37・死毒の森を切り拓きます
「遅くなってごめんねサラサ氏。でも、良い感じにキミにぴったりな服と魔道具が出来たから」
カルミア様から情報を引き出し、夕食に蕎麦と言う珍しい食事を頂き『飛ぶぞ』になった翌日。
私達を食堂の広間に集めたレンゲ様は、まず衣装と魔道具が入った紙袋をサラサ先輩に渡したのだった。
サラサ先輩は
「のじゃ〜〜〜!! これはテンションブチ上がるのじゃ〜〜!!!」
と、はしゃぎながら別室へ移動し、暫くしてからお戻りになられると…………!!!
「どうじゃどうじゃどうじゃお主ら!!! わらわもハイカラでアヴァンギャルドになったぞ!!! めっちゃ強そうで偉そうな雰囲気がわらわにぴったりじゃ!!! のーじゃハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」
うまく言葉に出来ないが、サラサ先輩は、『すごくサラサ先輩になっていた』。
サラサ先輩の持つ元気で活力に満ちた性格が表れているかのような、鮮やかなピンクの大きな上着や、トゲのような装飾がとても斬新である。
白い上着の中に着た黒いワンピースの裾は荒々しく破られたような形をしているが、その下に着ている白のワンピースが直線的なため、ダメージを負ったような破れ方がとても新鮮かつ高級なものに見えた。
そして、サラサ先輩の白髪を結った大きなお団子にもトゲのアクセサリーが刺さっており、これは一目見たら忘れないだろう。
「サラサ先輩、素晴らしいです!! とても強そうで攻撃力が高そうな見た目はサラサ先輩そのものと言うべきでしょう!! しかも、今回のデザインは私のドレスやモクレン様の騎士服とは違う、荒々しさと破壊的な活力を見受けられます!!」
貧弱な語彙を精一杯稼働して感想を述べると、モクレン様も
「のじゃ先輩似合ってんね〜! お団子にトゲ生えてんのが丸サボテンみたいで強そうだし、めっちゃ良いじゃん!!!」
と声を弾ませている。
そして、肝心のレンゲ様は、鋭い目を満足そうに細めて頬を赤くしながら、口元を長い袖で隠しつつ
「でしょでしょー。今回は引き出し広げたくてさ、隣国の聖ペルセフォネ王国で流行ってるパンク・ロックを取り入れてみたんだぁ。それをボク流に解釈して、サラサ氏らしさを存分に出した結果なわけで。良い感だよ良い感じ」
とほくそ笑んでいる。レンゲ様は、いつもこんな感じで笑うのだ。
「そんで、サラサ氏。魔道具の方なんだけど、これは『片手持ち爆音波抑制拡声器』……まあ、簡単に言えば『ハンディカラオーケストラ』略して『ハンディカラオケ』って感じ。……つまり、これで歌えばサラサ氏の爆音波は抑制されるから、歌っても家とかぶっ壊れないわけ」
「おお! そりゃありがたいのう!!! これは風呂に持っていけるのか!?」
「勿論。防水加工はバッチリだからお風呂で熱唱しても大丈夫。それに、逆に爆音波で攻撃したい場合は、その持ち手の裏にあるレバーを下げれば、爆音波を共振させて相手にぶつける事も出来ると思われ」
「お主……一パーティに一人は欲しいチート人材じゃのう」
「ボクみたいなエンジニアキャラがいると色々便利でしょー」
レンゲ様の天才っぷりに、サラサ先輩は若干引いた様子だった。
そんなレンゲ様は、さらなる魔導具をテーブルの上に置いたではないか。
「レンゲ様、これは一体」
「これはモクレン氏から頼まれてた『毒に対抗する魔道具』……まあ、『防毒マスク』ってとこかな」
「防毒マスク……ですか?」
名前の通り、このマスクは鼻と口を防護する形をしている。
呼吸口の左右には丸く平べったい物体が付いており、これなんだろうかと気になった。
「レンゲ様、この呼吸口の左右にあるのものは一体……」
「ああこれ? これは吸収缶。呼吸口から吸い込んだ毒の空気を、吸収缶に入ってる薬剤が打ち消してくれるんだ」
