18.私は貴方を好いております(後半モクレン視点)
ロスベール公爵達から結婚パーティーの招待状を頂いた翌日の早朝。
私達は、馬車に乗って王都へと向かった。
馬車から見る王都の風景には背の高い華美な建物がずらりと並んでおり、道行く人の身なりも良い。
それに、軽食を売る出店もずらりと並んでおり、活気と人で溢れていた。
「王都は無事で何よりでした。だとすると、やはり新聞の内容は正確なものだったのでしょうか?」
私がそう言うと、モクレン様は
「う〜ん。……まあ、無事なら何よりだわな」
と馬車の窓枠に頬杖を付いて答えた。
モクレン様の表情は、明るい言葉とは逆に少し鋭い顔付きをしている。
……もしや、モクレン様は王都の状況を目にしている今でも、新聞の内容について疑問を持っているのだろうか。
私はモクレン様をじっと見た。彼はいつもの騎士服ではなく、ブラウンのシャツと白いズボンにベージュの靴を合わせたシンプルな格好をしている。
そして、私と、モクレン様の隣で爆睡しているレンゲ様も同様にシンプルな服装をしているのだ。
何故なら、これは
『兄貴達の結婚式は二週間後。その間、俺は色々と調査したいんよ。そのためには、兄貴達に俺等が王都に着いたってバレないよう、なるべく目立ちたくないのね。だから、一般市民っぽい格好で王都に潜入したいと思いま〜す♡』
という、モクレン様の策である。
一体、これからモクレン様はどうされるおつもりなのだろうか。
私がモクレン様を眺めていると。
「ん、どしたのツミキちゃん。俺に見惚れた? こう言うシンプルな格好も似合でしょ?」
「……それは、私のツッコミを期待したボケですか? それとも格好の評価をお聞きになりたいのですか?」
「ツミキちゃんも会話の手数が多くなったじゃ〜ん。……まあ、でも……今回は……後者が⋯⋯良いかな……なんつって、ぁはは……」
まだ爆睡中のレンゲ様に寄りかかられているモクレン様は、少し頬を赤くして私から目を逸らしつつ、いつもより明るく早い口調でそう言った。
「かしこまりました。格好に対する評価を述べます。モクレン様の健康的かつ程よい筋肉が発達している体格だと、シンプルなシャツとズボンも仕立ての良い高級な衣服に見えますね。大貴族の公子がお忍びで町に遊びに来た……と言う具合でしょうか」
「……もぉ〜……ド直球なんだからさぁ」
モクレン様は頬を赤くしたまま溜息をついた。
「ツミキちゃんさあ、そう言うの俺だけにしなよ? 君みたいなエグい美女にそんなこと言われたら、絶対勘違いするって」
「勘違い……ですか? それは、一体」
「……それは……えっと……つまり『この子、もしかして俺のこと好きなの!?』みたいなアレよ。アレ。……男ってのはすぐそうやって勘違いすっから、そこんとこよろしく」
「では、モクレン様も勘違いされているのですか?」
「ぇ、え!? そ、そこにもド直球ぶん投げる? デッドボールだってそれは……」
困ったように笑うモクレン様を見て、私にもっと会話の能力があればと思う。
そうしたら、モクレン様はもっと笑顔になってくれるだろうか。
「……それにしても。ツミキちゃんもさ、黒だけじゃなくて青も似合うもんだね。そのワンピースと白い帽子、すっごく良く似合うよ」
確かに、私はシンプルな青いワンピースと艷やかな黒い靴を履いており、頭には唾の広い白い帽子をかぶっている。
「ツミキちゃんの肌と目と髪がすごく綺麗に映えるね。正直、そこら辺歩いてる女の子の中で一番美女だと俺は思ってるよ」
「美女……ですか。モクレン様はいつも私を美女と褒めてくださいます。ですが、私には美しいと言うのを審美する心がありません。……美しいとは、一体何なのですか?」
「随分と哲学的な話をぶん投げてきたね」
「恐れ入ります」
美しいの定義が、私にはさっぱりわからない。
だが、美しいと言うのは最上級の褒め言葉であると言うのは知っている。
