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魔女の拾いもの  作者:
7/9

7.魔女と森

 ムズムズするわ、とアサヒがささやいた。

 洗濯物を干し終わって、太陽は春の晴れ間くらいにしてねと森に頼んだところだった。

「目がなんだかおかしいの。ユウヒねえさま、これって何かしら」

 あたしたちはできる限り顔を見合わせて、見えない片目を触りあう。これはこの目になってからできたあたしたちの新しい習慣で、とても大切な時間。

「呪いがちょっとだけ、揺れてるわね?」

「そうね。何かあったのかしら」

 あの子からもらった赤い目は、持ち主が変わってもはがれないくらい強く呪われている。魔女や魔法使いのやり方ではなくて、もっと陰湿な悪意だ。洗ってきれいにするのはとても簡単だけれど、このままでいい。離れてもあの子のことを感じ取れるから。

「……変なの」

 アサヒはあたしより呪いに敏感だ。

「最近はずっと落ち着いたのに、どうして急に騒ぎ出したのかしら」

「そういえば森も騒がしいわね。誰かお友だちが来たみたいだけど」

 そしてあたしは、アサヒよりちょっとだけ森に近しい。

 ここまで言えばいつもちゃんとこたえてくれるのに、今日の森はあたしと視線を合わせてくれなかった。

「あらあらまあまあ。あたしたちに隠しごとする気なのね?」

 身じろぎする花をちょんとつつく。耐えかねた若木が枝を差し伸べ、年長の狼がその幹を尾で叩く。

「ユウヒねえさまったら、いじわるはだめよ!」

「いじわるじゃないわ。ちょっとからかっただけ」



「アサヒ、ユウヒ」



 とびきり甘い声がした。

 あんまり近くから聞こえたので、あたしだけじゃなくてユウヒねえさまも飛び上がって驚いた。おろおろしていた若いりんごの樹を、ねえさまが慌てて引っ張って壁にする。

 そこまでしなくても……って言おうとしたけどやめた。ねえさますごい。

「なんでいるのっ!」

 叫んだ声は悲鳴になっちゃったけれど、全然こわい魔女らしくなかったけれど、しょうがないわ。だって、求愛の魔女ったらひどいんだもの。

「なんであんたが一緒なのよ!」

 目がおかしくなるはずだわ!

 もともとの持ち主が森の中まで来てるなんて!

 樹の幹に体を隠して、左右から頭だけ出すあたしたちに、求愛の魔女が笑いだす。

「きみたちがそんなに勢いよく動いたのって、はじめて見たよ!」

「笑わないでよ、求愛の魔女!」

「拾い物には、今はあたしたちの目をあげてるのよ!」

「それって見えるってことだわ! なのにどうして連れてきちゃうの!」

求愛の魔女がこんないじわるなの、はじめて見たかもしれない。今だって拾い物の背中をおしてこっちに来させようとしてる。ユウヒねえさまが慌てて花を咲かせて蔓を這わせる。

「来ないでってば!」

「求愛の魔女もだよ! あたしたちは悪い魔女なんだからね!」

「ええ? ぼくもだめなの? ぼく、別に善い魔女じゃないけど」

「知ってるわ!」

「あたしたちの森を勝手に動かしたくらいだもの!」

「こんなにひどいことされるなんて! 笑わないでったら! もう!」

 あたしたちは散々に求愛の魔女をしかった。ユウヒねえさまは森にも怒った。

「あんたたちもね、なんてことするのよ。贈り物のつもりなら、悪いけど今回ばっかりはいらないわ。返してらっしゃい!」

 むむむ。他の子はしゅんとしてるのに、なんできのこだけあんな堂々としてるのかなあ。樹の長より偉そうだわ。ユウヒねえさまが怒ってるんだよ。あたしでも素直にごめんなさいってするのに!

「あんたねえ」

 ユウヒねえさまが深々とため息をつく。

「あたしたちよりちょっと年上だからって、何でも許されるわけじゃないんだからね? 素直じゃないですって? ふん。あたしたちはこの上なく素直にしてるわ。ヒトには見られたくないの!」

「そうよぅ。拾い物はヒトだわ、見られたくないわ!」

 あたしの加勢に、きのこがやれやれと傘を振る。

「……ヒトってひとつにまとめるのは彼に悪いと思うけど」

「求愛の魔女は黙ってて」

「文句言うならお茶出してあげないよ!」

「それは困るな」

 求愛の魔女が笑う。

「ああっ! なんで出しちゃうの?」

 あたしの特製の香草茶なのに! 別部隊の三つ首の狼がお家の中から勝手に運んでくる。

「いつもこうやってるじゃないか。きみたちが眠ってる時期だって、ぼくはお客様として扱われてるんだよ」

「今は眠ってないもの。いつまでも言いくるめられるあたしじゃないのよ! あたしだってたくさん勉強してるんだから」

「そう。頑張ったんだね、アサヒ。えらいね」

「でしょう! わかればいいのよ」

「……アサヒをからかわないでちょうだい」

 椅子に座って香りを楽しんでる求愛の魔女は、そっちの方が森の主みたいだ。ユウヒねえさまがまたため息をつく。

「もういいわ。勝手にしなさい。あたしたちは隠れておくから、好きなだけ飲んで、早く帰ってちょうだい」

 う。ほら、みんなが勝手ばかりするから、怖いユウヒねえさまになっちゃったわ。

 さすがのきのこも焦ったみたいで、ぱたぱた必死にこっちへ走ってくる。

 でもユウヒねえさまは待ってあげたりしなかった。さっさと歩きだして、求愛の魔女や拾い物のいる場所から離れていく。

 待ってください、って拾い物が言ったような気がするけれど、あたしたちは止まらなかった。

 そっとねえさまの横顔をのぞき見る。

 怖い顔。

 とっても、きれい。

「前を見なさい、アサヒ。転んでしまうわ」

 ユウヒねえさまはささやいた。

 あたしはうんとうなずいた。


ありがとうございました。次回は最終回、27日です。

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