等活地獄の3人組
「あいつ、やめちゃうのかな」
一本角がぽつりと言った。しかし、地獄の喧騒にかき消されて、デコ目には聞こえなかった。
地獄の喧騒なので、休日の原宿のザワザワの1億倍といったところだろうか。あるいはデスメタル系のバンド1万組が機材をぶっ壊す覚悟で、一斉にライブをやり散らかしている感じだろう。1万人分のデスボイスに1万人分のディストーションやらオーバードライブやら何やら。アンプ爆発。ギターを床に叩きつけてドーン。
そんなだから、誰かがぽつりと独り言を漏らしたところで、オーケストラの指揮者クラスに耳が良くても聞こえないはずなのだ。
デコ目も何か考え事をしているらしく、ぼんやりと遠くを見ていた。
「うんぎゃー!もうイヤだ!助けてくれー!」
大声で喚き散らかしながら、もともとは服だっただろうボロボロの布を着た人間が走ってきた。釜の中でぐつぐつ煮込まれていたのだが、必死に泳いで脱出してきたらしい。
ボロ布人間は、やみくもに走ってデコ目の前まで来た。すると、ぼんやり遠くを見ていたデコ目の、額についていた目がカッと見開かれた。
と思ったら、さっと腰を落とし、低く構え、手に持った鉄の棒を、勢いよくスイングした。一陣の風が起こり、棒はボロ布人間にクリーンヒットした。
悲鳴を上げるまでもなく、ボロ布人間は粉々に崩れてしまった。
まわりを見ると、同じように棒で叩かれて粉々になった人間の欠片がたくさん落ちていた。
「そろそろ来るな……」
デコ目が遠くを見た。一本角も何かを感じたらしく、同じように遠くを見ている。
すると間もなく、ひんやりと冷たい風が吹いてきた。風に吹かれた人間の欠片が、もやもやと溶け出す。溶けたそれらは互いにくっつき始めた。
「ター〇ネー〇ー2」の敵キャラクターT〇000が、液体窒素で凍りついたところをグレネードランチャーでぶっ飛ばされてバラバラにされた後、さらに溶けてくっついて元の姿になるみたいなイメージだ。
もやもやと溶け出した破片は腕になり足になり、胴体になり頭になり、それらがくっついて元の人間の姿に戻った。さらに両手の爪がグングンと伸びて鉄に変わる。
「あ痛!」
爪があまりに長く伸びすぎて距離感が分からず、目の前にいる人間に突き刺してしまったらしい。
「あ、ごめんごめん」
こりゃまた失敬、といった感じに頭を掻こうとして、今度は後ろに立っていた人間に爪を刺してしまった。
「この野郎!」
刺された人間にも長い鉄の爪が生えており、相手を突き刺し返した。
「だから、ごめんて!」
言いながら、また刺し返している。そんないざこざがあちこちで起こり、辺り一面、爪フェンシング状態になった。血で血を洗っている。それはもう、ジャブジャブと。
その向こうでは楽しいキャンプファイヤー1京個分の猛火が上がっており、ぐらんぐらんに煮えたぎった釜が乗っかっていた。人間が猛火で焼かれたり、釜で煮込まれたりしている。
地獄絵図。ここは地獄だから。
説明しよう!
地獄は8層仕立てになっており、罪が重いほど下層の地獄に落ちることになっていた。長い長い時間をかけて恐怖を味わいながら落ちていくのだ!