だからこそ、最上級の褒め言葉をモクレン様から頂いているのだから、その意味を知ってありがたみを感じたかった。
「そ〜だなぁ。……そもそも、何を美しいって思うのかは、人によると思うんよ」
「そうなのですか?」
「うん。……例えばさ、画家って花とか星空とか建物とか、他にも種を蒔く人とか愛人同士の喧嘩とか、色んなモンを美しいって思って描くわけじゃん。……だから、美しいとはこうだ!! って断定するのは不可能で、あくまで俺にとっての美しいを言語化するってことで、良い?」
「はい。お願いいたします」
モクレン様は腕を組んで馬車の天井を見上げつつ、『美しい』についてご説明下さった。
「俺にとっての『美しい』ってのは……。いつまでも眺めていたいし、もしその対象が物だったなら、傍に置いておきたい感じかな。……ほら、雨上がりの空に出た虹をずっと見てたいって思ったり、服屋に行って『この服良いじゃん』って気に入って買ったりする……みたいな? 浅い答えになっちゃったけど、俺にとっちゃそんな感じかなあ」
「ありがとうございます。……モクレン様が思う美しいとは、いつまでも眺めていたくて、それが物ならば所有して傍に置きたくなる、と言うことなのですね。では、モクレン様にとっての美女である私に対しても、そう思われるのですか?」
「……あ。……ま、まあ確かに……文脈的にそうなりますわね……。そりゃ、ツミキちゃんは物ではないので所有するってのは不可能だけど……でも、まあ……いつまでも眺めていたいってのは……当たらずしも遠からず……と言いますか……ねえ」
「私は、モクレン様を美しいと思います」
「え!? 突然の急展開!? 何!? どしたの!?」
モクレン様の説明で、わかったのだ。
初めて出会った馬車の中で、私がモクレン様の白金色の髪と紫色の瞳をずっと眺めていたいと思ったのは。
私におはようと挨拶して下さったモクレン様の笑顔を、ずっと見ていたいと思ったのは。
「私は、モクレン様を美しいと判断いたしました。……夜明けの空のような、紫と桃色が混ざった貴方の瞳。星を溶かしたような貴方の髪。……そして、貴方の蕩けるような笑顔を。⋯⋯私はずっと、眺めていたいと思うのです」
言葉が次々と出て来る。胸の内に溢れる言葉をモクレン様に全て伝えたいとそわそわしてしまう。
きっと、今の私の言葉はいつも以上拙く、ぐちゃぐちゃかもしれない。
それでも、モクレン様を美しいと判断したことを、どうしても伝えたかった。
「モクレン様、私は貴方を美しいと判断し――」
「わかった!! ありがとう! じゅ〜〜〜ぶんに伝わりました!! お願いだからもう勘弁してマジで! ……勘違いしそうになるから、ほんと」
「勘違い、ですか? さっき仰った『この子、もしかして俺のこと好きなの?』と言うやつですか? では、モクレン様は、私が貴方を好きなのでは……とお考えなのですか?」
「面と向かって言われると死ぬほど恥ずいけど……まあ、その……勘違いってのは、わかるんだけど、ねえ」
モクレン様は頬を赤くし、私から目を逸らした。
モクレン様は、私が彼を好いているのでは? と疑問に思っているらしい。
好いている、とは肯定的に思うことだと知識として知っている。
それならば、モクレン様を美しいと思い、彼の笑顔を見ると嬉しい状態になるのは、肯定的に思っているということだろう。
「私は、モクレン様を好いております。私は、貴方を肯定的に思っています」
「……そっか、ありがと」
私に好いておりますと言われたモクレン様は、下を向いて床を見つめたまま、困ったように笑った。
私がモクレン様を肯定的に判断したことは、彼を困らせてしまったのだろうか。
元々、モクレン様はロスベール公爵から私を押し付けられた状況である。
人の道を重んじるモクレン様は、私の事情に寄り添い肯定的なお言葉を与えてくれるが、その本心はわからない。
モクレン様は、私をどのように判断しているのだろうか。彼の心が知りたい。
