7・幸せってなんですか?
騎士団の馬車でモクレン様の屋敷へ着くと、屋敷の大きさや広々とした庭園に圧倒されたが、一番驚くべき物が屋敷中を動き回っていた。
「な、なんですか……この、床を這い回る円盤達は……!? 皆、一心不乱に回転しながら絨毯や木目の埃を吸い取り、床を磨いていますが……」
「あ〜それね。レンゲくんが開発した『ワルツ』って言う円盤型掃除機の魔道具。基本的にみんな頭良いけど、たまに玄関から脱走したり、家具の隙間から出られなくなったりしてる」
床や絨毯の上を、ゆっくりと回転しながら埃や汚れを吸い込むワルツと言う円盤は、ただ一心に己の任務を全うしている。
だが、一匹だけ近くにある大きな柱時計に何度もぶつかっていた。
「モクレン様。あのワルツを救出してもよろしいでしょうか」
「ありがと。頼むわ」
私は柱時計に何度も突撃するワルツをひょいと持ち上げ、
「あなたの任務はここではありませんよ」
とお伝えしてから、広い場所へ放す。
広い場所へ放されたワルツは、ぅぃーんという静かな音と共に任務へ戻ったのだった。
◇◇◇
「円盤型掃除魔道具のワルツだけじゃなく、自動で衣類を洗濯から乾燥まで遂行する洗濯魔道具に、使い終わった食器を勝手に洗ってくれる食洗魔道具……他にも、家事を全て遂行してしまう魔道具で溢れかえっています」
モクレン様から一通り屋敷内をご案内頂いたあと、応接室のソファーに座って一休みをしている私は、向かいに座る彼へ質問した。
「モクレン様。この屋敷には魔道具がたくさんありますが、この魔道具達は一体何で動いているのですか?」
「それについては、紅茶でも飲みながら話すとしますか」
テーブルにはモクレン様が淹れて下さった紅茶がある。
カップから立ち上るふわりとした湯気を見ていると、柔らかな甘い香りを感知した。
「……ツミキちゃん、もしかして、紅茶苦手? あれだったら、砂糖とかミルクとか好きにぶち込んで良いからね?」
「いいえ。紅茶に対する抵抗はありません。また、只今を持って紅茶を頂く許可が下りたため、ありがたく頂戴いたします。…………ぁ゛づァっ」
紅茶はとても熱く、反射的に唇を離してしまう。
すると、モクレン様は慌てた様子で
「大丈夫!? ごめんね、すぐ氷持ってくるから」
と席を立とうとした。
「いいえ。このまま頂きます。ご心配には及びません。ただ、紅茶がこれほど熱いものだと知らなかった私の無知ゆえの結果です。私が至らぬばかりにお騒がせしてしまい、、誠に申し訳ございません」
私がそう言うと、モクレン様は悲しそうな顔をする。
しかし、モクレン様はすぐにふわりと口角を上げて微笑みを浮かべると、さっきよりも明るい声で話し始た。
「謝る必要は無いよ。謝らなくて良いから。…………それじゃ、今度はアイスティーにしてみようか。それ以外にも、ジュースとか最近流行りの炭酸飲料とか、隣国発祥のコーヒーとか、色々楽しんでみようよ」
「……飲料とはそんなにも種類があるのですね」
「そうだよ〜。マグノリア地方は貧乏な田舎だけど、飯と飲みモンは美味いからね」
モクレン様はそう言ってカップとソーサーを手に取り、一切の音を立てず紅茶をお召し上がりになった。
軽く柔らかい口調で話す姿は平民の若者のようだが、こういった姿を拝見するとやはり公爵家の次男だと実感する。
「で、なんだったけ。あ〜そっか。魔道具の動力の話だよね」
モクレン様の言う通り、最初の話題は魔道具の動力についてだった。
いつの間にか、紅茶の話から飲料の話へ話題が変わっていたのだ。
だが、紅茶のように暖かくふわふわとした時間であったと言える。
「えっとね。魔道具の動力は、『魔動結晶』って言う石っころなわけ」
モクレン様は応接室の隅で休止状態の円盤型掃除魔道具ワルツをひょいと持ち上げ膝に乗せると、「ちょっとごめんね」とワルツへ言って、その平べったい体から桃色に輝く結晶を取り出した。
