38・星空の雑談~カレーは調和の象徴です~
「モクレン様。何かお手伝いすることはありますか?」
モクレン様が出した指示により、奪還した大地はあっという間にキャンプ場となった。
レンゲ様主導の元、人が寝泊まりできる簡易の施設が次々と組まれると、人々の緊張感が緩んでいくのを肌で感じる。
しかも、時刻は夕方から夜に変わる頃だ。
そろそろ夕食の時間か、と思ったその頃には、モクレン様は大鍋を抱えて簡易調理台へと移動していた。
「モクレン様、なんでもお申し付け下さいませ。ご必要ならば、近場の森や川で食材を調達して来る事も可能です」
「う〜ん、手伝いはありがたいけど……ツミキちゃん、大丈夫? 疲れてない?」
「いえ。あの程度の魔獣、造作もございません」
「いや、魔獣じゃなくて、のじゃの歌三発も食らってたから」
「……それは……そうですね」
サラサ先輩の爆音波のような歌を三発食らってしまうと、私はしばらくの間、真っ直ぐ歩くことが出来なかった。
ちなみに、レンゲ様はしばらく匂いがわからなくなったそうだ。
しかし。
「サラサ先輩の歌はだんだんと癖になってきたと言いますか……。『二度とご遠慮願いたい』と言う気持ちと、『もう一度あの爆音波の歌が聴きたい』と言う相反する気持ちがあるのです」
サラサ先輩の歌には、不思議な中毒性があったのだ。
私がそう応えると、モクレン様は
「……どんなゲテモノでも、食い続けたら癖になるって言うからね」
と疲れたように笑った。
「……まあ、せっかくだしツミキちゃんに甘えちゃおうかな。良かったらさ、カレー作るの手伝ってくれる?」
「カレー、ですか? それは……一体……」
聞き慣れない言葉に『?』となる私へ、モクレン様は大鍋に水を並々と入れてから、簡易調理台のかまどにそれを乗せた。
「カレーってのはね、隣の聖ペルセフォネ王国から伝わった料理なんよ。色んな香辛料と食材を煮込んだ料理でさ。調理も簡単でたくさん作れるから、今みたいなキャンプの時とかの定番なんだ」
モクレン様はそう言って、食料袋からチョコレートのような固形物を取り出した。
「このチョコみたいなのを水に溶かすとカレーになるんだわ。不思議だよね」
「確かに。固形物が他の食材と溶け合い別の物質になるとは⋯⋯⋯⋯! カレーというのは、調和の象徴と言えましょう」
そんな会話をして、私達は野菜の他に缶詰やキノコが入った瓶などを色々と取り出した。
「ツミキちゃんには、野菜の皮剥きを頼んで良い? じゃが芋は芽もくり抜いてくれると助かるかな」
「! かしこまりました。野菜の皮も芽も、一片残らず排除してみせましょう」
「そりゃ頼もしい。……あ、怪我しないよう手元には気ぃつけてね」
モクレン様にお役目を頂いたのだ。全力で皮剥きを遂行するのみだろう。
まずは人参を手に取る。
すると、モクレン様は「人参はまずヘタを包丁で切ってから、皮剥きすると楽だよ」と、包丁の持ち方から丁寧に教えてくださった。
「ツミキちゃん、利き手で包丁を持つとき、もう片方の手で食材を押さえるんだけど、そん時はほれ、こ〜ん『にゃ』感じだ『にゃ』〜」
モクレン様は手の指を曲げると、猫の真似をし始めた。
何だ? 一体どうした? 何が起きたのだ?
