13・アヴァンギャルドに着飾りました
「そう言えば、モクレン氏を助けてくれたお礼と自己紹介がまだだったね。まずは助けてくれてどうもありがとう。あの人がいないと、ボクら騎士団全員終了で、マグノリア地方はエンダーすると思われ」
「……エンダー……? とは」
ドレスのデザインが決まったあと。
私はレンゲ様に髪を整えて頂きながら、聞き慣れない言葉に戸惑うばかりだった。
「あ〜ごめん。エンダーってのは『終わり』って意味。プルトハデスのガジェオタ用語だよ」
「……なるほど。この世には色んな種類の言葉があるのですね」
「世界って広いからねぇ」
レンゲ様の持つ足の長いハサミは、サクサクと爽やかな音を立てて伸び放題な私の髪を切ってゆく。
小気味の良いハサミの音を聞きながら、私は鏡越しにレンゲ様を見ていた。
「あ、この赤い髪って切っちゃって大丈夫そ? 痛くない?」
「はい。この赤い髪は毒で変色しただけであり、それ以上でも以外でもありません」
「そっかそっか。そんなら良い感じに整えて、今流行りのメッシュみたいにしちゃおっか。せっかく良い赤色なんだし」
誰もが忌み嫌った赤い髪を、レンゲ様は『良い赤色』と呼んだ。
彼の不思議な感性に驚く。これがアヴァンギャルドなのだろう。
そんなレンゲ様のお顔立ちは、骨格は男性のものなのに、顔の作りは女性的という不思議な中性さをしている。
滑らかな所作や鋭い目元に差してある紅が、彼の中性的な雰囲気をより強めていた。
「髪に夢中で忘れてた。次は自己紹介だよね。ボクはレンゲ。サロンの息子で趣味は魔道具造りのガジェヲタでーす。騎士団で副団長やってて、雷魔法が扱えまーす!」
「雷魔法⋯⋯ですか? 光魔法については存じておりますが、雷魔法は聞いたことがありません」
カルミア様の存在で光魔法については少々知っていたが、雷魔法と言うのは初めて耳にした。
そんな私へ、レンゲ様は鋏を軽やかに動かしながら教えてくれた。
「雷魔法は最強の攻撃魔法って言われててね。でも、制御不能で集団戦だと絶対に扱えないんだよね」
「なるほど。⋯⋯では、単独で奇襲を仕掛けると言った作戦では重宝されるでしょうね」
「そんな感じー。話早くて助かるよ。⋯⋯えっと、ごめん、さっきのモクレン氏との会話で知ったんだけど、キミの名はツミキって言うの?」
レンゲ様は「話題飛びまくってごめんだけど」と言って、鏡越しに私の顔を覗き込む。
「はい。私はツミキです。この名は昨日の夜、モクレン様からご提案頂来ました」
「ツミキ氏か。りょ。…………このりょってのは了解の意味なので、そんな感じで。よろ」
レンゲ様はツミキ氏と仰ったが、この『氏』とはモクレン様から教えて頂いた『ちゃん・くん』みたいなものだろう。
そんなレンゲ様が仰る『よろ』も、『りょ』と同じで『よろしく』と言う単語の略版だろうか。
ヲタクと呼ばれる方々は、言葉を略して会話されるのかと疑問に思う。
だが、レンゲ様にはそれ以上の疑問があった。
「レンゲ様とモクレン様は、ご友人……なのですよね? どういったきっかけで、親しくなられたのですか?」
「そうだねぇ〜。モクレン氏とは、マグ大……マグノリア大学で知り合ったんだよ」
マグノリア大学……と言うからには、マグノリア地方にある大学だろう。
私はそう考えながら、レンゲ様の鋏捌きを見ていた。
「モクレン氏が商学部の一年生だった時。ボクは魔法科学科の大学院生で、教授補佐をやっててね。一年生達の課題や試験の採点とか、補習の講師役とかをやってたんだ。……んで、ボクが講師役の補習に、モクレン氏がいたの。それが出会い。そっからお互い卒業して、今はモクレン氏が二十三歳の騎士団長で、ボクは二十七歳の副官ってとこ」
レンゲ様はゆったりした口調で話しながら鋏を軽やかに滑らせ、私の髪を切っていく。
