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15・モクレン様の意外な一面

「ロスベール公爵のせいで騎士団の皆様がぶっ壊れた……!? それは一体……」



ロスベール公爵は、現在王都と浄化の聖女を護る聖騎士団を統括する騎士団長だ。


文武二道のロスベール公爵は、一人で傭兵百人分働きをすると言う精鋭達を数多く育て上げた実績を持つ。

その実力はユーフォルビア一族以上であると本人達は豪語していた。



だが一方、ロスベール公爵のせいでマグノリア騎士団の皆様がぶっ壊れていたと言うのは初耳だ。


驚く私へ、レンゲ様は書類に判子を押しながらこれまでのことを話してくれた。




「ロスベールはさ、表向きじゃあ数多くの天才騎士を育て上げた傑物……とか言われてるんだけど。アイツが育てた騎士ってさ、元々家が大金持ちで生まれた時から環境が整ってるエリート達だったんだよね」


「……確かに、聖騎士団の方々は皆、莫大な資産を持つ王族か上級貴族のお家柄でした」


「そーだよ。つまり、生まれた時から良いもの食べて、子供の頃から優れた指導者に鍛えられてるから、体の作りがまず良いんだよ。それに、代々天才騎士を輩出した家柄のお坊ちゃんらしく、運動神経の才能も親から受け継いでるってわけ。…………まあ、今風の言い方をするなら、親ガチャ最高ランク……みたいな?」




親ガチャ……と言う言葉の意味はよくわからなかったが、誕生する際にどの環境に生を受けるかと言うのを決める運……と言う意味合いだろうか。


何にせよ、聖騎士団の天才達は、良い生まれを掴めた運も持っていることはわかった。




「そんな親ガチャ最高ランクの天才ってさぁ、別に指導なんかしなくても、本人の才覚とそれを伸ばす環境と家柄パワーで勝手に出世するでしょ? …………でも、問題は……そうなれなかった大勢の人達なんだよ」




レンゲ様は鋭い目を伏せて、暗い声を出した。




「ロスベールはさ、自分に付いてこれる人達を勝ち組に、付いてこれなかった人を負け組にして、二つに階級分けしたんだよね」


「階級分け⋯⋯ですか?」


「そう。そんで、勝ち組にはより良い待遇を、負け組には雑な待遇を与えて、分断したわけ。その結果、イキった勝ち組が負け組を自分の召使いみたいにコキ使ったり、不当に扱ったりしちゃったの」


「そんな⋯⋯! なんてことを⋯⋯」




勝ち組は負け組に何をしても良いと言う差別階級が生まれても、ロスベール公爵は何の対処もしなかったのか。


確かに、結果を出した者にはより多くの報酬を出すのは当然であるし、競争があるからこそ人の世は向上する。

この国の魔法科学も、様々な流派が競い合ったお蔭で大きく発展したのは、歴史が証明しているくらいだ。



でも、だからといってロスベール公爵のやり方を手放しに称賛するのは戸惑いがある。



私は言葉に詰まり、レンゲ様の話を待つしか出来なかった。




「……まあ、ロスベール的には『勝ち組は負けないよう努力するし、負け組は怠惰な自分を見直し勝ち組になれるよう奮闘するから、結果として聖騎士団の向上に繋がる』って信念をお持ちのようだけど」




レンゲ様は全ての書類に判子を押したあと、私の向かいにあるソファーを雑に片付けてから腰を下ろすと、領収書の山の仕分けを手伝って下さった。




「生まれの良い貴族のお坊ちゃん達と、農夫や猟師や村人上がりの人達じゃ基礎から違うから。⋯⋯どれだけ努力しても、生まれ持った肉体の格差は変えられないのが現実だもの」


「⋯⋯ロスベール公爵はその差をご理解していたのでしょうか?」


「分かってないと思うよ。正直、ロスベールは本を一目見ただけで全部覚えられるイカれた記憶力と、恵まれた体格と驚異的な運動神経を持ってる大天才なうえに、きちんと努力してきた人だからねえ⋯⋯」




そう口にするレンゲ様は、困った子供の面倒を見るような顔で、眉を寄せて呆れたように笑った。




「ロスベール曰く『負け組になるのは努力不足の自己責任』だって本気で信じてるんだよ。生まれながらに全てが出来た人だから、出来ない人の気持ちがわからない。彼はね、努力すればみんな自分のように出来るって本気で信じちゃってるんだよ。⋯⋯だから、自分に付いてこれない人は努力不足の怠け者ってことになるんだ」


「そんな⋯⋯無茶な⋯⋯」




ロスベール公爵の信念とやり方は、ある意味究極の平等と言えるだろう。


聖騎士団を身分で分けたのでなく、自分に付いてこれる者とそうでない者を分けたのだから。


だが、残酷な個体差を理解せず、生まれながらの大天才である自分を基準にしてしまうロスベール公爵が良い指導者と呼べるのかは、謎である。



ロスベール公爵が正しいのか間違っているのか、私には判断が難しい。




「まあ、そんな感じで、優秀な指導者面してるロスベールの蔭で、負け組として勝ち組に差別されてボロクソに扱われて、心身ともにボロボロになって地元に帰った人達が大勢いたんだよ。勿論、マグノリア地方にたくさんね。⋯⋯……でも」


「でも?」


「そんな人達のために、当時学生だったモクレン氏が立ち上がったんだよ」




先ほどまで暗い顔をしていたレンゲ様は、ふっと緩く笑ってお話を続けた。




「モクレン氏ってば『実家から追い出された俺を育ててくれたのはマグノリア地方の人達だから』って、ボロボロになった人達の仕事先を作るためにマグノリア騎士団を結成しようとして、色んなとこ駆けずり回ってさ。……大学を卒業するための単位すら足りてない危機的状況だったのに」