一本角たちがいるのは等活地獄と言って、1番上の地獄だった。
「ギャー!死ぬー!んぎゃ」
人間がまた、目の色を変えて逃げてきた。そのままの勢いでトラパンツに正面から激突した。それゆえの「んぎゃ」なのだった。
「だからー」トラパンツが人間の首根っこをつかんだ。
「死んだからここにいるんでしょう?」人間の体が宙に浮く。
プルプルプルプル。人間がチワワみたいに震えだした。
「行ってこぉーい!」トラパンツが大きく振りかぶって人間をぶん投げた。
「いってきまぁぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
人間の絶叫は長く尾を引いて、ピュー、どぼん。ぐらんぐらんに煮えたぎった釜の中に落っこちた。
「ねえねえ」
トラパンツがデコ目の肩を叩いた。デコ目は手に持った鉄棒で人間たちをぶっ叩くので、忙しく働いていた。
「ねえねえったら」
トラパンツが大きな手でデコ目の両肩をわしづかみにした。両手の自由を奪われたデコ目が、ようやく、
「なんだよっ!」
と、怒鳴った。その脇を人間たちがバラバラと逃げていく。と言っても、ここにいる獄卒は3人だけではない。他の連中が鉄棒や鉄の杖を持って、いたるところにスタンバイしているのだ。
「なんだよぉ。そんなに怒らなくったって良いだろう?」
トラパンツがしょげる。
「なんだよっ!こっちはお前と違って忙しいんだよ!話があるなら早く言え!」
「そんなにさぁ、一生懸命に働いてさ、出世したいんだね。でもさ、出世しちゃったら、おいらと離ればなれになっちゃうよ?良いの?おいらはイヤだな」
トラパンツが目をうるうるとさせ、デコ目も一瞬もらい泣きしそうになってソッポを向く。
「ああもう!聞いてやるから、ほら言えよ!」
トラパンツが嬉しそうにニッコリし、デコ目は照れて赤くなる。そこへ、興味津々といった風情で、一本角もやってきた。
「なに恥ずかしがってるんだ?もしかして告られたのか?」
「違うよ!」
デコ目とトラパンツの声がハモッた。
「だって、そうやってずっと見詰め合ってるから」
一本角が指摘する。たしかに、トラパンツはデコ目の両肩をずっと掴んだままだった。
「離せよっ!」
デコ目が怒鳴り、トラパンツは「ごめんごめん」と言って手を離した。
「で、話ってなんだよ」
「あれぇ?なんだっけ?」
「怒るぞ!」デコ目が鉄棒を振りかざし、トラパンツが悲鳴を上げる。彼の視線の先を髪の長い派手な顔をした女が通った。
「あ、そうそう、思い出した。あの女がね、生きてたときに猫を飼っていたらしいよ」
一本角とデコ目が、「は?」と、顔をしかめた。訳わからん。何の話だ。
「てか、お前。罪人と喋っちゃダメだって言われてるだろ!?」
一本角が詰め寄る。トラパンツはしょげかえる。
「だってぇ、あの女がさ、トラちゃんに会いたいって、泣いてたからさぁ。おいらのことかと思って」
「んな訳ねぇだろ!」
一本角とデコ目がツッコミでハモッた。
「それでねぇ」トラパンツが目を輝かせる。「猫ってマタタビを食べると酔っ払っちゃうんだって」
「は?」一本角とデコ目が、また顔をしかめた。
「だからぁ。猫はね、マタタビというのを食べると酔っ払っちゃうんだってば」
「だから、それが何だって……あ」
デコ目が目を見開いた。すごい目力だ。トラパンツが嬉しそうな顔になった。
「マタタビというのを、あの黒猫に食わせて酔っ払っているうちに縛り上げて、どこかに閉じ込めておけば」
デコ目が言い、一本角も目を輝かせた。3人のテンションが上がる。ジャマされずに西馬のやっているバーというのを見に行ける。
あの謎の道具でどうやって折檻したりしているのだろう。あの狭い空間でスペシャルな折檻をしているに違いない。閻魔大王がたまに来るらしいから、きっと相当なのだろう。
デコ目はその技を盗んで、自分の出世の役に立てようと考えていた。残りのふたりは単なる好奇心だった。
ただ気がかりなのは、西馬の様子がいつもと違ったことだった。いつも同じようにヒゲを剃り、水を汲み、よくも飽きないものだと話しながら3人は木の陰から覗き見ていたのに、さっきはそれをやっていなかった。バカみたいに空なんか見上げていた。
その後で黒猫にせっつかれて、いつもの業務に戻ったことを、この3人は知らなかったのだ。
「あ、でも」と、デコ目が言った。「そのマタタビってのは、どこにあるんだ?」
「あ」トラパンツと一本角がぽかんとなった。
「んぎゃー!もうイヤだー!」
人間が走ってきた。デコ目は鉄の棒を構えてフルスイングした。そうして、各々、いつもの仕事に帰って行ったのだった。