「大学院に進まれていたなんて……レンゲ様は博士とお呼びするのに相応しい方ですね」
「ありがと。でもまあ、ボクは頭は良くても社不だからさ。そんな畏まんなくて良いよ」
「……社不、ですか? つまり、社会不適合者と言うことなのでしょうか?」
言った後に失礼な質問をしたなと思ったが、レンゲ様は「そだよー」と緩く返事をしてくれた。
懐の広い方である。
「ボク、社不過ぎて就活無理ゲーだから院生やってたんだ。社会に出たくなくてさ」
「……そうでしたか。ですが、貴方は上流階級の方々相手にドレスや髪型をデザインされるサロンのご家庭出身ですよね? ご実家を継ぐ道は選ばれなかったのですか?」
私の髪を良い具合に整えて下さるレンゲ様は、とても手先が器用だ。しかも、衣装デザインの腕もある。
サロンを継ぐ才能は見受けられるのに、どうしてご実家を継がなかったのだろう。
「それは……ボク、上に三人姉ちゃんがいてさ。……全員バリバリのデザイナーで、しかも我儘で女王様気質で喧嘩が馬鹿強いヤベェ奴らなんだ。そんなのがいる家に帰ればボクは一生奴隷になると思われ。……姉貴を三人も持った弟に……居場所なんて無いから……」
「……そ、そうでしたか……」
私はそれ以上何も言えなかった。
こんな時、心があれば気の利いたことを言えるのだろう。モクレン様なら、どう声をかけられるだろうか。
そう悩んで言葉を詰まらせていると、レンゲ様は
「姉ちゃんが三人もいるとさ、玩具買ってもらう機会とか誕生日以外では皆無で。……だから、玩具代わりにサロンの魔道具を弄ってるうちに、立派なガジェヲタになってたんだよね」
と話題を明るい方向へ変えてくれた。
「それに、ボクがガジェヲタやってたからこそ、モクレン氏が『レンゲく〜ん、騎士団を結成すんの手伝ってくんね?』って卒業後の仕事先を用意してくれてさあ。……マジでモクレン氏には感謝だよ」
「そう言われてみると、私もモクレン様のお蔭で今ここにいます。……感謝してもしきれません」
レンゲ様も私も、モクレン様に助けられてここにいる。
不思議な巡り合わせだと思った。
そんなレンゲ様は、楽しそうに笑って
「よーし! 良い感じに髪も切ったし、次はドレスのデザインと仕立だー!」
と仰った。
◇◇◇
「モクレン様。ただ今ドレスの着用及び髪の整え作業が完了し、以下の通りの結果となりましたことをご報告いたします。調整点などがございましたらご意見をお聞かせください」
「とんでもないとんでもない! すっごく似合ってるよツミキちゃん! すっっっげえ綺麗だよ〜!」
「恐れ入ります」
レンゲ様に髪型を整えて頂き、アヴァンギャルドな黒いドレスを着て、自室で書類製作中のモクレン様に結果をお見せした。
「髪型の再現性、ドレスの機能性と防御性、ともに最高の性能をしており、魔獣を駆除するのに最適な装備と言えます」
整えて頂いた髪型は、頭や体を振っても邪魔にならないうえ、自分でも再現可能である。これなら朝の支度も時間がかからないから便利だ。
それに、ドレスの布は魔力を含む素材で出来ているため、守備力も魔法攻撃への耐性もある。しかも強力な防水加工があり、これならば返り血を吸って重くなることも無いだろう。それ以外にも様々な防御策が――――
「ツミキちゃんも良く見てみなって! すげえから! ほらほら!」
「!」
ドレスの性能ばかりに気を取られていた私の肩をそっと掴んだモクレン様は、私の体をくるりと鏡の方へと向けた。
すると、鏡には別人のような姿が映っているではないか。
「……これが、私……なのですか」
髪型を整え、ドレスを着て、化粧までした私は、確かに顔面や背格好は私である筈なのに、別人のようだった。
