信じられないものを見たような顔をしているジャンルーカ。
ディアーナが、サイリユウム王国第一王女であるフィールリドルの頬を平手で叩いたのだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
今回は区切りの為に短めです。