○○○年 九月 十三日
この日は、ある噂が盛り上がる日でもある。かつてガレイレア大陸にあった二つの帝国──一つはすでに失われているディオスカイア帝国、そしてもう一つは、今でも名前はあるが──帝国としての性質は失われているファーレオン帝国。
噂になっているのは現在でも存在する大きな国、ファーレオンに纏わるある民間伝承で──それには歴史を紐解く必要があるが、今回は省略して説明しましょう。
この帝国は一時、帝国の六百年以上続く歴史の中の本当に短い期間の事だが、魔女の手によって支配された事があるのだ。
魔女の名はルディアステート。この魔女が強力な魔力と魔法によって成し得たのは、大陸各地に居る魔女を集め、魔神を使役する禁断の術や、魔神の力を植付けられた魔人と言うべき「新しい魔女」を作り出して、支配力を強化した事である。
しかし、彼女らの支配はファーレオン──その当時の名を「ラクスバール」といったが──その国の若き領主と、彼に力を貸し、現在では「光の魔女」と呼ばれているセルラーシェス等の力によって、魔女王ルディアステートは倒されたのでした……めでたしめでたし──
ではない、この「黒き魔女ルディアステート」の第一の配下、恐るべき魔神の力を植付けられた「魔人アイラス」の民間に伝わる噂が、六百年も囁かれているのである。
それは彼女が滅ぼされてはいない、というところから、この話は真しやかに囁かれて広まったと考えられているのだ。
確かに若き領主──後に彼が帝国ファーレオンと名前を変え、その初代皇帝となった「ザッハレーグ・イングレルム」は、光の魔女セルラーシェスと共に魔女王ルディアステートを打ち倒したが、その第一の側近であるアイラスを倒したという記録が、無いのである。
帝国設立後すぐにザッハレーグの密偵が放たれ、各地で起こった戦いの記録を収集したが、アイラスが打ち倒されたという記録は見つからなかったとされていて、つまり今でも、彼女は魔神の力で生かされており、魔女王が打ち倒された九月の十三日になると、魔女王ルディアステートの復活を目論んで彷徨い歩いている──
というお話だ。
しかし今では、魔女王によって作り出された魔神の力を宿した魔女たちも、後の帝国ディオスカイアとの大戦で人間側の味方をしたことで赦されており、彼女らの子孫は、その大戦で不毛の地となった荒れ地に住み、開きかけている異界への門を閉じることに協力しているのだ。
根拠の無い噂に尾鰭が付いただけだと思われるが、この伝承は「夜に出歩いていると、不死の魔女に襲われて喰われてしまう」といった子供への注意喚起に用いられる様になったのだろう。
今回の話で出ている魔女の事は『剣の魔女と英雄志願』とリンクするお話です。
初代皇帝の話や、現在(この『ある受付嬢の非公開日誌』の数年後に当たる)の帝国についての物語も、あるにはあるのですが──




