64・カルミア様を迎え撃ちます
「ガンショウ殿、この度は誠にありがとうございました。今度はぜひマグノリア地方へ遊びに来てくださいませ」
「ああ、ありがとう。⋯⋯ツミキさん、貴女もどうか無理だけはしないようにな」
朝。
私達はハイエルフの隠れ里からマグノリア地方の屋敷に帰るため、島の船継場にて見送りに来て下さったガンショウ殿にご挨拶を申し上げた。
レンゲ様は
「せっかく稽古をして頂いたのに!! ボクが至らぬばかりに!! 何の成果も得られませんでしたァッ!!! 誠に申し訳ございませんでしたッッッ!!!!」
と土下座をして額を地面に擦り付けている。
ここまで必死なレンゲ様は初めて見た。
そんなレンゲ様へ、ガンショウ殿は地面に片膝を付き、優しい声で答えてくれた。
「気にすることはない。貴方は人の子の身でありながら良くやったさ。それに、フウロウのオヤジが持ち出した資料も解読してくれたじゃないか。もう充分だよ」
「ありがとうございます⋯⋯っ!! 解読はまだちょっとしか出来てませんけど、全部終わったらご報告しますから⋯⋯!」
レンゲ様は、見せてもらった資料全てを携帯しているキャンバス型魔道具で撮影したそうだ。
宿泊中、レンゲ様は『ハイエルフを護るための極秘資料を持ち出すわけにはいかない』と、キャンバス型魔道具にレアメタルを使用した小型カメラを組み込んだらしく、
『カメラのような目を搭載して、色々と情報を詰め込める――ガジェヲタ用語でパッド出来る代物だから、アイパッドって名前にするよ』
と言う由来でアイパッドと言う名前が授けられた。
その名前を聞いた際、モクレン様は『その名前大丈夫そ? まあヤバかったら変えりゃいいか』と柔軟的思考を見せた。
そんなモクレン様は、ガンショウ殿へ手を差し出し
「本当にありがとうございました。ハイエルフの隠れ里と言う大事な場所に、俺達を招いて下さったこと、感謝申し上げます」
と丁寧に挨拶をする。
こう言うとき、『あ、モクレン様は公爵家の御子息だった』と思い出す。
「モクレンさん、まあ、その、なんだ。誠実で男気のあるところは良いが、後悔はしないようにな」
「⋯⋯のじゃ、じゃねえやサラサさんから何聞いたんですか」
「応援しているよ」
「だから何を」
イマイチ噛み合わない会話をするお二人は、握手をしながら砕けた様子だった。
そして。
「びぇぇええええんっ!!!! ガンショウぅぁぁあああ!!! わらわは⋯⋯わらわはハイエルフとして、しっかりと人の子を導いて来るぞ!!!」
サラサ先輩はびええええと鼻水を垂らして泣きながらガンショウ殿へ抱きついた。
そりゃ、久しぶりに会えた身内なのだ。
まだまだ一緒にいたかっただろう。
だが、名状しがたい混沌の神と最強の文明大国の魔道具ゴミが合体した最悪の魔獣が生まれた今、自然の力と知識を持つサラサ先輩がいないと我々は詰みなのだ。
「ガンショウ⋯⋯わらわは人の子を導き、全てを何か良い感じに終わらせてくるぞ。まだ何がどうなってどうすれば良いのかはわからぬが⋯⋯。それでも、わらわはハイエルフの龍になってくるのじゃ」
「そうか⋯⋯サラサ、どうか無事で、何か良い感じに色々と解決してこい」
「うん⋯⋯⋯⋯びぇえええんっ!!!」
確かに、謎だらけの現状を思うと、『何がどうなれば解決なのか?』と断定が出来ない。
魔獣はどうすれば消えるのか?
この国の大地を汚染する毒はどうすれば消えるのか?
枯れ腐った根源の大樹を復活するにはどうすればよいのか?
