8.王子様の独り言
遠ざかっていく双子の魔女を、ぼくは苦笑しつつ見送った。
こんな時でも接待をやめない長老を見上げる。
「いいのかい? すごく怒ってるみたいだよ」
この森で一番古いりんごの樹は、自分の孫の孫の孫の、そのまた孫くらいに若い樹がふたりの騎士として背後に付き従うのを止めなかった。おかげで……そのせいで、というか。哀れな王子さまは太陽の魔女の背中さえ見えなかったらしい。慌てて追いかけていく彼の後ろ姿が、いつか見た少年時代と重なる。
ぼくは風に近しい魔女なので、森と本当に会話することはできない。でも、今の森は珍しくばらばらだと感じた。どっしり構えて静観する長老たち、積極的に変化を呼び起こす魔女の幼なじみ(同世代という意味合いでこう表現する)、とにかく魔女の言葉に従う若者たち。
捨てられた赤子の無意識のまじないによって、森は彼女たちの保護者として自我を持った。ふたりのために動くとき、多くの場合、その意思は統一される。ここまではっきりばらばらの行動をするなんて、たぶん初めてのことじゃないだろうか。魔女の混乱ぶりがわかる。
きっと、これもあの青年がもたらしたものだ。
ヒトの世界に疲れた時、少しだけ休ませてもらうために、ぼくはここを訪れる。人間にはできないひとつの生き物、ひとつの循環としてのこの森は、ひどく静かで、永遠に近い停滞だった。
静けさと植物を象徴する姉のユウヒ、動きと獣たちを象徴する妹のアサヒ。
対比され、同時にひとつの同じ生き物であるその魔女を、ぼくらはかつて双頭の魔女と呼んだ。
森に育てられた双子の魔女は、ヒトが恐れ、あるいは畏れるには十分な異形だった。
ふたつの頭、ふたり分の脚、一対だけの腕。
ちょうど肩からへそのあたりまで、皮膚も内臓もつながった赤子は、忌み子と罵られ捨てられた。かつては豊穣の巫女だとか現人神だとか、ともかく神聖なものとして祀られていた時代もあるのに、人間は勝手だ。冥府の門番として三頭犬を恐れ、神の形の一つとして合成獣を崇める。
木々や獣たちしか知らないふたりに、ヒトの言葉で会話することを教えたのはぼくだ。善いことか悪いことかはわからない。ぼくはただ魔女の先達として、ぼくがかつて教えてもらったものを教えるために、自分の都合で言語というものを押し付けたのだった。
でも今、きわめて人間的に……感情的にふるまう双子やこの森が、ぼくは決して嫌いではない。ざわめく森と、風が届けてくれる言葉の数々に、思わず笑みがこぼれる。
たくさんのことを教えてきた。
魔女の生き方。約束を守ること。贈り物には感謝と返礼を忘れないこと。
伝わらなかったこともたくさんあるけれど、どれも懸命に学ぼうとする姿勢が好ましかった。
今度はぼくがふたりから、あるいは三人から、教えてもらう番かもしれない。
アサヒ、ユウヒ。
ぼくの愛する妹たちへ。
「愛を教えて。真実の愛を。見つけたらぼくに教えてほしい。どんな形だってかまわない。きみたちの愛ってどんなのだろう」
求愛の魔女はそっと本懐を明かす。
……しょうがないおにいさまだわ。
風が運んできたその返事を、ぼくは確かに受け取った。
ありがとうございました。
※結合双生児についての記述は作品の世界観によるもので、現実とは異なっています。
最終話は29日です。