準備をしている間はまともに鏡を見る時間が無かったので、自分でもどうなっているか全く知らなかったから。
正直、ここまで変わるとは、想像もしていなかった。
「別人のようです。認識の処理が追い付きません」
赤い房を梳いて黒髪と馴染ませたあと、後ろでまとめてリボンと黒い羽で飾った髪型。
宝石やレースなどの高価な素材を使わず、色使いも黒と白と差し色の青紫のみと言う縛りながらも、見たことの無い形をしたアヴァンギャルドなドレス。
それらを纏った私は、昨日までの私とかけ離れていた。
生きながら死んでいる亡霊のような死神令嬢と言われてきたが、今の私はしっかり生きているように見える。
そんな変貌ぶりに言葉を無くしていると、モクレン様は鏡越しに微笑みながら仰った。
「この白と黒の強烈なコントラストが効いたドレスは、普通の美人じゃ負けちゃうね。……このドレスを着こなせるのは、ツミキちゃんが桁外れの美女だからだよ」
「恐れ入ります」
「いや、社交辞令じゃなくてね。これ事実だから、まあ……遠慮しないで受け取ってよ」
モクレン様は、気の抜けたように笑った。
◇◇◇
モクレン様に結果を報告したあと、私の髪を切ったりドレスを仕立てたりして散らかった部屋の掃除を申し出ようとしたが、レンゲ様に
『ボクとワルツがいりゃ秒で終わるから、ゆっくりしててよ。そもそも、今回はツミキ氏へのお礼なんだし』
と言われてしまい、私はモクレン様の自室に残ったのだった。
「モクレン様。何かお手伝い出来ることはございますか?」
私はモクレン様の机の隣にある椅子に座りながら申し出ると、モクレン様は
「そんじゃ、今はそこでボーッとしてて。ツミキちゃんも色々あって疲れたでしょ」
と笑って返事を返された。
「ほんっとそのドレス良く似合うね。良いじゃん」
「恐れ入ります」
頂いたドレスが本当に似合っているのかは、心無き私に判別が出来ない。
だが、レンゲ様の作品であるこのドレスに恥じない働きをするつもりだ。
「モクレン様。……レンゲ様のご厚意に応えるべく、マグノリア地方の安寧のために精一杯尽力致します」
「頼もしいことをありがとう。……でも、綺麗なドレス着られて嬉しい〜ってはしゃいでも、罰は当たらないよ」
「そう、ですね……」
私には喜びを表現して相手の厚意に応える能力が無い。
一体、何をどうしたら。
そう悩んでいると。
「そんなら、こう言うのはどう?」
モクレン様は椅子から立ち上がり、音響魔道具である蓄音機に手をかけ、ゆったりしたストリングスとピアノの美しい音色を部屋に響かせた。
「俺と一曲踊ってさ、そのドレスが綺麗に翻るとこ、見せてよ」
そう言って、モクレン様は私へ手を差し出した。
「私にはダンスの心得がありません。モクレン様にご迷惑がかかるかと」
「良いってことよ。人の渡世は持ちつ持たれつなんだから」
笑顔のモクレン様は、私の手を取りつつダンスの姿勢をご教授下さった。
「それじゃ、俺に合わせて良い感じに足動かしてみよ」
モクレン様の足の動きに合わせて、彼の足を踏まないよう恐る恐る足を踏み出した。
足元を見ながら体を動かすと、ドレスがふわふわと揺れたり、ひらひらと翻ったりする。その様子に目を奪われ、嬉しい状態になる。
……でも。
「そうそう、上手い上手い。ツミキちゃんは運動神経良いんだからすぐ出来るよ」
私の手を取り音楽に合わせて楽しそうに踊るモクレン様の笑顔を眺めているのが、一番嬉しい状態になったのは、とても不思議だった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「これが、私?は溺愛ものの王道だよな」
「良かったなツミキ⋯⋯」と
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