「なるほど……! ならば、私以外の人が死毒の森に足を踏み入れても問題はありませんね」
「そうだね。⋯⋯でもまあ、あくまで薬剤の残量勝負なわけで。死毒の森を攻略するなら一気に行くんじゃなくて、取り返した安全な大地を中継地点にしつつ、物資の補給基地を作っていけたらと思われ」
確かに、防毒マスクの薬剤が切れたら終わりである。
ならば、死毒の森から大地を奪還しつつ、良い感じの土地を基地にして、物資の補給所を作りながら進んだ方が良いだろう。
王都では、私一人で魔獣を駆除し死毒の森を狩ったあと、空気の汚染が止んだのを確認してから聖騎士団を呼び、彼らが安全確認をした後に、大地を浄化するカルミア様が来るという運びであった。
一方、レンゲ様が提案した進み方は、王都のやり方に比べて速度は落ちるものの、補佐する人や物資がたくさん増えるということで、私の安全も確保されている。
それに、取り戻した大地を開拓するための下準備も、中継地点を作ることで行えるから、結果として効率が良いと思われた。
それもこれも、レンゲ様の魔道具開発によるものだ。
「レンゲ様の魔道具開発力は、この国の歴史を変えるほどの力がありますね。⋯⋯ロスベール公爵も、設計図でなくレンゲ様本人を所望すれば良かったのでは」
「えー、ボクがロスベールの下で働くぅー? やだやだ無理無理そんなことになったらボク勤務初日で飛ぶからね。それに、ボク朝起きれないし言われたこと覚えらんないし整理整頓とかも無理だから。それ許してくれるモクレン氏じゃないと、ボクはただの社不でしかないもん」
そう言って、レンゲ様は『どやぁ』と言いたげな自信満々な様子で両手を腰に当てた。
一体何がどやぁなのだろう。私には分からないことが多過ぎる。
⋯⋯それにしても、レンゲ様も色々とんでもない御仁であるが、そんなとんでもない御仁の力を最大限に引き出すことが出来るモクレン様は、一体何なのだろうか。
そんなことを思っていると、レンゲ様が
「モクレン氏、悪いんけど防毒マスクは資源不足で十個作るのが限界だったよ。だから、ボクらと大地の浄化役のホオノキ氏と、その補佐のヒーラーさん達やマグノリア騎士団の数名しか連れていけないから。……どうにかして資源が取れりゃ良いんだけど」
と眉間にシワを寄せた。
「レンゲくん。資源不足ってのは具体的に何が足りないん? アレだったら新聞社や印刷所に根回しして、王都にある素材を横流し……じゃねえや、格安で仕入れることも出来るけど」
「それがねえ……モクレン氏でも今回は難しいかな。……足りてない資源ってのは『魔動結晶』と『金属』なんだけど、それが取れる唯一の鉱山はロスベールの支配下にあるわけで。……それに」
レンゲ様はそう言ったあと、今度は悔しそうに顔を歪めた。
「防毒マスクは人が長時間付けるものだから、なるべく小さく軽くしたいんだけど……。魔動結晶と金属をぶち込むとなるとどうしても大きく重くなっちゃうから。小型化軽量化しようにも、そしたら魔動結晶と金属の部品を埋め込む体積が足りなくて。……どうしたら良いのか……」
「体積か……レンゲくんでも難しいなら、俺がどうこう出来る領域じゃねえなあ。……まあ、取り敢えず防毒マスクの試運転も兼ねて、無理せず行ってみようや。誰か一人でも体調不良者が出たら速攻中止ってことで」
モクレン様は方針を決めたあと、
「まずは失敗をしようじゃないの。その失敗を一個一個潰していけば、いつか正解に辿り着けるってもんよ」
といつものように明るい笑顔でそう言った。
モクレン様がそう言うと、先ほどまで難しい顔をしていたレンゲ様もいつもの調子に戻り
「モクレン氏がそう言うなら大丈夫か」
と言うのだった。
◇◇◇
「任務完了! 魔獣の駆除、そして死毒の根を切除し、死毒の森からプルトハデス国の領土奪還に成功! では、ホオノキ様による引き継ぎを願います!」
丸く膨れ上がった巨大な節から魔獣を吐き出す死毒の主根を、大鎌で真っ二つに切除した後。