これはツッコミ待ちなのだろうか。ならば、ツッコミを入れて期待に応えたい所存。
だが、私はツッコミを入れる際の語彙を何も知らない。勉強不足であった。無念である。
取り敢えず、この前オムライスと一緒に教えて頂いた『さしすせそ』でお返事しよう。
「さすがです。知らなかった。すごーい。センス良い。そうなんですね」
「…………あ、すんません……つまり猫の手ってことっす、はい」
モクレン様は私から目を逸らし、苦く引きつった笑いを浮かべながら、「ほんと、すんません」と呟きつつ、包丁を持つ際の食材を支える手の型を教えて下さった。
やはり、先ほどモクレン様が唐突に猫の真似をしたのは、包丁で食材を切る際、指を切らぬよう猫の手にすると教える際のボケだったのだ。
上手くツッコめず、ボケを不発にしてしまい申し訳無い。
もっと、上手くツッコミが出来るよう、会話技能と言語能力の向上に努めたい所存である。
◇◇◇
「モクレン様!!! カレーとはまさに『飛ぶぞ』の極みです!!! 程よい辛味と甘味が混ざり合うタレに絡んだ野菜と牛肉の旨味と、白米の組み合わせは至高を通り越して凶悪と言わざるを得ません!! お、おかわりを所望します!!」
「でしょでしょ〜? ……ちなみに、カレーの場合、タレのことをルーって言うらしいよ。不思議だねえ」
私とモクレン様は、簡易椅子に座って星空を見上げながら、カレーを食べていた。
他の方は既に食事を済ませた後、簡易風呂で入浴中か、入浴を済ませて眠っているかと言った具合である。
一方、私達は食事の配膳をしたあと、色々と片付けをしていたため、食事が一番遅かった。
片付けの最中、モクレン様は
『ツミキちゃんもカレー食べて休みな。今日は疲れたでしょ』
と何度も仰った。
しかし、私は
『モクレン様のお力になりたいのです。それに、モクレン様のお手伝いをすると、その分モクレン様と雑談が出来ますから』
とお答えしたのだった。
すると、モクレン様は頬を赤くして『相変わらず直球じゃないの』と目を逸らした……のだが。
『ツミキちゃん、後でちょっと聞きたいことがあるんだわ』
と、真剣な顔をした。
先ほどのことを思い返すと、誰かの言葉に逆らい我を通すというのは、ユーフォルビア一族に生まれた身としては驚くべき行為である。
モクレン様と出会う前は、言われたことこそ全てであり、そこには何もなかったから。
だが今は、モクレン様の力になりたいと望み、少しでも長くモクレン様と雑談がしたいと望んでいる。
心無きユーフォルビア一族の私にも、何かを望む事があるのかと、我が身に起こった変化には驚くばかりであった。
「ねえ、ツミキちゃん」
モクレン様が私の顔を見ながら、話題を切り出した。
「俺、そう言えば何も気付かんで悪かったんだけどさ。……ツミキちゃんは、何かこれがしたい〜とか、これが欲しい〜みたいな、望むことって……ある?」
「? 私はモクレン様のお力になることを望みます」
「あ〜、いや、そう言うんじゃなくて。……いや、勿論それはすごくありがたいんだけど。……でもね」
モクレン様は困ったように何かを考え込んだ様子をみせたあと、話を続けた。
「俺さ、ツミキちゃんが『力になりたい』って言ってくれることに甘えてたけど、そう言えば一度もツミキちゃんのやりたい事とか欲しいものとかを聞いたこと無かったな〜って、片付けの手伝いしてもらいながら、ふと思ったんだわ」
「『モクレン様のお力になりたい』では、いけないのでしょうか?」
「……ぅ……ま、まあ……それも、ねえ。良いんですけども。ねえ」
モクレン様は私から目を逸らし、赤い顔で強張った笑顔を浮かべてから、真剣な顔で私を見る。
「ツミキちゃん。俺に出来ることなら何でも叶えてみせるからさ。……命張って戦ってくれるツミキちゃんに、お礼させて」
「……そう、ですね」
私は、モクレン様のお力になりたい。
モクレン様の笑顔を見ると嬉しい状態になるし、モクレン様と雑談をすると楽しい状態になる。
それ以外に望むことなどあるのか……? と考えたあと、ふと思った。
私は、モクレン様のボケを拾い切れず、いつも歯切れの悪いことしか言えないじゃないか。
