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第十九章 蝋梅蜜のできる頃

 緑も鮮やかで少し汗ばむようになった頃、ピングォはいつものように交易品や朝貢品の書類を見て気を揉んでいた。

 去年の夏に紅毛人が広州に運び込んだ朝貢品があるのだけれども、運搬の時に不具合が出たとか何とかで、ずっと広州で足止めされていた。その朝貢品をようやく都に運び込むという話が出たのは先月のこと。今月中にもその朝貢品が届くかどうか、気になって仕方ないのだ。

 それに、その朝貢品が無事に都に届いたとして、皇帝が気に入るものであるかどうかはまた別問題なのだ。運搬の時に不具合が出てそれを直すために広州に留まっていたと言うことは、きっと時計などの精密なカラクリだろう。皇帝はそう言ったものを好むけれども、好んでいるからといって全てを気に入るわけではない。このあたりが、ピングォはもちろん、きっと間接的に注文を付けられる紅毛人にとってなかなか難しいのだ。

 前回持っていった朝貢品は気に入ったようだけれども今回はどうだろうか。朝貢品を献上しに行く度に不安になる。紅毛人はたまにどころかわりと頻繁に、皇帝の意にそぐわないものを持って来たりする。そう言う事をされると、皇帝の加護のもとで貿易ができているという自覚を持って欲しいと強く思ってしまうのだ。

「はぁ……」

 色々なことに頭を悩ませて、髪を纏めている簪をいじりながらつい溜息をついていると、部屋の窓を叩く音がした。

 もしやと思い窓の方を見ると、いつものように蓋付きの籠を持って逆さまになったコンが、窓から覗いていた。それを見て、ピングォは倚子から立ち上がり、窓を開ける。

「また窓から来て。今日は何の用だい?」

 開いた窓からコンがひらりと部屋の中に入る。コンはピングォの顔をじっと見て口を尖らせる。

「なんか顔色悪いぞ? またなんか難しいこと考えてただろ」

「難しい……?

まあ難しいと言えば難しいね」

 ピングォは溜息をついて、今度広州から朝貢品が届くという話と、それを皇帝が気に入るかどうかわからず悩んでいると言う話をする。それに対してコンは、軽く笑ってこう言った。

「そりゃあ悩みもするだろうけどさ、ピングォが悩んでも手の付けようのない話じゃん。

なるようにしかならないって」

「なるようにしかならないのはわかってるけど、何かあったら私にも余波が来るんだよー……」

 どうしても悩みから抜け出せないピングォに、コンが持っていた籠の蓋を開けて中身を見せる。中には、栓がされた焼き物の徳利が入っている。

「これ、冬のうちに仕込んどいた蝋梅蜜。

仕上がったから持って来たんだけど、気分転換に丁度良かったかもな」

「蝋梅蜜……!」

 コンが徳利の栓を抜いて、ピングォに中身の香りを聞かせる。甘い水飴の香りに混じって清涼で純粋さを思わせる蝋梅の香りがした。

 蝋梅蜜は、新年を迎えたばかりの冬に咲く、蝋梅の花を水飴に漬けて夏まで寝かせたものだ。この時期に蝋梅の香りを感じると、心なしか涼やかな気持ちになるのだ。

 早速蝋梅蜜を食べる為にお茶を用意するよう誰かを呼ぶか。と言う話が出たところで、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「入りなさい」

 そろそろ休憩の時間だからジーイーがお茶を持って来たのかと思いきや、扉を開けて入ってきたのは紫色がかった茶色の急須と、茶杯をふたつ、それに餐匙を三本乗せたお盆を持ったウーズィだった。

「あれ? 今日はあなたなの?」

 ウーズィがお茶を淹れてくること自体はそんなに珍しくはないのだが、ジーイーの方が頻度が高いのでピングォが少し驚く。

 すると、ウーズィはにこにこと笑ってこう答えた。

「今日はコンさんが来る気配がしたので、私がお茶の用意をいたしました」

「おう、気づいてたか」

 まさか来たことを察せられているとは思っていなかったようで、コンが驚いたような顔をする。

「随分と、察しが良いね」

 ピングォがそう感心していると、ウーズィはにこにこと笑ったまま、コンが持っている徳利を見て言う。

「そろそろ蝋梅蜜が仕上がる頃かと思って……」

「なるほどな」

 ここ近年は毎年コンが蝋梅蜜を作って来てくれているので、それが目当てだったようだ。それにしても、察しが良すぎるというのには変わりがないけれど。

「もしかして、あなたも蝋梅蜜を食べたいの?」

 ピングォがそう訊ねると、ウーズィはにこにこ笑ったままだ。これは食べるつもりだなと察したピングォが、軽くウーズィの背中をはたく。

「こーのくいしんぼ」

「美味しい物は好きですので」

 ちゃっかりしたことを言うウーズィに、もう少し上下関係というものをわからせた方が良いと思いはするけれども、やはり良く懐いてくれている相手には、つい甘くなってしまうのだ。

 ピングォが部屋の長椅子に座り食台の上にお茶の用意をさせる。その間にコンに椅子をふたつ持って来て貰い、コンとウーズィを座らせた。茶杯はふたつなので、ピングォとコンの分だろう。ふたり分のお茶を注いで、徳利の中から餐匙を使って蝋梅蜜を掬いお茶の中に入れる。これ以上芳しいものはあるのだろうかと言うほど、いい香りが広がった。コンも同じようにしてお茶を飲んで、ウーズィはひとくちだけ蝋梅蜜を舐めて。こうしていると、貿易のことで悩んでいた頭がすっきりするようだ。

 ピングォは蝋梅蜜を持って来てくれたコンと、ほんの少しの微笑ましさを感じさせてくれたウーズィに、心の中で感謝した。

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