私はこの場にいる皆様へ任務完了を告げた。
言い慣れた台詞のはずなのに、王都にいた頃よりも声が良く通る気がする。
団体で挑んだ死毒の森への侵攻は、不思議なことに私一人で侵攻していた頃の三倍は速く進んでいたのだった。
背後を振り向けば、私の手助けをしてくれたマグノリア騎士団の方々が親指を立ててくれた。
私も親指を立てて、彼らの手助けに感謝の意を示す。
月と星が眩い光を放つ夜に、血の雨が降る。
鬱蒼とした樹海の深緑は、血の赤に塗りつぶされた。
勿論、血の雨は私にも降り注ぐ。
何故なら、この血は私が鎌で斬首した鷲の上半身とライオンの下半身を持つ巨大な魔獣から吹き出た血だったからだ。
やはり、魔獣はこの世ならざる生き物の風体をしていたが、その姿をしっかりと見たのは斬首した後だった。
それにしても、王都にいた頃よりも調子が良い。
マグノリア地方に来て魔獣を駆除する機会が減り、腕が鈍っていないかと警戒したが、そんなことは無かったから不思議だ。
「ツミキさん、ご苦労様。ほら、返り血を拭いて」
ヒーラー隊を連れたホオノキ様が柔らかいタオルで私の返り血を拭ってくれた。
「ありがとうございます、ホオノキ様。では、浄化の方をよろしくお願いいたします」
私がそう言うと、ホオノキ様はヒーラー隊に指示を出したあと、両手を組んで目を閉じ、静かな声で詠唱を唱える。ヒーラー隊もそれに続いた。
「女神プルートの威光よ、我に応え給え……! ヒール!」
ホオノキ様が鋭い声を出すと、眩い黄金の光が辺り一面を包み、毒に汚染され赤紫色に変色していた大地は健康的な土の色を取り戻す。
そして、汚染されていた空気も澄んだものとなり、この場にいる全員が防毒マスクを外し、疲れたように深呼吸をした。
……キュアピュアヒールじゃなくても良かったのかと思ったが、今はそんな場合ではない。
「ご苦労じゃったのう、ツミキ、ホオノキ嬢ちゃんとヒーラー達よ。……後はわらわに任せるが良い。ラストソングからアンコールまで聴かせてやろう」
サラサ先輩が、ハンディカラオケ魔道具を手に、肩で風を切りながらこちらへやって来た。
そして
「オラァ人の子!!! 耳塞げコラァアアアッッ!!」
と叫んだ後、サラサ先輩は絶叫するような声で激しい歌声を轟かせた。
耳を塞いでも貫通してくる大音声には眉間にシワが寄るが、音程とリズム感は合っているので不快ではない。
そんなサラサ先輩のリサイタルを受け、毒により枯れ果てた木々は徐々に色艶を取り戻し、青々と茂り復活したではないか。
これが、ハイエルフによる自然の加護なのか。
確かに、この加護が潰えたら魔獣は勢いを増すだろう。
私がハイエルフの力に言葉を無くしていると、モクレン様は耳を塞ぎながら
「のじゃ、ありがとう!! もういい!! もう良いから止めてくれ!! おい聞いてんのか!! やめろつってんだよおい!!!」
と大声でサラサ先輩を止めようとしたが、サラサ先輩は歌うことを止めそうにない。目を閉じ気持ちよさそうにボ〜エ〜と歌うサラサ先輩を、誰も止められなかった。
結果として、三曲分衝撃波のような歌を聞かされた私達は、サラサ先輩のリサイタルが終わる頃には満身創痍であった。
そんな中、サラサ先輩の歌で青ざめた顔のモクレン様が
「みんな!! 生きてるか〜〜!? 特に婆ちゃん!!! 召されてねえか〜〜!? そんじゃ、今からこの地を中継地点及び今日の寝床とする! みんなでキャンプだキャンプ!!」
とこの場にいる全員に指示を出したのだった。
◇◇◇
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「序盤と同じ文章なのに、すごくツミキが生き生きしてる」
「サラサの歌ボ〜エ〜なのかよ」と
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