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第十七章 春の酒宴

 すっかり暖かくなり、庭の花も咲き乱れる頃。この日ピングォは仕事を休んで、部屋でうとうとしていた。

 頭に浮かぶのは幼い頃のこと。両親が今の自分と同じ仕事をしていて、忙しい中でも自分に構ってくれて、すこしずつ仕事を教えてくれていたあの日々だ。

 ふと目を開ける。窓からは明るい日差しが入ってきている。今寝そべっている長椅子まではしばらく陽が届かないだろう。暖かい空気に包まれてうたた寝するのはなんて心地良いことか。

 そう思っていると、突然部屋の外からがやがやと声が聞こえてきた。何かあったのだろうかと目を覚まし起き上がる。耳を澄ませると、その声はだんだん近づいてきていた。

 なにか屋敷や外で厄介ごとでもあったのか。そう思って身構えていると、部屋の扉を強く叩く音がした。

「姐さん! 姐さん!」

 聞こえてきたのはチュンファンの声だ。ピングォは表情を引き締め返事をする。

「入りなさい」

 すると、チュンファンが勢いよく扉を開け、額をぶつけ、部屋の中に入ってくる。左手には酒瓶を、右腕には蓋付きの籠を持ったコンを抱えていた。

 どう言う状況なのかがピングォにはわからない。まさかコンが悪いことでもしたのだろうかと思っていると、チュンファンが満面の笑みで酒瓶を掲げてこう言った。

「姐さん、今日休みでしょう。庭で酒盛りでもどうですか! いいでしょう?」

 酒盛りと聞いてなるほどと思う。たまたまなにかの用事で来たコンを見つけて、既にどこかで飲んで出来上がっているのだろう。

 うたた寝をするのは心地よかったけれども、庭の花を見ながら酒を飲むのも悪くない。なにより、チュンファンの大声で眠気はすっかり覚めてしまった。

「庭で酒盛り? 花見酒かい?」

 長椅子から立ち上がりそう訊ねると、チュンファンとコンがこくこくと頷く。本当なら、立場を弁えさせなくてはいけないのだろうけれども、たまには交流を深めると言うことでこう言うことがあっても良いだろう。それに、こうやって甘えるようにお願いされてしまうと、弱いのだ。

「わかった。庭に行こう。あとコンのことを下ろして」

「わかりやした!」

 ピングォの言葉にチュンファンはコンを腕から下ろし、早速部屋を出る。それから、そういえば。とコンが持って来た籠に目をやる。

「今日は何を持ってきたんだい?」

 そう訊ねると、コンは籠の蓋を開けてピングォに見せる。

「今回は玫瑰餅。良い薔薇が採れたからさ」

「へぇ、いいね」

 コンの持ち物を確認したところで、庭に行く前に厨房に寄る。そこにいたジーイーとウーズィに声を掛ける。

「これから花見をするからなにかお菓子とお酒をそこから持っておいで。

杯の数は五つだ。ジーイーとウーズィもおいで」

 突然そんな事を言われたジーイーは驚いた顔で一礼をする。

「お誘いありがとうございます。早速準備させていただきます」

 ウーズィも一礼をしてから、ジーイーに話し掛けている。

「兄さん、お酒はこの米酒を持っていきましょう。お菓子は緑豆碰でどうでしょう」

 そんなやりとりをして手早く準備をしたふたりも、厨房をできてきてピングォについて歩く。少し薄暗い廊下を歩き庭に出ると、春の日差しで溢れ、色とりどりの花が咲いていた。

 庭の中の開けた場所に、コンが持参した敷き布を広げ、皆でその上に座る。

「今日は、コンも一緒なんですね」

 ちらりとコンの方を見たジーイーがそう言うと、コンがにやりと笑って口を開く。

「ん? 俺がいるの嫌?」

「そう言うわけじゃないけど。コンの作るお菓子は美味しいし」

 そうは言う物の、ジーイーは微妙に複雑そうだ。このふたりは何だか難しい距離感なのだなとピングォが思っていると、手元の杯にチュンファンが酒を注いでくる。

「難しいこと考えんなって。飲もう飲もう!」

 ピングォもそれに続けて言う。

「そうだよ。細かいこと気にしたって、つまんないだろう」

 それを聞いて、ジーイーははにかむ。

 全員の杯に酒が注がれて、乾杯をして杯を煽る。辛く爽快で透き通った酒の味は、周りの花々を鮮やかに見せてくれた。

「姐さんもう一杯、もう一杯どうぞどうぞ」

「おや、ありがと」

 この調子だと次から次へとチュンファンに注がれるなと思ったピングォは、少し飲む速度を落とす。その様子を見ながらなのか、チュンファンは上機嫌で酒を飲んでいる。微妙な空気になっていたジーイーの方を見ると、ウーズィとコンに挟まれてあっちを向いたりこっちを向いたりと忙しそうだ。

「兄さん、緑豆碰ですよ。あーんしてください」

「玫瑰餅もあるぞ。ほら、あーん」

 左右からお菓子を差し出され、酒を飲む間もなく口の中にお菓子が詰め込まれていく。両脇のウーズィとコンは、酒を飲みながらその様子を楽しんでいるようだった。

 皆が楽しそうで何よりと思いながら、ピングォもコンが作ってきた玫瑰餅とウーズィが用意した緑豆碰を食べる。どちらもしっかりと甘いのにしつこくなく、後引く味だ。

 たまには、こんな花見も良い物だとピングォは思う。見ようによっては、チュンファンや目の前の兄弟をえこひいきしているように見えるかも知れないけれども、人一倍自分を慕ってくれているチュンファンと、長い付き合いのジーイーとウーズィは、確かに自分にとって、他の使用人よりは特別なのだ。

 コンは成り行きでここにいるけれども、お世話になっているし、たまにもてなすくらいは許されるだろう。

 春のこの日は、とてもとても暖かだった。

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