「それは……かなり綱渡りですね。でも、モクレン様ならそうされるでしょう」




普段は飄々として緩い雰囲気のモクレン様だが、その身に宿る魂には熱いものがあると私は思う。


それはきっと、彼の祖母で育ての親であるホオノキ様の影響であるし、マグノリア地方の人々が持つ不思議な暖かさによるものでもあるだろう。


そんなモクレン様に、私はツミキと言う名を頂いたのだ。




「そっからのモクレン氏はまあ大変でさあ。兄貴のロスベールは従者を寄越すだけで一回も顔合わせてくれないし、親父と義理の母親は話にならないから、マグノリア地方の全権を持ってる死にかけのお祖母ばあさんを籠絡して『マグノリア地方の全権は愛しいモクレンちゃんに全部あげます』って遺言書に書かせたあと、持ってた私財を騎士団結成の為に全部ぶっ込んだんだ」


「それは……随分な大立ち回りをされましたね。……モクレン様がマグノリア騎士団の団長及び領主となった経緯は分かりましたが……肝心の大学の単位はどうされたのですか?」




大学を卒業出来ないと、騎士団団長や領主に就くのは難しいだろう。


しかも、卒業間際にそんな大立ち回りをしていたのなら、学業どころではない筈だ。


私が疑問に思っていると、レンゲ様は苦く笑って



「あん時のモクレン氏の立ち回りは……正直すごいを通り越して寒気がするほど怖かったんだよね」



と仰った。




「モクレン氏はさあ。まず教授と親しい学生達から教授達の行きつけの料理屋やバーとかを聞き出したあと、ボクを連れて『友達と来てました感』を出しながら偶然を装って教授に接近して、まるで部下や孫みたいな愛嬌を見せつつ相手に酒を飲ませまくって、懐に飛び込むどころかそのまま住み着くレベルの掌握をしたわけなんだよ」


「……それは⋯⋯なんと……」


「んで、教授達の心を愛嬌と酒で掴んだあと、自分は不貞の子と言う立場で苦労してきたとか、困ってる人達を助ける為に騎士団を結成したいって嘘泣きしながら語った結果、酒で判断能力無くした教授達がもらい泣きして単位をくれたから無事卒業ってわけ」


「ま、まあ……不貞の子と言うお立場や騎士団結成は……事実ですから……」


「モクレン氏がホオノキ氏に引き取られて真っ当に育ってよかったよ。でなきゃ今頃詐欺師として豚箱行きと思われ」


「……ご友人の割にはかなり鋭角なご感想を仰いますね……」




モクレン様の知らなかった側面を聞いて、私は開いた口が塞がらなかった。


朝の日差しを浴びてキラキラと輝く美術品のようなモクレン様は、あの柔らかい笑顔の他に巧妙な策士の顔を持っているのだろう。


そう考えると、モクレン様の卓越した言語化能力は、策士として振る舞う際に必要不可欠だと言える。


人と言うのは色んな面があるのだなあと、私はまた一つ人についての知識を得た。




◇◇◇




レンゲ様と領収書の仕分けを終えた頃、昼食時となった。


私達は部屋を後にし厨房へ向かったのだが、そこで料理を担当していたのはモクレン様だった。


勿論、モクレン様を手伝う騎士様達は数名いる。

そんな彼らへ指示を出しつつ笑い合うモクレン様の手には巨大な肉切り包丁が握られていた。


しかも、大きな豚肉の固まりを骨から切っておられるため、顔やエプロンには返り血が飛んでいる。


そんなモクレン様は私達に気付いて



「おお〜!! ツミキちゃん! レンゲくん! 今日の昼飯は白米とトマトのサラダとコンソメスープと豚肉を油で揚げたトンカツだよ〜! 養豚場のおっちゃんのご厚意で安くしてもらったんだわ! 絶対に美味いぞこれは〜!」



と笑顔で話しかけてきた。



そんなモクレン様へ、彼を手伝う騎士達は



「モクレン団長が一番得意な得物って、もしかして肉切り包丁だったりしません?」



と笑いながら冗談を言っている。


そんな彼らの溌剌とした顔からは、ロスベール公爵の元でボロボロになったと言う過去は見受けられない。




「えー!? 俺の得物肉切り包丁!? 騎士団長が持って良い武器じゃねえだろ〜。山賊とか裏社会のヤベェ奴のメインウェポンだろこれは」




モクレン様は笑いながらそう答えて、巨大な肉の塊を骨ごとぶった切った。




「どうせならこの国に伝わる伝説の神剣とかそう言うヒーローっぽいのが良いよなあ〜。ツミキちゃんもそう思わない?」


「……私にはわかりかねますが、肉切り包丁で肉を骨ごとぶった切ると言うのは、砕くのを目的とする通常の剣より遥かな殺傷力が見込めるうえ、見た目の凶悪さから威嚇の効果も期待できます。ので、肉切り包丁というのは有効な選択肢だと言えます」


「……そう言われてみると……確かに見た目が美術品みたいにカッコイイ神剣より、明らか調理用っぽい刃物を振り回される方が不気味だったりするかもな……」




モクレン様は「戦闘のエキスパートのツミキちゃんが言うならなあ」と納得してくださった。



そんなモクレン様に、レンゲ様は「二人って結構相性良いと思われ……ヤベェ意味で」と仰ったのだった。




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