温泉街デート
飛竜温泉と温泉街の建築は、ハルモニア商業組合の方々が中心となって行ってくれた。
街の服飾師の方々と温泉街の方々が共同開発してくれた、お風呂に入りやすい衣服であるディスティアナ浴衣を着て、私はジュリアスさんと一緒に温泉街を歩いている。
この浴衣という衣服、腰を紐でとめる形になっている一枚布のお洋服で、ラシード神聖国の高級宿で着た寝衣とよく似ている。
似ているはずで、飛竜温泉が開かれてから一度国に帰ったラムダさんやジャハラさんから話を聞いた竜騎士の方々が、それぞれ恋人やお嫁さんや家族を連れてたくさん来てくれたので、その方々に意見を聞きいてラシードの寝衣を参考に作ったらしい。
といってもラシードの寝衣は布が薄くて外で着て歩くにはちょっと恥ずかしい、という感じだった。
ディスティアナ浴衣は温泉街を散策できるように、しっかりした布で作られていて、帯も解けないように太めになっている。
布は綺麗に染色されていて、そこに布絵師の方々が思い思いの柄を描いてくれている。
私の浴衣は白地に艶やかな朝顔の柄。ジュリアスさんは黒地に金の飛竜の柄。
以前よりも少し伸びた髪を結って、髪飾りをつけてもらった。
いつものエプロンドレスの私よりもずっと大人びていると思う。
ジュリアスさんは髪を結かずに風に靡かせていた。これはこれで様になる。
浴衣に合わせて開発した風通しのいいサンダルに、涼しい風が吹き抜けるのが気持ちいい。
「ジュリアスさん、浴衣、いいですね、涼しくて。ディスティアナに残ることを決めた時はまだすごく寒かった気がするのに、もうこんな薄着で歩いても大丈夫なんですから、一日が終わるの、あっという間ですね」
「……あぁ」
温泉宿まで続く温泉街は、飛竜用の巨大露天風呂の手前に造られている。
飛竜露天風呂には悠々と枝を伸ばしている温泉吐き出し口のある世界樹の枝を加工して橋を渡してあって、橋を抜けると飛竜と泊まれる広大な敷地を誇る宿泊施設にたどり着けるというわけである。
といっても飛竜はお部屋には入れないので、皆で寝そべったり過ごせるようの広い広いお庭が設けられている。
温泉街からは悠々と温泉に浸かっている飛竜を見ることができるし、温泉宿からも同様に。
飛竜の入れるお風呂ともなれば、人間は当然足がつかない。
本当は一緒に入ることができるようにしたかったのだけれど、飛竜用露天風呂の入り口には浅瀬をつくってあって、人間はそこに入ることになっている。
ちなみに、温泉宿からも温泉街からも見えてしまうということもあって、飛竜用露天風呂を使用したいときは、貸し出し水着の着用を義務付けた。
流石に、全裸の男性を見放題にするわけにはいかないもの。
ラムダさんとかラシードの竜騎士の方々とかは「別に気にしない」とか言っていたけれど、こちらが気にするのよ。
ラムダさんたちは見せても恥ずかしくないかもしれないけれど、見る方が恥ずかしいのだ。
温泉街にはお土産物屋さんとか、ちょっとしたご飯屋さんとか、それから浴衣屋さんなんかもずらっと並んでいる。
ディスティアナの街並みとはまた違う街並みで、温泉街に馴染みがあるわけではないけれど、なんとなく昔懐かしい感じがする。
異国情緒溢れる──というような感じかしら。
夕方になるとたくさんの錬金ランプに灯りがついて、美しく輝く。街並みの向こう側にお湯に浸かっている飛竜を見ることもできるのが、懐かしいのかしら。
飛竜たちは神龍シャガラ様の落ちた鱗からできた。
そして私たちもまた、シャガラ様が作った。
もしかしたら古の時代は、当たり前のように飛竜と共存しているこんな光景が広がっていたのかもしれない。
「ジュリアスさん、神龍シャガラ様饅頭ですよ。略して神龍まんです。ふふ、可愛いですね。黒くてまんまるで、神龍を模った焼き印が入ってます。可愛い……これが神龍、まんまるですね……」