誰かの心を知りたいと思ったのは、初めてだった。
◇◇◇
「レンゲくん、今から面倒臭い話するけど、聞いてくれる?」
「いーよ。どしたのモクレン氏」
王都に着いて、宿に泊まったその日の深夜。
ツミキちゃんが個室で眠っている一方。
俺はレンゲくんと共に、個室に面した廊下にある、ちょっとした広場に置かれたソファーに座って、ほろ酔い程度の酒を飲んでいた。
「なあ、レンゲくん。……俺、今日……ツミキちゃんに好きって言われた」
「そりゃ良かったねぇ」
レンゲくんはいつもの穏やかな声でそう言ってから酒を飲んだ。
絶妙に雑な態度が心地良い。
「この好きってさ、女として男の俺を性的に愛してますの意味じゃなくて、ピザトーストは美味えから好き的な意味だよな」
「うん、百そうだね」
「……だからさ、俺……思うんよ。ツミキちゃんが言った『好き』って言葉に付け入るのは絶対に駄目だって。……俺さ、女の子から好き好き言われてモテて来たから、そんな彼女達の好きと、ツミキちゃんの好きは全くの別モンだって、わかってんだよ」
「⋯⋯モクレン氏って軽そうに見えて結構重いよね」
「レンゲくんは逆に軽過ぎんだよ」
個性派美形のレンゲくんは来るものを拒まないため、恋愛遍歴は壮絶だった。
心優しく落ち着いた彼は鎮痛剤のような魅力があるから、クセの強い人物を引き寄せやすいのだ。
だから、付き合う相手はみんなレンゲくんへ病的に依存し凶暴化してしまい、最後には刃物沙汰になっていた。
一方、子供の頃のカルミア事件を引き摺る俺は、自分の顔を褒めてくれる女の子達に対し『お前やたらと俺の顔を褒めるけど、ガキの頃の俺に同じこと言えんのかよ』と不信感を抱くばかりで。
だから、言い寄ってくる女の子と健全な意味で遊ぶことは多々あれど、心の奥底では女性不信を抱いたままだった。
他人からは陽気な遊び人と陰気なヲタクくんの凸凹コンビと呼ばれていたが、実は真逆であった。
「なあ、レンゲくん。……俺さ、ちゃんとわかってるよ? ツミキちゃんはただ、俺に感謝してるだけだって。簡単に言えば、酷い環境にいた子供が『新しい親はご飯くれるから優しい』って思うのと同じって。……わかってる。わかってるよ」
「でも、嬉しかったんでしょ? ……色々と学習途中で色恋沙汰が毛ほどに分かってないツミキ氏に好きって言われて、付け入りたいほど嬉しかったんだよね」
「……うん」
レンゲくんの言葉がすとんと胸に落ちた。
やっぱり、レンゲくんは賢くて鋭い。
人が言いたくても言えない本心を見抜いて、適切な時にそれを突きつけてくるから、敵わない。
「俺、ツミキちゃんに好きって言われて、嬉しかったんだよね。……嬉しかったんだ」
ツミキちゃんは、血塗れでゲボ吐いた俺を支えて、野営基地まで運んでくれたのだ。
ツミキちゃんは、美しいというのがわからないのに、ガキの頃から変わらない髪と目を星や空のようだと言ってくれたのだ。
それに、ツミキちゃんは。
『貴方の笑顔を。私はずっと、眺めていたいと思うのです』
って、言ってくれた。
見た目を褒められることは飽きるほどあっても、笑顔を褒められたのは初めてだった。
ああ、顔が熱い。
これはきっと、酒のせいだ。
「⋯⋯俺、チョロくないし軽くも安くも無いんだけど」
「はいはい」
俺のダッッッルい独り言に、レンゲくんは軽い返事をしたのだった。
人の情緒を勉強中のツミキちゃんに、言葉巧みに付け入るなんて絶対にしたくない。
ロスベールの母親から
『人に付け入るのが上手い淫売女のゴミ息子』
と罵られた子供時代を思い出し、俺は母みたいにはならないと強く誓った。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「美しいの言語化って難しいよなあ」
「モクレン⋯⋯お前⋯⋯」と
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