肝心の答えはまだ出ないが、今やるべきことは名状しがたい魔獣に対抗することだ。
そんなことを考えながら船に乗り、私達は見送ってくれるガンショウ殿へ手を振りながら、マグノリア地方へ帰る航路を行くのだった。
◇◇◇
「え? 婆ちゃんどしたの? 俺? 俺等は今船だけど。⋯⋯⋯⋯え゛ッ!? またカルミアが来たのかよ!? ⋯⋯なに? アポ無しで来られて迷惑したから冷えた茶漬け出しといた? でもカルミアは平気でそれを食った? ⋯⋯あのアホにギオン地区のぶぶ漬け攻撃は効かんだろ」
船旅の途中、モクレン様のスマホに着信が入り、応答したらホオノキ様であった。
しかも、またカルミア様がいらっしゃったそうだ。
ロスベール公爵の婚約者として教皇王妃になる未来も約束されているカルミア様が、私的理由で他の男性に会いに来るのは大丈夫なのだろうか。
それに、先日モクレン様から『婆ちゃんから聞いたんだけど、兄貴の様子がどうにもおかしい』と聞いている。
私の知らない間にロスベール公爵は色々と大変な事になっているのだろう。
そんな彼の傍にいなくても良いのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、モクレン様の様子を見ていた。
「あ〜、うん。分かった。⋯⋯ああ言う我が儘で迷惑なお姫様気質のクソ女に、ぶぶ漬けは通じないよ。放置なんかしたら絶対駄目。⋯⋯⋯⋯俺が先手取るわ」
モクレン様はそう言ってスマホによる通話を終えると、シワを寄せた眉間を摘んでため息をつき、
「みんな、今から会議しても良い?」
と一言呟いた。
「はい、構いません。ガンショウ殿からお土産に頂いた出汁茶漬けを食しながら致しましょう」
私の次に、サラサ先輩も
「そうじゃのうそうじゃのう!! それに梅茶漬けもあるぞ!! それをサラサラ食いながら会議するのじゃ! サラサだけにな! のーじゃハッハッハッハッハッ!!」
とガンショウ殿から頂いた茶漬けセットの箱を持ち、白い歯を見せて笑顔を浮かべる。
一方、レンゲ様は
「ごめ⋯⋯ボク、暗号解読しようとアイパッド見てたら船酔いしたから⋯⋯。一応話は聞いてるけど、喋るのしんどいからアイパッドで会話する⋯⋯」
と今にも力尽きそうな声を出す。
そんなレンゲ様に、モクレン様側が
「いやいや良いよ、休んでな、無理しないで」
と声をかけた。
「⋯⋯えっと、それじゃ。今から茶漬け食いながら会議するぞ!! レンゲくんは無理せずにな!」
◇◇◇
船上での作戦会議後、私達はホストクラブにいた。
随分な急展開である。
だが、そうとしか言いようがなかった。
マグノリア地方に帰るなり、モクレン様はすぐホストクラブの店舗を作り上げ、自らもホストとして個人事業主の開業届を役所に提出したのだ。
しかし、何故モクレン様があそこまで嫌っていたホストになったのかは、私には何もわからない。
だが、いずれネタバレしてくれるだろうと思うので、今はモクレン様を信じてやるべき事をやるだけである。
このホストクラブ『メフィスト』は、マグノリア地方の繁華街にある空き店舗を改装したもので、レンゲ様を初め仲の良い職人様達の力を借り、綺羅びやかで色とりどりの照明が輝くシックで高級感溢れる店内を作り上げたのだ。
スピーカーから流れるテンポの早い曲も、人々の感情をより活性化させているように思える。
ちなみに、この照明とスピーカーはレアメタルを使用したものだ。
それが、モクレン様が作り上げたこのホストクラブ『メフィスト』。
このメフィストは、売掛禁止で現金のみ。過剰に高額な酒を店側から要求することも禁止で、色恋営業も『モクレン様以外』禁止である。
何故ならこのメフィストは、金を稼ぐのが目的ではなく、カルミア様を迎え撃つことが目的なのだから。
それ故、メフィストで働く大勢の若い男性はマグノリア騎士団で固められており、金に目がくらんで人の道を踏み外す事はしない。
そのため、客層も若い女性だけではなく男性もたくさんいる。
女性が一時の夢と愛を求める場所というより、会話が上手い男性達と気軽に酒を飲んで楽しむ社交場と言う雰囲気だ。
◇◇◇
