19・因縁の結婚パーティーです(後半カルミア視点)
王都に付いてからのモクレン様は、とてもお忙しそうだった。
清掃員の短期アルバイトに応募したり、バードウォッチングに目覚めたと言い朝昼問わず双眼鏡を手にしていたり、犬の散歩代行の短期アルバイトを引き受けたり。
一方の私は、何も考えずレンゲ様と王都を観光するなどして、とても豊かな時間を過ごしていた。
けれど、美味しいものを食べている時、もしモクレン様もここにいたらもっと豊かな時間であっただろう、と思うことは何度もあった。
そんな二週間を過ごした後。
ついに、ロスベール公爵とカルミア様の結婚パーティーの日がやって来たのだ。
「あのお二人とは……二度とお会いしないだろうと思っておりました」
宿で朝食のトーストを食べながら、私は思わず呟いてしまった。
焼きたてのトーストもスクランブルエッグもとても美味しいのに、食べても嬉しい状態になれないのが不思議である。
食べ物を胃が拒否するような、この腹部に宿る不快感は一体何なのだろう。
「ツミキちゃん。大丈夫。……安心して」
向かいに座るモクレン様が、私へそう言った。
「ロスベールとカルミアなんざ、この俺が完封してみせる。……これでも、逆転パンチは得意なんだ」
「逆転パンチ? モクレン様はロスベール公爵と殴り合いをされるおつもりなのですか?」
「あ〜ごめん。直接的な意味じゃなくて、裏工作的な意味ってこと。……大丈夫。俺は……いや、違うか」
モクレン様はフォークを持つ私の手に自身の手を重ね、真剣な顔で言葉を続けた。
「『俺達』は、絶対に勝つ」
◇◇◇
「子供の頃から、私は勝ち続けてきた。……それ故、今回の策も『私の』勝利で終わるだろう。カルミア、この勝利をお前に捧げよう」
ロスベール様はそう言って、あたし――カルミアの額に口付けた。
ロスベール様はいつも、あたしを溺愛して心を満たしてくれる。
何もしなくていい。何も考えなくていい。
あたしはただ、ドレスやアクセサリーで可愛く着飾っていれば、それだけで良いのだから。
ああ、ママの言う通りだ。
女の子の仕事は、常に可愛くしていること。
全ては、白馬に乗った王子様に溺愛されるため。
それが、女の子の生きる意味⋯⋯幸せなのだ。
「ロスベール様、あたし……とっても幸せです。ママとパパも、とても喜んでいました」
大女優のママは、貧乏な平民出身だった。
だけど、ママはとんでもない美女だった。
しかも、ママは持って生まれた美貌に甘えず、それを高める努力をした。
生まれ持った美貌を最大限に磨いて、魅力的な笑顔を身に着け、自分が一番可愛く見える仕草を研究した。
その結果、ママは有名な舞台監督に気に入られ、貧乏な平民から舞台のお姫様に勝ち上がっただけでなく、ペールカルム伯爵であるパパに見初められ、あたしが生まれたのだ。
あたしはママからこの話を何度も何度も聞いてきた。
あたしが生まれたのは、ママが可愛くなるための努力をしていたからだと、ママは綺麗な笑顔でそう語ったのだ。
つまり、女の子が可愛くなる努力をすることは正義であるとあたしは理解した。
そして、それを怠ることは正義じゃないことも理解した。
だって、可愛くなること以外に時間を浪費したところで、社会が女の子にどんな椅子を用意してくれるの?
