貰った卵は天の化身!?始まる恋の予感!!
1. 運命の卵
「はぁ……今日のシフトも疲れた……」
長岡愁は、夜の住宅街を重い足取りで歩いていた。
どこにでもいるフツーの大学生……と言いたいところだが、彼には致命的な欠点があった。服装センスが絶望的に壊滅しているのだ。白いバンダナに、よれよれのお袋チョイスのシャツ、穴の開いた脱色ジーンズ。そしてなぜか足元だけは謎のハイテク機能派スニーカー。どこからどう見てもアキバ系オタクそのものである。さらに極度の女性恐怖症で、女の子を前にすると挙動不審になり、まともに会話すらできない。
「ん……? なんだこれ……」
街灯の明かりの下、道端のゴミ集積所の横に、ぽつんと置かれた大きな白い物体があった。
近寄って持ち上げてみると、ずっしりと重い。
「でっか……! こんな大きな卵、見たことないぞ。ダチョウ……か何かか?」
首をかしげつつも、なぜか捨てるに忍びず、愁はそのまま自宅のアパートへ持って帰ることにした。自分の部屋のテーブルの上に卵を転がし、そのまま疲労に任せて布団へ倒れ込んだ。
◇
翌日。昼近くになって、愁は眩しい日差しで目を覚ました。
「う~ん……もう昼か……」
ドガシャァァァァン!!!!!
「ぐわぁっ!?!?」
突如、天井が爆音と共に崩落した。土煙が舞う中、愁の目の前に、天井を突き破って『それ』が落ちてきた。
「いたたたた……着地失敗しちゃったわ」
そこにいたのは、透き通るような金髪に吸い込まれそうな青い瞳、そして背中に本物の大きな白い翼を生やした、飛び切り可愛らしい少女だった。
「初めまして! 私は天界から来た女神、アイテルよ!」
「へ……? 天井……? ていうか、は……翼……? コスプレ……?」
絶句する愁をよそに、アイテルは仁王立ちして指を突きつけた。
「愁さん! あなたが昨日拾ったのは『天界獣の卵』なの! この卵はね、人間のピュアな恋愛感情をエネルギー源にして育つのよ。もし愁さんが恋を成就させられなかったら、卵は邪悪獣に目覚めて世界を滅ぼすことになるかもしれないわ!! だから頑張って恋をして、卵を育てて!!」
「はぁぁぁぁぁっ!? 一方的にわけのわからないことを言わないでくれ!! ていうか本物の天使!? いやそれより俺のアパートの天井!! 修理代どうすんだよ修理代ぇぇぇっ!!」
パニックになって叫ぶ愁のツッコミを、アイテルは「あはは、細かいことは気にしない!」と完全スルーした。
だが、半信半疑の愁の目の前で、テーブルの上の卵が『ふんわり』とピンク色に淡く光り始めた。
「ほら見て! 愁さんの胸の奥にある『誰かを想う気持ち』に反応して、エネルギーが溜まり始めているわ!」
「う、嘘だろ……」
呆然とする愁だったが、アイテルは「さあ、まずはターゲット確認よ!」と、愁を引っ張ってバイト先のファミレスへと向かった。
ファミレスのボックステーブル席。アイテルは愁におごらせたメロンソーダをストローでちゅーちゅーと吸いながら、店内を鋭い目つきで見回していた。そして、ある店員をピシッと指さす。
「あ!! あの人!! 愁さんから凄まじい恋愛エネルギーが向かっているわ!!」
「ちょっ、大声出すなよ!!」
アイテルが指さしたのは、愁が1年半前からずっと片思いをしているバイト仲間の女性——沙音美月だった。
清楚で優しく、誰にでも素敵な笑顔を向ける、この店のアイドル的存在だ。
「ふふん、決まりね! 私は愁さんのサポート役として、これからあなたのアパートに居候しま~す!」
「勝手に決めるなーっ!!」
愁の悲痛な叫びは、メロンソーダの氷の音にかき消されたのだった。
2. 女神の全力サポート
「……ダメだこいつ。早く何とかしないと」
翌朝。愁の部屋で、アイテルは青ざめた顔で頭を抱えていた。
目の前に立つのは、勝負服のつもりで「お母さんに買ってもらった一番いいシャツ」を着た愁である。
「外見は私が変えてあげる! でも内面は愁さん自身で変えないとダメよ!」
そこからのアイテルの指導は凄まじかった。
愁を強引にオシャレな美容院へ連れて行き、ボサボサだった髪をトレンドの爽やかなカットに変えさせた。さらにファッション店へ乗り込み、定番のメンズ服、バック、靴の選び方をスパルタ指南。スキンケアと簡単なメンズメイクまで叩き込んだ。
鏡の前に立つ自分を見て、愁は目を丸くした。
「これ……本当に俺か……?」
