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第十八章 燻したお茶

 緑が鮮やかで、日差しは強くなってきたけれども爽やかな風が吹く頃。ピングォの元に、紅毛人の貿易船が出航したという話が入って来た。

 貿易船が出航したと言っても、去年広州に来た紅毛人達はまた来年のこの時期までそこに居座るので、全員が全員いなくなったわけではないし、双方の貿易品のやりとりもまだ続くけれども。

 それでも、とりあえず一息ついたという感じはあるので、ピングォはいつもより少なめの書類をまとめてその日の昼下がりを過ごしていた。書類を棚に戻して、椅子に座る。妙に清々しい気分だ。

 そうしていると、扉を叩く音が聞こえた。

「入りなさい」

 返事をすると、扉を開けて入ってきたのは紫がかった茶色い急須と茶杯を乗せたお盆を持ったジーイーだ。どうやらお茶の時間のようだ。

「そろそろ休憩の時間かと思い、お茶をお持ちしました」

「うん、丁度一区切り付いた所だよ。ありがと」

 ジーイーが机の上に茶器を置き、急須から茶杯にお茶を注ぐ。青く清々しく、どことなく甘い香りが立った。

 お茶の香りを嗅いで、ピングォが思い出したように言う。

「そういえば、だいぶ前に紅毛人はカビたお茶を燻して持っていくって聞いたけど、どんな味なんだろうね」

 その言葉に、ジーイーがピクリと眉根を寄せる。

「気になりますか?」

「気になるね。ちょっと飲んでみたい」

 好奇心から出たピングォの言葉に、ジーイーは深い溜息をついて返す。

「やめておいた方がいいですよ」

 こう言うと言う事は、ジーイーはあのひどいお茶を飲んだことがあるのだろうか。そう思うとますます飲んでみたくなった。興味があるというのは、純粋にどの程度ひどいか気になるというのもあるけれども、どういったものを輸出しているのか、確認しておきたいという気持ちもあるのだ。

「どうしてもだめ? たのむよ」

 じっとジーイーを見つめてそう言うと、ジーイーはまた溜息をついて念を押すように言った。

「わかりました。見本があるので淹れてきます。

ただし、どれだけ不味くても、僕の役職を下げるなんてことはしないと約束して下さい」

 その言葉にピングォは頷く。

「わかった。約束しよう」

「二言はないですね?」

「ない」

 それならば。と、ジーイーは一礼して部屋から出て行く。本当に気が乗らない様子だったけれども、そこまで気が乗らないほどひどい味のものとなると、逆に楽しみになってしまう。怖いもの見たさというものだろう。

 先程ジーイーが用意した美味しいお茶を飲みながら戻ってくるのを待つ。そしてしばらく待つと、扉を叩く音が聞こえた。

「入りなさい」

 返事をすると、ジーイーが沈鬱な表情で急須と茶杯を乗せたお盆を持って戻ってきた。なぜだろう、心なしかお茶には似つかわしくない匂いがする。

「こちらが、紅毛人が好んで買っていくお茶でございます」

 茶器を机の上に置き、急須から茶杯にお茶を注ぐ。注いでいるところを見ているだけでも、普段見慣れている黄みがかった緑のお茶とは違い、焦げ茶色をしているのがわかる。香りも、慣れた匂いとは違う、ともすれば異臭とも言えるものだった。

 恐る恐る茶杯に口を付ける。かび臭さと燻した匂いが鼻を抜けていき、味は苦さと渋さばかりで全く甘みがない。舌触りもざらついている。言ってしまえば、不味いのだ。

 茶杯一杯分を何とか飲み干したピングォがジーイーに訊ねる。

「紅毛人は本当にこんなお茶を買っていくのかい?」

 するとジーイーは沈鬱な表情で頷き、こう言った。

「これが紅毛人の国で多く飲まれている、一般的なお茶です。本当に上質なお茶はおそらく、この国で言うところの官僚や官吏くらいの地位の人でないと飲めないでしょう。

そうでない一般の、多少金持ちといった程度のひとは、こういった不味いお茶を飲んでいると考えられます」

 それを聞いてピングォも渋い顔をする。

「どうしてそこまでして、こんなに不味いお茶を飲むんだろうね」

 その問いに、ジーイーは話を続ける。

「ウーズィが聞いてきた話ですが、西の国ではお茶は貴重な薬として珍重されているそうなんです。

この国でもお茶の薬効は知られるところですが、西の国では遠方の国の神秘の薬という印象が強いみたいですね」

「なるほど」

 納得出来たような出来ないような、そう思いながらピングォはまた茶色いお茶を茶杯に注いで味を見る。やはり何度飲んでも不味い。

「これは、薬効を殺してるんじゃないかい?」

「そんな気はしますね」

 同意するようにジーイーも頷く。

 こんな劣悪なものをすすんで売りたくはないけれども、これで売れてしまっているのだから、行や買弁を責めることはできないだろう。以前聞いた話では、この様にする原因を作っているのは紅毛人なのだから、尚更だ。売れる物は売る。それが商売というものだろう。そうは思っても、つい溜息が零れる。

 ふと、ジーイーがぽつりと呟く。

「ウーズィが、紅毛人も美味しいお茶を飲んで欲しいと言っていました」

 それを聞いて、ピングォが訊ねる。

「あなたはどう思う?」

 ジーイーは少しだけ考える素振りを見せてから答える。

「僕も、美味しいお茶を飲んで欲しいと思います」

 これは思いやりから来る言葉なのか、この国のお茶を誇る気持ちから来る言葉なのかはわからなかったけれども、ピングォが美味しい方のお茶をひとくち飲んで言う。

「私も同じ気持ちだよ」

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