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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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蜘蛛と猫と男と

「思い出したか」


 ふいに声がし、西馬はハッと我に返った。そして思い出した。ここはあの日の道端ではない。地獄からそう遠くない、説明しずらい場所にあるバーの中なのだ。

 ただ、あの時の苦々しい気持ちが妙にリアルに胸に残っている。いやな感じだ。

 カウンターの上では、黒猫が西馬の顔を覗きこみながら、にやにやと笑っている。まるで西馬の心の内を見透かしているかのようだ。つくづく、いやな猫だ。可愛げの「か」の字もない。もとい、「か」の一角目の部分ほどもない。

 その前足の間では、背中に星の印の入った蜘蛛が、全部の足を可能な限りに縮めて、西馬の表情を伺っていた。


「こいつがなんで、こんなところに、こぉんな姿でいるか教えてやろうか」


 蜘蛛がとっさに黒猫の前足にすがりついた。必死な様子だ。しかし、痛くもかゆくもない。黒猫が前足を振ると、蜘蛛は尻から糸を出しながらカウンターの上に落っこちた。

 西馬は何も言えないまま、ただ立ち尽くしている。胸のうちには嵐が吹き荒れていた。

 目の前に宮脇がいる。しかし、蜘蛛の姿になっている。モデル並みの体型で洒落ものでイケメンだった宮脇が。女の子をとっかえひっかえして、はべらせまくっていたあの男が。西馬のことを利用して、いとも簡単に切り捨てた憎いあん畜生が。


 ほんとの虫けらだ。小っさ!それに、尻から糸なんか出しちゃっている。情けない姿だ。バン!ってやったら簡単に潰れてしまう。

 西馬は、気持ちの持って行きようが分からなくなってくる。どんな顔をしたら良いのかも、もう分からない。怒りきれない。憎しみきれない。混沌。顔面がカオス。


 西馬の視線に耐えられなくなったのか、蜘蛛はくるりと背を向けた。その前に、わざわざ黒猫が立ちはだかる。蜘蛛は行き場をなくして肩をすくめる。


「こいつな、中毒死したのだ」


 黒猫が前足の先で、蜘蛛の頭をちょいちょいと突いた。


「具体的に言うとな、急性薬物中毒だ。つまりクスリをやりすぎて、ぶっ飛んで死んだのだ。はっ!」


 黒猫がぐっと身を縮め、もうちょっとで蜘蛛を咥えられる、というところまで近づいた。蜘蛛が震えている、ように見える。


「くだらん死に様だ。虫けらになって当然だな!」


 ほんとドS。


「しかも、こいつは今、大事なものがついていないのだ。こっちに来てすぐにな、食いちぎられたのだ。あまりに邪淫がすぎたのでな、その罰として。な、そうだろう?ぐははははは」


 黒猫はいよいよ嬉しそうに不気味に笑った。大きく口をあけ、真っ赤な舌を見せると、蜘蛛はいよいよ身を縮めた。じりじりと後ずさりしている。いや、じりじりとしか動けないらしい。腰が抜けている感じだ。蜘蛛に腰があるとは思えないが。


「おい」


 西馬が顔を上げる。黒猫の鋭い視線とぶつかった。


「なんでこの虫けらがここにいると思う?」


 黒猫の瞳が、西馬を試すように光った。西馬は、考えたが分からなかった。


「これはな、わしからのプレゼントだ。お前、こいつに復讐したいのだろう?」


 ギクッとしたのは蜘蛛だけではなかった。西馬も、同じタイミングで肩を跳ねさせた。

 いかにも、おそるおそる、といった感じで、蜘蛛が西馬のほうを向いた。その顔には明らかな恐怖と、情けを乞うような色が混じっていた。

 こんな顔を、人間として生きている時に一度だってしたことがあっただろうか。思い出せない。そんなキャラクターではなかった。


「今なら、お前が手を伸ばせば、ひと思いにひねりつぶせるな」


 黒猫の言葉は、稲妻のように西馬の胸に突き刺さった。復讐、そんなことを考えたことがなかった。しかし、自分はこいつに復讐をしても罰は当たらない立場だ。


「迷うことなどないだろう?なぁ、こいつのせいでお前は地獄に落ちたのだから。そうだろう?遠慮なくやればいい。その後、どうなるか分かるか?」


 西馬は首を横に振る。黒猫は不気味に微笑みながら続ける。


「わしがこいつを同じ姿に蘇らせてやる。フッとな、息をひと吹きしたら元の姿に戻るのだ。そしたら、もう一度、潰してしまえ。わしは、お前がもう良いと言うまで、何度でも蘇らせてやる。お前は気が済むまで、何回だってこいつをひねり潰せるのだ。ほら、やりたいだろう?お前の人生を狂わせた張本人だものな、こいつは」


 蜘蛛が小さくなっている。その尻から、プリッと糸が出た。


「腑抜けか」


 黒猫がおどろおどろしい声で言った。


「お前はやられたらやられっぱなしの腑抜けか。それとも腰抜けか?ふふ。そんなだから、こんな虫けらに良いように利用されたのだな。なーるほど」


 西馬はぐっと拳を握った。さすがにそこまで言われる筋合いはなかった。蜘蛛を叩き潰すぐらい、どうってことない。そう自分に言い聞かせたところで、黒猫の耳がぴくりと動いた。パッとドアのほうを見る。


 カランコロン。


 ドアが開くや否や、黒猫の声が豹変した。文字通りの猫なで声で、


「いらっしゃいませぇ。閻魔大王様ぁ~ん」


と言ったのだ。ごろにゃーん、という感じに。

 その隙をついて、蜘蛛がカササササと逃げ出した。かと思ったら、尻から糸を出して床に降り、ドアに向かって一直線、そのまま闇の中に逃げていってしまった。

 黒猫はそんなのお構いなし、ただ閻魔大王の足元にすり寄っている。


「どうした。死人のような顔をして」


 閻魔大楼が西馬に言った。いやだから、死んだので、こっちの世界にいる訳です。どうやら、これは閻魔大王のジョークらしかったが、西馬は笑えなかった。



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