「ふふん、見違えたでしょ! でもね……」
アイテルは深いため息をついた。
「問題はその挙動不審な言動よ……気が重いわぁ……」
その言葉通り、見た目は爽やかイケメン風になったものの、愁の内面は一切変わっていなかった。
ファミレスのシフトに入った愁は、美月が近づいてくるだけで心臓が破裂しそうになる。
「あ、長岡くん。おはよう!」
「う、うぐぅ……っ! あうーーっ!?」
「え……?」
オタ友達との会話で使い慣れた謎の奇声をうっかり発してしまい、美月をドン引きさせてしまう愁。陰で見守っていたアイテルが壁に頭を打ち付けていた。
しかし、美月は一瞬驚いたものの、くすっと優しく笑った。
「ふふ、長岡くんって、最初は近寄り難いと思ってたけど……面白い一面もあるんだね」
「(うわあああ美月さん優しすぎる……! 自分に自信がない俺なんかに、あんな笑顔を向けてくれるなんて……!)」
愁は心の中で美月の尊さに涙しつつ、少しずつでも自分を変えようと決意するのだった。
3. 恋の停滞と成長
少しずつだが、愁は美月とまともな会話ができるようになっていった。
ある日のバイトの休憩中、美月がテーブルに英語の参考書を広げているのに気づいた。
「な……なに、してるんですか……?」
美月はパッと顔を輝かせ、夢を語り始めた。
「私ね、将来海外留学がしたくて。今は大学の英米文学科に通いながら英語の勉強をしてるの。世界各地を旅して、色んな文化に触れたいんだ!」
楽しそうに語る美月の姿に、愁は胸を打たれた。
(俺は日本でフツーに暮らすことしか考えてなかったけど……美月さんはすごく広い世界を見てるんだな)
「美月さんの夢……すごく素敵です! 俺、応援します……っ!」
自然と出た言葉だった。その日から、英語が超苦手なはずの愁は、美月の英会話の練習相手を買い出るようになった。
「愁さん、英語なんてダメダメなのに無理しちゃって~! でも英会話の相手になるだけでも助かるって美月さんは言ってるわよ~」と、部屋で卵を抱えながらアイテルがニヤニヤとからかってくる。
だが、そんな穏やかな日々に突如、暗雲が立ち込めた。
バイト中、ファミレスに厳格そうな美月の父親と、高級スーツを着た若い男がやってきたのだ。
「美月、将来のため、この人と結婚しなさい。いいなずけだ」
「お父様……! 私、留学の夢があるって言ったじゃない! 嫌よ!」
困惑し、悲しそうな顔をする美月。
それを見た瞬間、愁の頭の中で何かがプチッと弾けた。自分の恐怖心も、挙動不審な性格も、すべてが吹き飛んだ。
「あっ……その……み、美月さんは……っ!!」
愁は二人のテーブルにバタバタと乱入した。
「美月さんは……海外で勉強……したいって……言って……ました……! お、お父さんなら……美月さんの……夢を……応援……してあげてください……っ!!」
遠くで見ていたアイテルが手で顔を覆う。
「ああーっ! 愁さん、挙動不審でろれつが回ってない……! これじゃあますます『こいつ何言ってるんだ』ってお父様が頑なになっちゃうわよ~!」
(やってしまった……勢いで割り込んじゃったけど、俺のバイト人生、これで終わったな……)
死を覚悟した愁だったが、父親は半分白目になりながら、じっと愁を見つめた。
そして、フッと溜息をついた。
「君は挙動不審なうえに言動もアレだが……娘のためにそこまでの勇気を振るえる男か。……ふん、とりあえず今日は引き下がってやろう」
父親たちは去っていった。
この出来事が、愁の中で決定的な変化を生んだ。
「ただ見た目を変えるだけじゃダメだ。美月さんのことをもっと知りたい」
愁は美月が好きな音楽、ドラマ、映画などを徹底的にリサーチし、一生懸命勉強した。その努力が実を結び、二人の会話は弾むようになっていく。
「(この人、最初は深夜アニメがお友達のヤバい人かと思ってたけど……ちゃんと女の子の気持ちにも寄り添える、繊細で素敵な人なんだ……)」
美月の中で、愁への評価が確実に変わっていった。
そしてついに、愁は決意する。
ポケットの中で汗ばむ映画の前売り券を握り締め、全身をガクガクと震わせながら言った。
「い、いて……いっしょに!! 映画!! 行きまっせせせんか!?」
「ふふ、喜んで!」
デートの約束を取り付けることに成功したのだった。
4. 告白
映画を見終わった後、二人は夕暮れの静かな公園へとやってきた。