店先の蒸し器で蒸されているほかほかの神龍饅頭には、まるまるとした竜なのかなんなのかよくわからない形をした焼き印が入っている。可愛い。
「中身はカスタードクリームと肉味噌とこし餡だよ、クロエちゃん」
お饅頭屋さんのおばさまが声をかけてくれる。
「あ! 皇帝陛下も一緒でしたか……! すみません、いつもの調子で……」
「いや、気にする必要はない。クロエも、いつも通りの方が嬉しいだろう」
「なんとお優しい……! お二人とも、浴衣がよくお似合いです。口に合うかどうかわかりませんが、神龍まん、食べていきますか?」
「ありがとうございます!」
私はおばさまにお礼を言って、ありがたく神龍まんをもらった。
お土産用の神龍まんは小さめだけれど、食べ歩き用の神龍まんは少し大きめにできている。
ジュリアスさんは肉味噌、私はこし餡の神龍まんをもふもふ食べながら歩き始める。
「ふわふわで美味しいですね、神龍まん。旅行客の方々もたくさん来てくれて、嬉しいです」
温泉街はたくさんの浴衣を着た人々が行き交っていて、活気が溢れている。
遠くには私が造った、ハルモニア遊園地の巨大観覧車の姿も見える。何事も大きいことはいいことだ。
巨大観覧車の一番上ではハルモニアの全体を見渡すことができるので、結構好評である。
そして、夜になると毎晩花火があがる。これはハルモニア商業組合の方々の発案で、元気になった皇都の姿をアピールしたいという意味合いと、それから夜になると色々思い出して怖くなったり暗い気持ちになってしまうディスティアナの人々を励ましたいという意味合いで、毎晩あげるようになったものだ。
この花火が、旅行客の方々にかなり好評なのである。
観覧車に乗って花火を見ると、男女が結ばれるとかなんとかで、カップルの旅行者も多いらしい。
「もうすっかり、街も元通りですね」
「元通り……?」
「い、いえ、元の姿を知らないのですね、私。それなので、とても自由にさせてもらいました」
この街は私の好きなものであふれているわね。
でも、まぁ概ね好評だし、いいのではないかと思う。
「以前のハルモニアよりも、今のハルモニアの方がいい。賑やかでどこか間抜けで、明るく、楽しい。お前のようだな」
「わ、私ですか……? ジュリアスさん、私が実はさほど特徴もない、結構根暗で、割と引っ込み思案で、薄暗い女だと知っているのに」
「……それはお前の本質かもしれないが、この街の連中は誰もそう思っていない。お前は明るくいつでも笑顔で、一生懸命で、可愛い皆のディスティアナ王妃クロエだ。それに」
ジュリアスさんは自分の分の神龍まんを食べ終えると、大きすぎてまだ食べ終わっていない私の分に手を伸ばした。
「人は変わる。俺も、少し変わったように。お前も……お前は美少女とは名乗らなくなったが、皆のためにどこまでも頑張ることのできるお人好しで、俺にとっては、俺の世界を照らす太陽のように明るい存在だ。根暗で、引っ込み思案で薄暗い……とは、思わない」
「……あ、ありがとうございます。……その、……嬉しいです」
「ディスティアナの民もお前の影響をかなり受けているのだろうな。俺が住んでいた時代はもっと排他的で、選民意識が強かった。他国の人間を受け入れることはせず、商売で金を稼ぐのは恥だと考えるものも少なくなかった。金を稼ぐために、このようなものを作って売り出すなど、まず誰もしなかっただろうな」
「そうなんですね。あんまり想像がつきません。ディスティアナの人たちは、皆優しいですよ」
「それはお前が、他者に呆れるぐらいに優しいからだ」
ジュリアスさんは残りの神龍まんを口に放り込むと、私の指に自分の指を絡めるようにして手を繋いでくれた。
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