「この結晶は、ポーラリス公爵家が所有する鉱山で採れるんだわ。……ほら、ユーフォルビア一族が取り戻してくれた土地の北東側に山があったでしょ?」
「言われてみれば……」
王都にあるペールカルム伯爵家の屋敷からマグノリア地方に向かう途中、北東の方角には山があったと思い出す。
あの山に、魔動結晶が採れる鉱山があるのだろう。
「その鉱山の権利を握ってるポーラリス公爵家が、採掘した魔動結晶を地方に高値で売り付けてるんだ。それで儲けた金をプルトハデス教に寄付金としてぶち込んでるから、色々と我儘も通りやすいんよ」
なるほど。ならば、国――プルトハデス教から私との婚姻命じられたロスベール公爵が、それを破棄出来たのも納得出来る。魔動結晶は、時として貨幣以上の権力を持つのかも知れない。
「魔動結晶が権力と結び付くほど高価ならば、この屋敷中で稼働している魔道具の費用は相当なのでは?」
「ああ、それなら大丈夫。この屋敷で動いてるのは天才ガジェオタのレンゲくんが趣味で開発した魔道具で、魔動結晶も普通のやつに比べて三分の一以下で済むから。正直使用人を雇うより安く済むんよ。……それに、書類仕事はレンゲくんがいりゃ事足りるし」
モクレン様はそう言って紅茶を飲んだ後
「本当はたくさん使用人を雇って経済回した方が良いのはわかってんだけど……。俺の私財は全部騎士団にぶっ込んだから厳しくってねえ」
と溜息をつく。
「騎士団に全て私財をぶっ込んだ……ですか? それは、一体」
「魔獣対策だよ。ほら、俺がツミキちゃんに命救われたときも、ヤバい魔獣が三体いたでしょ? そんなんがしょっちゅう畑や人里を荒らすわでさ。マグノリア地方には先代の浄化の聖女である婆ちゃんがいるけど、年齢的にこの地を護るほどの結界を張るのは無理でね」
「なんと……」
「だから、魔獣対策で俺はもう手一杯。流行りの言葉で言うとワンオペってやつ? 正直言うと俺、戦うのは得意じゃなくて。⋯⋯ツミキちゃんがいなけりゃ、遅かれ早かれ魔獣にぶっ殺されてただろうね」
「⋯⋯モクレン様⋯⋯」
モクレン様が大怪我をするような事態が多発しているなら、マグノリア地方の治安は死と隣り合わせと言っても差し支え無いだろう。
ならば、私の殺ることは一つ。
「モクレン様、ご安心下さいませ。マグノリア地方の魔獣は全て私が駆除しましょう。この身命、貴方に捧げると誓います」
私はソファーから降りてモクレン様の傍へ移動し、跪いた。心臓がある左胸に手を当て、忠誠を誓う姿勢を取った……のだが。
「ツミキちゃんやめて、跪かなくて良いから!!!」
慌てたモクレン様に手を掴まれ、私は跪く姿勢を引っ張り上げられた。そして、モクレン様の隣に座らされる。
何故だ。どうして穢れの象徴である私に、そのようなことが出来るのだ。
「ツミキちゃん。本当はさ『もう戦わなくて良い。君のことは俺が護る』みたいなカッコいいこと言えりゃ良いんだけど。残念ながら現実問題それは難しくて。だから、君の力を借りたい。……でも、そこに忠誠とか命令とか、そう言う上下関係は無いんだ。……ただ、協力して欲しい」
『君の力を貸してくれ』と頭を下げるモクレン様へ、私は
「頭をお上げください」
と言ってから言葉を続けた。
「私は魔獣を殺すために生み出されました。貴方はただ、殺せとご命令すれば良いのです」
ユーフォルビア一族は、祖先の大罪を償うために生み出された人型戦闘魔導具であると言われている。
私は、それ以上でも以下でもない。
「また、ユーフォルビア一族との婚姻とは、プルトハデス教の教義上そのように表現しているだけで、その本意は毒への耐性と頑強な肉体を持つ個体を製造するための交配を差します。だから、モクレン様も私との間に次世代の個体を誕生させれば、本当に愛する方を伴侶として迎えることが可能です」
「……そんな」
モクレン様は言葉を無くしてしまった。
眉を寄せ目を見開き、悲しそうな顔をする。
何故、彼は悲しむのか?