ツッコミを入れるためにも、会話の技術向上に努めたいと先ほど考えたじゃないか。
「私は、ツッコミが上手くなりたいです」
「はい?」
モクレン様は目を丸くして聞き返して来た。
「モクレン様のボケに良い感じに応えられるよう、ツッコミの技能を高めたいと存じます」
「……ごめんね、俺がいつも無茶振りして……」
そう言って俯き肩を下げたモクレン様は、すぐに顔を上げた。
「ツッコミの技能向上……まあ、言語能力なら……婆ちゃんに頼んで授業を受けてみる? 婆ちゃん現役バリバリの教師だし、俺も可能な限り一緒に授業聞くからさ」
「! モクレン様と一緒にホオノキ様から言語について学べるのですか? それは、想像しただけで楽しい状態になります……!」
王都のペールカルム伯爵家で管理されていた頃は、国によって種役に選ばれたロスベール公爵を不快にさせないため、最低限のマナーや言葉遣いは教育係から学習していた。
それに加えて、先代であり母であるカラタネ様に絵本の読み聞かせをして頂いたお蔭で、最低限の字を読むことは可能である。
だが、それだけでは限界が来ている今、ホオノキ様に言語を習えるというのは大変ありがたい。
「モクレン様。ご機会を下さってありがとうございます。……私は、モクレン様と出会い、今になってようやく自分の言語能力の限界に気付き、それを向上させたいと望んだのです。出会って当初の私だったら、モクレン様に『言語を習ってみては?』とご提案を頂いても、それをご命令と捉えたことでしょう」
提案と命令の区別すら付かない状態から、随分と変化したものだ。心は無くとも自我は育つのだろう。
そう言えば、以前心無き私に自我が芽生えるのか? と言う疑問に対し、モクレン様は船に例えてご説明下さったのを思い出す。
私の筏の如き船も、マシなものになったと言える。筏で膝を抱えるのみであった船長も、少しは元気になったと良いが。
「私は、モクレン様との雑談を通して、たくさんのことを頂きました。私は、もっとモクレン様と雑談がしたいと望みます」
「……ツミキちゃん」
「そして、モクレン様のボケを全て拾えるツッコミ技術を身に着けたいと望みます」
「……そ、そっか……。そんなら俺も、もっと拾いやすいボケを学びますわ……はは」
モクレン様は困ったように笑った。
モクレン様は、よく笑う人だ。
明るく柔らかい微笑みを浮かべたり、顔を真っ赤にして引きつった笑いを浮かべたり、今みたいに困ったように笑ったり。
そして、この笑いには、ロスベール公爵やカルミア様や聖騎士団が私に向けていた『攻撃の意を込めた笑い』が一切無かった。
歯を剥き出して声を一定のリズムで張り上げるという、動物や魔獣の威嚇に似た笑いをする彼らの笑顔と、モクレン様の柔らかい笑顔は全くの別物だと、強く実感する。
威嚇のような笑顔には何も思わないが、モクレン様の笑顔を見ると嬉しい状態になるのが明確な証拠であろう。
「私は、もっとモクレン様の笑顔が見たいです。モクレン様の笑顔を見ると、私は嬉しい状態になるのです。……だから、貴方ともっとたくさん言葉を交わして、色んなことを話したい。私の望むことは、以上です」
「……ぁ、……ぁ、う、うん…………。も、もぉ〜ツミキちゃんってばさ〜!!! 全く、ほんとさぁ〜〜!!」
私がそう言うと、モクレン様は片頬をぴくぴくと引きつらせながら、紅潮した頬に汗を垂らした。
「……ほんと、君って子は……さあ」
「何でしょう」
モクレン様の夜明けの空のような目をじっと見た。
紫と桃色が混ざり合った瞳は、星空の明かりと簡易照明の明かりを受けて、潤んだように輝いている。
「…………勘違い、したくなっちゃうじゃん」
モクレン様の表情は、頬を赤くしつつも真剣だった。
◇◇◇
翌日、ホオノキ様に
「私にツッコミを教えて下さいませ」
と頼んだら、ホオノキ様は真顔で
「なんでやねん」
と素早く答えたのだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「モクレン、たじたじやな」
「ツミキお前は何を目指しているんだ」
「なんでやねん」と
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