愁は何度も挙動不審に挙動不審を重ね、周りに誰もいないことを確認した。
影から見守るアイテルが拳を握り締める。
「いまこそ告白するときですっ!!」
美月がベンチで微笑んだ。
「今日は楽しかった。愁さんって最初は正直ちょっと変わった所があって、近寄り難い人だと思ってたの。でもこの一カ月で印象が変わったよ。面白いし、何より……すごく優しい人だなって」
「いいムードですっ!!」とアイテルの幻聴が聞こえる。
「あ、ありがとうございますっ!?」
なぜか愁が逆に押されるという謎の展開になりつつも、愁は用意してきたプレゼントの『イルカのぬいぐるみ』をぎゅっと抱きしめた。
「あっつつたddさんkあのっっつt!! あああm、あなたのことがっつt!! 大好きですっ!!!」
噛みまくりの、凄まじい告白。
物陰のアイテルは「なんて告白の仕方……もうダメだ……」と青ざめて倒れそうになった。
しかし美月は驚いた後、とても切なく、そして優しい笑顔を浮かべた。
「……気持ちは、すごく嬉しい。でも……ごめんなさい」
頭を下げる美月。
「……え?」
愁の時が止まった。美月は静かに言葉を続けた。
「実はね、一か月後に大学のプログラムでオランダへの1年留学が決まったの。日本で愁さんと付き合いたい気持ちはあるよ。でも……今行かなかったら、私はきっと一生後悔すると思うの。愁さん、以前言ってくれたよね? 『他人のことより自分の夢を優先しろ』って。だから、私、自分のやりたいようにやってみる」
「そ、そうですか……」
愁は呆然とした。(美月さん、俺の知らないところでそんな覚悟をしていたのか……)
「でもね、お父様の縁談から庇ってくれたこと、本当に嬉しかった。愁さんは、すごく勇気のある人だよ。……また日本に帰ってきたら、遊びに行ける日が来るといいな……っ!」
「……はい! 応援してます……っ!」
◇
公園の帰り道。
「精一杯やったのに、振られちゃったな……」
トボトボと歩く愁は、ふと思い出した。
「そ、そういや卵……!! 告白に失敗したら世界が爆発するんじゃ!? も、もうおしまいだー!!」
急いでアパートへ駆け戻ると、部屋の中央で卵がものすごい勢いで発光していた。
「終わったぁぁぁ!」と頭を抱える愁。しかし、爆破は起きなかった。
卵は温かく神聖な光に包まれ、全盛のエネルギーで満たされていたのだ。
5. 結末・希望の次点
「俺、振られたんだけど……なんで世界が滅んでないんだ?」
涙目の愁に、アイテルが満面の笑みで説明した。
「告白そのものは失敗したけど、愁さんが本気で美月さんを想い、勇気を出したその『純粋な愛情』が卵にしっかり届いたのよ! 人間の愛情を学習できたわ。これで世界滅亡は免れたわね!」
メリメリメリ……ッ!
卵に亀裂が入り、中からパカッと生まれたのは——ふわふわの白い毛並みをした、天使の羽が生えた可愛いクマの精霊だった。
「ふみゅ~~♪ みゅみゅみゅみゅ~~♪」
愛くるしい声を上げるクマの精霊を、アイテルが優しく抱き上げる。
「よかったわね、愁さん。あなたの恋は、世界を救ったのよ」
愁は窓の外の夜空を見上げた。
(振られたけど……俺、ちゃんと一歩踏み出せたよな……。最初から最後までキョドってばかりで、なんであんなに印象が良くなったのか自分でもよく分からなかったけど……)
不器用だったけれど、間違いなく自分の人生で一番勇気を出した1ヶ月だった。
「よし、帰って寝よう……」
そう思ってリビングのドアを開けた愁は、絶句した。
テーブルの上には、出前で頼んだ大量の高級寿司とピザの箱が山積みになっていた。
「…………おい。」
アイテルが満面の笑みで大トロを頬張りながら、手を振っていた。
「おかえりー! 愁さん! 今日は特別に寿司とピザを頼んでおいたわ! 世界が救われたお祝いよ♪」
愁は自分の財布を確認し、中身がスッカラカンになっているのを見て真っ青になった。
(振られた上に……天井の修理代に、服のローン、光熱費……そして今日もこの大食い女神の食費……。俺のバイト人生、本当に終わったかもしれない……)
その横で、生まれたばかりのエンジェルベアが「ふみゅ~♪」と幸せそうにピザの端っこを噛みちぎっている。
呆然と立ち尽くす愁に、アイテルはとびきりの笑顔で言った。
「これからもよろしくね、愁さん!」
——こうして、俺の平和で健全な大学生ライフは、当分終わりそうにないのだった。




