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後日談:病棟にて

 私、看護婦さんに『通い婚みたいね』って言われてしまいました。

 あなたが毎日欠かさずお見舞いに来てくださるから、ですって。確かに今はそうですわね。お仕事の後にいつも会いに来てくださり、ありがとうございます。私もあなたの顔が毎日見られて、とても幸せに思います。入院前は当たり前みたいに毎日顔を合わせていたのが嘘のようです。

 私が家にいないことで、あなたにご迷惑をかけていないといいのですけど。ご飯はちゃんと召し上がっていると母から聞いておりますし、あなたはしっかりした方ですもの、何の心配もございません。

 でもなるべく早く退院して、あの家へ一緒に帰りたいです。


 私もお蔭様で、病院暮らしには大分慣れました。

 と言っても、入院したのはこれが初めてではありませんから、慣れたというよりは思い出したという方が正しいのかもしれませんわね。

 あの頃は病院で迎える夜がとても寂しかったのです。

 昼間は、ちょうど今のあなたみたいに父や母がお見舞いに来てくれましたけど、夜は私一人きりでしたから。


 その時の入院の理由は、私が倒れてしまったからでした。

 いいえ、病気ではありません。私は生まれてこのかた大病なんてしたことありませんもの、そんな私が入院しただなんて、あなたが驚かれるのも無理ありませんわね。

 私が十六の、まだ若い娘だった頃の話です。実家の離れに掘りごたつがあって、私はそこで暖まっていたのです。でもしばらくするとなぜだか気分が悪くなって、火を消して母屋へ戻ったところで急に倒れてしまって――気がついたら病院のベッドの上でした。母が泣きながら、私が三日も目覚めなかったというのですから驚きました。

 もうおわかりでしょうけど、私が意識を失くした理由は離れの古いこたつのせいです。炭を焚いたものですから中毒になったのだとお医者様が仰っていました。父はこたつが娘を殺しかけたのだとかんかんに怒ってしまって、離れごと潰してしまったくらいの大事件でした。

 私もあれ以来、炭はどうも恐ろしくてなりませんの。今時はこたつと言えば電気で動くものですから、中毒になることもなく、安心ですけども。


 病院で迎える夜の寂しさを噛み締めたのもその時のことです。

 ご存知ですか。病棟の夜って、怖いくらい静かになるのです。

 すんなり眠ってしまえればいいのでしょうけど、どうしたって眠れない夜もありますもの。高校に入ったばかりの幼い私は、家族から引き離されて病室で眠る夜には慣れておりませんでした。

 ベッドの上で布団を被ってどうにか眠ろうとしてみるのですけど、静かすぎて耳が痛いほどでかえって眠れないのです。どこからか響く誰かの足音に、一人きりではないのだとわかって安心するくらいでした。

 決して怖いわけではないのです。ただ、酷く寂しかったのです。消毒液の匂いがする病室で、冷たい布団を一人で被って夜をやり過ごすうち、私は家が恋しくて堪らなくなりました。その頃はまだご飯も食べられず、重湯からお粥に移ったばかりでしたから、お腹も空くし寂しいしでしくしく泣いてしまいました。お恥ずかしいことです。

 

 病院にはお医者様も看護婦さんも、他の患者さんだっていらっしゃいます。

 でも家族はおりませんでした。だから寂しく思ったのでしょう。私が入院したのが小児病棟ではなかったから、歳の近い子もおらず、余計に独りぼっちのような気がしていたのです。両親が足繁くお見舞いに通ってくれることだけが心の支えでした。

 夜が寂しい分だけ、お見舞いはとても嬉しいものなのです。


 ですから今、あなたが毎日通ってくださっていることも、とても嬉しく思います。

 もちろん今は昔のように、夜の病棟が寂しいだなんて思いませんけど。

 本当です。どうしてお疑いになるのかしら。あなたが隣にいてくださらないからって泣いたりはしておりません。泣くのは私の仕事ではありませんし、私の夜は忙しくて、入院中だというのにゆっくり眠っている暇もないくらいなのですから。

 このままいけば来週には退院ですって。ですからあなたの通い婚もおしまいです。その代わり私達の家で、また家族で暮らせるようになりますものね。


 これから始まる三人暮らしって一体どんなものかしら。

 きっと目まぐるしく過ぎていく毎日になるでしょうけど、家族でいれば寂しくありませんし、私はとても幸せです。

 あなたはどう、なんてお尋ねするまでもありませんね。お顔を見ればわかります。

 これからもよろしくお願いいたしますね、『お父さん』。

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