始まりはお別れ
「だ、旦那様が……」
いつも落ち着きある執事が震える声を詰まらせる。
それだけで嫌な予感が膨れ上がり、その予感通りに最悪の事態を告げられた。
「落馬により落命したと」
信じたくない事実は冗談みたいな響きをもって知らされ、それからの私、ガーティー・スミスの日常は一変した。
父方の親族は縁薄く、一番近しいのは兄となる伯父だけだと聞いていた。
いくつもの領地を越境して留学までした伯父は、その地で恋人を見つけて結婚をして定住した。
その結婚式で父と母が出会ったというのだから、ご近所の範囲に頼れる家はないどころか、私も双子の弟妹、リルムとプラムも遠い地の親戚とやらに会ったことすらなかった。
そんな中、救いとなってくれたのが、王城騎士様達だ。
父はささやかな領地の地主だけれど、身体が大きく、体術や剣術を趣味としているような人だったので、定期的に大領主様のところの騎士団へ外部講師として稽古に出かけていた。
その伝手で、騎士団関係者として葬儀を引き受けてくれると、訃報を聞いてから早い内にお悔みと提案をしにきてくれたのだ。
みっともないことながら、スミス家は全てが父頼りなところがあったから、我が家にとっては本当に救世主のような存在だった。
我が家、というよりは、私にとってという方が正確かもしれないけど。
私の父と母は、世間的に見ても稀なほど仲がよかった。
頼もしい父とふわふわした母は相性がよかったのだろう。
訃報を聞いて呆然としてばかりの母は、遺体と対面すると号泣に変わり、やがて虚ろに泣きすするようになった。
それは騎士様達と対面をしても変わらずで、誰もがその悲しみの深さに見ているだけでも苦しくなるようで……しかし、それも、すぐに同情よりも困惑の方が強くなる。
「あの、ご理解していただけたでしょうか」
「……」
いくら騎士団の関係者とはいえ、遺族の意思が優先される為、委託の証明書類をいくつか交わさないといけないそうなのだけど、決まりの説明をして、最低限の同意を得てからサインをしてもらわなければならないらしい。
しかし、向かい合う母は涙目で俯いているばかりで、聞いているのかすら怪しい。
だからといって、隣で申し訳なく話を聞き込んでいる私では、高等学年に上がったばかりの学生と跡取りでもないという立場のなさでサインをする資格もなかった。
結果、私が噛み砕いた解説をして、なんとか母の耳元で言い聞かせてサインをもらうという、二重手間をかけての作業となった。
一応、騎士様達からは訂正が入らなかったので、間違った理解ではなかったと思いたい。
本当なら、跡継ぎの弟、リルムも同席させたかったのだけど、妹のプラムと揃って引きこもり、気の済むまで悲しませてあげるくらいしかできなかった。
サインさえ済めば瞬く間に葬儀が整い、遺族の私達は、ほぼ参加するだけでよかった。
ほぼというのは、何度か挟まる遺族からの挨拶の場で、母が泣き濡れてしゃべるどころではなく、用意された文章は涙を吸ってぐしゅぐしゅになり、隣で支える私が何かを言わなきゃ収まらない空気になったこと。
おかげで、式が終わる頃には随分と大人な挨拶にかぶれた気がした。
ともかく、人生で初めての葬儀がこんなに早く、こんなに身近な人のものになってしまったという唐突さは、慌ただしさと共に現実感がちっとも持てなかった。
葬儀の後も、式に間に合わなかった遠方の弔問客がチラホラと、騎士様も訓練の未払給金だとか見舞金の書類を手にやってきて、何かと気を使ってくれた。
季節が学校の長休みとかぶっていたこともあって、忙しい中でも気持ちの整理をしている内に思い知ったのは、私って、なんにも役に立たないなぁということだった。
母が葬儀後も悲しみに暮れているから、執事やメイド達に何かと話しかけられるのは私になってしまうけど、最終判断は母でなければならず、その伝言ですら家のことなのに初めて聞くことも少なくなかった。
「はあ。こんなんで、学校始まったら、どうなるんだろう」
役立たずではあるのだけれど、母を一人きりにするのは心配だ。
それに、リルムとプラムも、同じ日に中等部が始まるというのに、ほとんど顔を見れていない。
どうやら、葬儀中、泣く暇のなかった姉が冷たく見えたらしくて、避けられているっぽい。
「はあ、どうしたものか」
薄情だと思われようと、私は否定できない。
あの日からずっと、ふわふわした心地が続いていて、多少落ち着いてからは悲しさよりも不安の方が日に日に募っていくばかり。
家族を思いやる余裕がないから、せめて、できそうなことをやって誤魔化しているだけだ。
「こんなことでも、何かに繋がるといいけど」
父の執務室を借りて私がしているのは、お悔みとして私達に声をかけてくれた人へのお礼の手紙だ。
一日に二・三通、印象に残っている言葉や気遣いのメモを見ながら、感謝の言葉を連ねていく。
これを始めたのは、友人からお悔みの手紙をもらったのがきっかけだ。
バカンス中だろうからと知らせなかったのに、どこから聞いたのか、さりげない気遣いの手紙をもらい、嬉しく読んでいる内に、ふと思い出したのだ。
父は仕事を家に持ち込まない人だったし、家に客人を招くことは少なくて、招いたとしても母が挨拶をする程度で、子どもを関わらせることはなかった。
それでも、私は知っていた。
父がここでマメに知人や友人達に手紙を書いていたことを。
「俺は口が上手くないからな」
私を膝に乗せ、どんな人に向けているのかを楽しそうに教えてくれたことは強く記憶に残っている。
そこで、顔を知らない弔問客ばかりで、失礼のないようにと必死にメモしていたことを思い返し、併せて父の手帳を元に手紙を書くことにした。
誰にも頼まれていないし、スミス家としてではなく、故人の娘として私的にしていることだから、レターセットの用意や投函の作業は全て自分でやっている。
父がすごく好かれていたこと、本気で別れを惜しんでくれていることが知れて嬉しかったし、救われた気持ちになれたことを伝えたかったから。
まあ、久々に街に出て一式を買い揃え、気分よく帰ってきた私と顔を合わせた双子には、より一層嫌われたようだけど。
そんな細やかな前向きな気持ちも、学校が始まる直前、書きかけの手紙をゴミ箱から見つけた時に再び変わってしまった。