「モクレン様。『お姫』がいらっしゃいました」
控室にて。
漆黒の紳士服を着て『黒服』となった私は、真っ白な紳士服を着こなすモクレン様へそう伝えたのだった。
モクレン様は「了解♡ カルミアを迎え撃って来ま〜す」といつもの調子で答える⋯⋯が。
「ねえ、ツミキちゃん」
「? 何ですか?」
控室から出ようとするモクレン様は、悲しそうな笑顔で振り向いた。
「⋯⋯その、今から俺は作戦とは言え他の女を姫扱いするわけで⋯⋯嫌な気持ちにさせたらごめんね」
「構いません。モクレン様は船上の会議で仰った通り、『ロスベール公爵を捨てて貴方を狙い接近して来るカルミア様を、逆に惚れさせ掌握することで、浄化の聖女の力と権力を操る』のが目的なのですよね? 何も問題はございません」
船上の会議にてモクレン様は
『何かと失態続きの兄貴を見限ったカルミアは、最近勢いがある俺に乗り換えるつもりなんだろう。だからアイツの行動を制御するため迎え撃つ場所が欲しい』
『しかも、カルミアを逆に惚れさせてしまえば、ヤツを簡単に操る事ができる』
『そうなれば、浄化の聖女としての仕事をさせることでカルミアを鍛えられるし、魔獣への対抗手段にすることも可能』
『しかも、浄化の聖女と言う権力があれば、魔獣を迎え撃つ魔法兵器の開発にも役に立つ』
『だから、ホストクラブという罠を作って、カルミアを色恋感情を掌握し意のままに操ろうと思う』
と言ったのだ。
確かに、ここでカルミア様がモクレン様を狙ってむやみやたらに接触しようとしてくるなら、彼女を放置するより行動を制御するための罠を作り、逆に浄化の聖女としての力を利用した方が国の為にもなるだろう。
「モクレン様のお考えは、プルトハデス国にとって最適解だと思われます。そもそも、私達の婚姻関係はプルトハデス教の教義上そう表現されるだけであり、実際は次世代のユーフォルビア一族を誕生させるのが真意です。お気になさらず」
「⋯⋯⋯⋯まあ、そう、だね」
「? モクレン⋯⋯様?」
モクレン様が謝る必要は無いのだと肯定的な意味を伝えたいのだが、モクレン様は何故か傷付いたような顔をしてしまう。
私は言葉選びを失敗したのだ。
適した言葉を見つけたいが、私の貧弱な語彙の中からは答えが思い浮かばない。
呼吸が浅くなる。どうしたら。どうすれば。
こんな時、心があれば。
私に心があれば、モクレン様の顔が曇った理由もわかるのだろうか。
心があれば、モクレン様の心もわかるのだろうか。
「モクレン様、私は⋯⋯貴方にその様なお顔をさせるつもりは無く⋯⋯申し訳ございません」
「大丈夫。わかってる。⋯⋯大丈夫だよ」
モクレン様はそう言って笑顔を浮かべたが、やはり何かおかしい。
今ほど、強烈に心が欲しいと思った時は無かった。
なんと言えば。どうすれば私の思考はモクレン様に通じるのか。
こんな時、モクレン様だったら。
もしモクレン様が私なら、彼は⋯⋯きっと。
「!? ツミキちゃん!?」
私はいつもモクレン様がしてくれるように、僭越ながら彼を抱き締めた。
モクレン様のしっかりした広い背中に手を回し、
「貴方は何も悪くない」
と告げる。
「モクレン様。私は、貴方の勝利を信じております」
「⋯⋯ツミキちゃん、それ⋯⋯他の奴にやっちゃ駄目だよ? 俺だけにしてね」
モクレン様はそう言って、まるで赤子を寝かしつけるように私の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
やはり、モクレン様の体温は心地良い。
「ツミキちゃんのお蔭で超元気出たよ♡ ありがとね」
「私も、貴方に抱きしめられると気力と活力が沸くのです。不思議ですね」
優しく抱き返される感覚が、もっと欲しいと思う。
私は、モクレン様と出会って随分と欲深くなった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「モクレン、お前ついにホストになるんか!」
「ツミキ、モクレンのこと大好きやな」と
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