恐らく、愛する方を伴侶に迎えるためには、穢れたユーフォルビア一族に触れねばならないと言う事態にお嘆きなのだろう。
私の父に当たる個体――ペールカルム伯爵もそうであったとカルミア様から聞いている。
『穢らわしいユーフォルビア一族の六号は、パパとママの真実の愛を邪魔したの。そして今度は七号が、あたしとロスベール様の真実の愛を邪魔するなんて。ほんと腹が立つ』
カルミア様が仰った通り、ユーフォルビア一族との婚姻は、片方に負担を強いる制度だ。
ロスベール公爵はその悪習を断ち切って、愛するカルミア様の手を取ったのだろう。
だが、それによって私を押し付けられたモクレン様は不憫としか言いようがない。
「モクレン様に愛して頂く必要はございません。貴方はただ、私に子種を下されば良いのです。……また、私の黒髪や瞳に混ざった赤は毒による色素沈着であり、私に触れても穢れや病気は移らないため安全」
「そんな酷いことを、言わせてごめん⋯⋯ごめんね」
モクレン様が謝りながら私の言葉を遮った。
何故、彼は謝ったのだろう?
何故、彼は泣く寸前のような顔をしているのだろう?
モクレン様のことが、何一つわからない。
「……俺は、君の力を借りたい。……そんな立場だから、説得力無いかもしんないんだけど」
モクレン様は天上を見上げたあと、一呼吸置いてから、私の目を真っ直ぐと見た。
「これからはさ、美味いもん食って、色んな人と会話して、たくさんのことを学んで、人生を豊かにして⋯⋯幸せになろうよ」
「幸せ⋯⋯ですか? モクレン様のご命令ならば幸せになるため尽力いたします。ですので、幸せの定義をお教えください」
幸せ。名前は知っている。
だが、定義が曖昧であるため意味を断定出来ない。
モクレン様は、私にどうなって欲しいのだろうか。
具体的な指示を待つ私に、彼は予想外の答えを言うのだった。
「ごめんだけど、幸せの定義は俺にも良くわからんのよ」
「え」
モクレン様でもわからない『幸せ』に、私は一体どうやってなれば良いのだろう。
モクレン様のご命令は全て遂行する所存だが、彼もわかっていない『幸せ』になれと言うのは、私には荷が重過ぎる謎掛けであった。
どうすれば『幸せ』になるのだろう?
何がどうなれば『幸せ』なのだろう?
戸惑う私に微笑みかけるモクレン様は、優しい声で言った。
「それじゃ、幸せの定義がわかるまで、たくさん思い出を作っていこう。……例えば、あの時食った飯は美味かったなとか、あの会話は面白かったとかさ」
モクレン様はそう言って微笑んだ。
「だからさ、ツミキちゃん。これは俺の我儘なんだけど、一旦婚姻とか世継ぎとかそう言ったモンは保留にしてくれる? それより今は、幸せってのは何なのか、一緒に考えてみようよ」
「かしこまりました」
私の言葉に、モクレン様は「よろしくね」と言って、手袋を外した素手を差し出して来た。
「……この手は、一体……」
「ああ、握手ってことよ。握手」
「なるほど」
私はモクレン様の手を握り返した。
人と握手をしたのは初めてである。
モクレン様の手は大きく、そして分厚い。
でも、肌触りは滑らかで、とても暖かい。
私は、モクレン様の手を肯定的に判断した。
◇◇◇
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「先が気になる!」
「ツミキ、頑張って幸せ見つけろよ⋯⋯!」
「モクレンの優しさ、染みるぜ」と
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