人の社会は強い者で作られる。
強い者――つまり、ロスベール様のような勝ち組の男の人だ。
そして、女の子は男の人には勝てない。
そもそも、生き物として女の子は弱いのだから。
男の人に気に入られて子供を産むための身体をしている女の子に、社会は椅子を用意してくれるほど甘くは無い。
だけど女の子は、豪華な椅子に座る男の人の膝にちょこんと座ることは出来る。
だからこそ、可愛くなるための努力をせずに男の人と椅子を取り合う要領の悪いブスより、豪華な椅子に座る男の人に選んでもらうため可愛くなるよう努力する方が、絶対に幸せになれるでしょ。
これが、あたしの正義。
あたしは絶対に、間違っていない。
……だから。だからこそ。
「七号、あたし達の結婚をお祝いしてくれると良いなあ。あたし達の真実の愛を見て、七号は性格のブスを治すべきですもん! ただでさえ見た目もブスなんだから、心くらいは美しくならなきゃ」
あたしはロスベール様に嘘を付いていた。
七号は、本当はすごくすごく美人だった。
ママという絶世の美人に目が慣れてるあたしでさえ、七号が美人だってのは一番最初に出会ったときにわかっていた。
ユーフォルビア一族の七号。
かつて、根源の大樹を枯れ腐らせ、死毒の森が発生する元凶となった、罪深き狂戦士ユーフォルビアの子孫だ。
ママは『ユーフォルビアさえいなければ、この国は隣国に負けない文明大国になっていた』と教えてくれた。
パパは『ユーフォルビア一族は存在事態が悪であり、穢らわしい一族だ』と教えてくれた。
ユーフォルビア一族は存在してはならない穢らわしい人達。
当然、ユーフォルビア一族は正義とは真逆の悪である。
あたしの正義は可愛くいること。
そして、その真逆である悪とは、ブスであること。
だからこそ、七号は悪なのだろう。
パパが国の命令で無理矢理婚姻を結ばされたユーフォルビア一族との間に生まれた娘なんて、目にするのも悍ましいブスだと思っていた。
でも、七号は美人だった。
地味な黒い服を着て、ろくに手入れもしてないだろう髪はボサボサなのに、七号はまるで凄腕の化粧師にメイクを施されたのかと思うほど美しい顔をしていた。
どうして?
ユーフォルビア一族は悪。七号は悪。
悪はブスである筈なのに。
女の子は可愛くなる事が正義であるはずなのに。
どうして、髪もぐちゃぐちゃで服も流行から外れてヨレヨレなのに、七号はこんなに美人なの?
どうして、可愛くなるための努力をしていない七号が、こんなに美人なの?
可愛くなるための努力をしていない女はブスじゃないの?
七号の存在が許せなかった。
あたしはいつもメイドに髪を可愛くしてもらうため、眠いのを我慢して朝早く起きるのに。
生クリームが乗った甘いお菓子が大好きなのに、デブになるから我慢して、料理人に作らせた薄味のお菓子で我慢してるのに。
一流のデザイナーや化粧師を呼んで、流行の服やお化粧を勉強してるのに。
毎晩、お風呂の後は早く寝たいのを我慢して、指圧師に浮腫みや骨格の歪みを取るためのマッサージをさせてるのに。あれ、結構痛いんだよ。
あたしは、可愛くなるための努力をたくさんしているのに、どうして何も努力をしてない七号はこんなに美人なの?
こんなの不公平。おかしいでしょ、ズルいでしょ。
だから、七号と初めて出会った子供時代のあたしは、毎日とても機嫌が悪かった。
そんな時、ママは美しい笑顔で聞いてきた。
『どうしたの、カルミア。可愛い顔が台無しよ。不機嫌な顔をするとブスになってしまうわ。私の娘は常に可愛いくしてなきゃね』
ママからそう言われ心臓がギュッッと握り潰されそうになったあたしは、不機嫌な顔をしているのはあたしのせいじゃないとママに知って欲しくて、こう答えた。
『七号が、意地悪するの』
その日以降、七号の寝床は物置から馬小屋に変わった。
ざまぁみろと思った。何の努力もせずズルした罰が当たったんだと思った。
それからは、成り上がりの貴族と嫌味を言われたり、歌やダンスの先生に叱られたりと嫌なことがあると、ママとパパに『七号から意地悪された』と言い、七号が断罪されるのを見てスカッとしていた。
だって、七号は罪深きユーフォルビア一族なんだから。
パパは連中を国民の恩情で生きながらえている憎むべき死刑囚だと言っていたから。
それならせめて、国民の役に立つべきだろう。
人を傷付けた罪人が国民の税金でご飯を食べることに苛立つのと同じで、七号が生きている事自体が苛々した。
でも今日、七号の死刑執行はついにやって来た。
七号は、かつての婚約者だったロスベール様とあたしの結婚パーティーを目の当たりにするのだ。
七号だって、国一番の美男子と言われるロスベール様のことが好きだったに違いない。
だって、ロスベール様は彫刻のような美青年で、頭も剣の腕も天才で、大金持ちの大貴族で次期教皇王なんだから。女の子なら、絶対好きになるに決まってる。
でも、七号なんかにロスベール様は勿体無い。
だから、あたしはロスベール様に近付いた。
その結果、ロスベール様は七号よりあたしを選んだ。
あたしと結ばれるために因習を断ち切ってくれた。
勝った。七号に勝った。何の努力もしない傲慢な七号に、努力家のあたしが勝ったのだ!!!!!
「そろそろウェディングドレスを着る時間だっ! 楽しみだなあ」
あたしはロスベール様から離れ、メイド達を引き連れ更衣室に向かった。そこで真っ白に輝くウェディングドレスを着る。
そして、化粧師にウェディングドレスと似合う清楚で可憐なメイクをさせ、メイドに髪を豪華なハーフアップを結わせたあたしは、誰よりも可愛いお姫様になった。
更衣室に入って来たパパとママは二人とも泣いて喜んだ。
輝く涙を零して泣くママは、やっぱり美しい。
「カルミア、とても綺麗よ。さすが私の娘だわ」
「うん。あたし、ママの娘だもん」
実は、ママに褒められるのはロスベール様に褒められるよりほっとするけど、これは内緒である。
そしてついに、あたしの一生に一度の晴れ舞台がやって来た。
豪華な結婚パーティーの会場にて、ウェディングドレスを着たあたしは、白く豪華な礼服を着たロスベール様にエスコートされながら、会場へと足を踏み入れる。
「カルミア様……なんてお美しいんだ。まるで天使のよう」
「国一番の美男子であるロスベール公爵と、お似合いの美男美女だな」
会場中の人々が、あたし達を褒め称えた。
当然だ。あたし達は絵に描いたような理想のお姫様と王子様なんだもん。
ああ、はやく七号が来ないかな。
七号は、キモい白豚のモクリエールアレンに嫁がされたのだ。
そんな七号は今日、国一番の美男子であるロスベール様に溺愛される、天使のように可愛いあたしを見ることになる。きっと羨むだろう。悔しがるだろう。
女の子の幸せを、存分に見せつけてやるんだから。
ざまぁみろ。
そう思った、その時。
「すみませ〜ん、ちょっと遅れましたぁ〜」
間延びした若い男の声がしたかと思えば。
会場中の人々は、
「誰、あの美男美女!?」
「金髪の殿方もだが、黒髪の女性もすごい美人だな」
「しかもあの二人が着てる服のデザイン……あれは、サロン・ド・オーヤマの作品じゃないか……!! 完全紹介制で王族でも気に入らなきゃ断られるあの伝説のサロンの服を二着も……どんだけ金持ちなんだ……一体」
サロン・ド・オーヤマと聞いて、あたしは思わず「え!?」と声を上げてしまった。
だって、サロン・ド・オーヤマはロスベール様と行ったとき、店員に『只今予約で埋まってますので、空き次第こちらからご連絡します』と言われたから。
ロスベール様は『不敬であるぞ!! こんな店潰してくれる!!』とあたしのために店員へ怒鳴ってくれたけど、店員ってば生意気に『うちを潰したらファッション業界とお得意様の王族貴族を敵に回しますけど』って言い返したんだっけ。
思い出しただけでもほんとムカつく!!
そんな因縁を持つサロン・ド・オーヤマのデザインの服を着た金髪の美男子が、同じく斬新なデザインをドレスを着ている七号をエスコートしているのを見て、あたしの顔が憤怒で歪んだのは自分でもわかるくらいだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「カルミアの考えは、わかるっちゃわかるけど」
「ここからざまぁが来るのか⋯!」と
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