67 『親』
8月25日に灰かぶりの賢者の第二巻が発売となっております。どうかよろしくお願いします。
ぽちゃんと、水の弾ける音が響く。
反響した音は夜空へと消えていき、後を追って間延びした二人分の声がその場に漂った。
「……まさか、こんな場所があったなんてね」
息を吐きながら夜空を見上げたのは、アルフ。
彼はもうもうと立ち昇る湯気を見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ああ、俺の趣味でな、自分で作った」
「そりゃすごい」
隣に座るガルアの言葉に、アルフはその場を見渡した。
タイル張りの冷たい床に、積み上げられた木製の桶。アルフたちが身を浸す湯からは、その場を覆い尽くすほどの量の湯気が生み出されている。
いわゆる、温泉というやつだ。
アルフも昔に何度か入ったことはあるが、ほとんどが貴族や王族しか使えない、価値の高いものだったと記憶している。
それはこの時代も変わらず、ほとんどの人間が水浴びと魔法で身体を清めているはず。
そんな中、ガルアは趣味で、おまけに自力で温泉を作ったというのだから、やはりすさまじい腕だ。
とはいえ、ガルアのおかげで温泉に入れているのだから、今はその腕に感謝あるのみだ。
身体を包む心地よい温かさに、アルフは頬を緩めた。ガルアはこれを自由に使えるというのだから、羨ましい限りである。
ぽちゃぽちゃと湯が注がれる音だけが、その場を満たす。
アルフとガルアが言葉を交わすことはなく。アルフは空を、ガルアは遠目に見える城の姿を眺めていた。
「……で、さっき言ってたことなんだけど、どういうこと?」
静寂を打ち破った声に、ガルアは目を向けるのみで反応を返す。
アルフの問いは、温泉に入る前に聞いたガルアの発言の真意を問うもの。すなわち、ガルアが国王の息子だということに関して。
「そのままだよ。俺は国王の息子で、そして親父とはなるべく関わり合いたくはない。それだけだ」
「いや、詳細省かれすぎてこっちは訳わからないんだけど……」
「…………」
自覚はあるのか、ガルアは一つため息。性格ゆえに、あまり自分に関することを話すのは得意ではないのだ。
その証拠に、ガルアが国王の息子であるという事実を知っているのは、リリーただ一人だけである。
とはいえ、わざわざアルフを温泉にまで招いたというのだから、話したくないというわけではないのだ。ただ、少々事情が込み入っているだけで。
ガルアは「はぁ……」と息を大きく吐く。
「……お前は俺の親父に関して、何か知ってるか?」
「いや、最近出てきたばかりだから、特には」
「まあ、そうか。なら、一つ質問だ。なんでお前は依頼を俺にした?」
「それは、鍛冶の腕が確かな人材なんて、『堅王』の子孫くらいしか思いつかなかったから、かな」
アルフの言葉に、ガルアは頷きを返す。
そして、「なら」と言葉を続かせ、
「どうして、俺だ? 『堅王』の子孫という条件に当てはめれば、親父も該当するはずだ」
「それは……」
確かに、ガルアの言うとおりである。話題性を考えれば、話に上がるのはむしろ国王であって然るべきだろう。
しかし、アルフが国王に関する話題を聞いた覚えはない。エルフの里を発つ前にセルフィから聞いた話も、ガルアのことを指し示す話だった。
おかしな話である。
「……簡単なことだ」
ガルアは疑問顔のアルフに向けて、ぶっきらぼうな声を出す。
アルフはその声を聞いて、なぜだかガルアが怒っているような気がした。心なしか、変化の乏しい彼の表情も怒りに染まっているように見える。
「――打つことをやめたんだ。親父は、鍛冶の道を諦めた」
そう語るガルアはとても悔しそうで。親に憤る子どもの姿が、そこにはあった。あまりに真剣な表情に、アルフも思わず息を呑む。
「尊敬してたんだ。あの人が打つものが、俺は好きだった。だからこそ、俺は鍛冶師を目指した。――目標だったんだ」
ガルアは膨れ上がる感情を抑えながら、搾り出すようにして声を出す。その姿を見るだけで、彼がどれだけ父親を尊敬していたかは理解できた。
だからこそ、彼は父親が鍛冶をやめてしまったことが悔しいのだろう。
アルフはガルアの語りに口を出すことはなく、聞き役に徹する。無粋に口出ししていい内容ではないと思ったのだ。
父の背を追って鍛冶の道を志した息子と、鍛冶を諦めた父。今のガルアと彼の父との関係は、こういうことだろう。問題は、なぜガルアの父が鍛冶をやめてしまったか、だ。
ガルアは溢れんばかりの敵意を瞳に宿し、憎らしげに空を見上げる。その敵意は誰に向けられたものなのか。
問いは言葉としては出ず、アルフの胸の中に留まる。
「……昔の世界って、どんな感じだったんだ」
「急にどうしたの?」
先ほどまでの話と繋がらない問いに、思わず訝しげな表情になるアルフ。しかし、ガルアはアルフの疑問に答えることなく、ただ無言で返答を求めた。
やむなく、アルフは記憶を巡らせる。
浮かび上がってくる光景は、争いのものばかり。血で血を洗う醜い世界だった。憎しみが絶えず、死が溢れた。
亡くなった者たちは数知れず、幸せなんて言葉が一番似合わない世界だっただろう。
「酷いものだったよ。魔族との争いで、多くの人が亡くなった。僕らも魔王を討つまで、色んなものを見てきた。ときには人に恨まれもしたよ。案外『英雄』ってものも辛い役割だと思うくらいには。……それで、この話が君の話と何の関係があるの?」
アルフは多少の本音を交えた答えを返し、未だ空を見上げ続けているガルアを横目で見る。彼はアルフの言葉を聞いて、そして――
「――じゃあ、今の世界はどう思う? お前たちが掴み取った平和への足がかりを無様にも無駄にしている俺たちを、どう見る?」
自嘲か、或いは嘲笑か。はたまた、その両方か。
ガルアが語る今の世界とは、魔王を倒したあと。魔族という敵を失った各種族が、今度は種族の違いや領土問題で敵対する世界のことだろう。
救ったはずの世界をアルフが見て、どう思うのか。悲しくないと言えば、嘘になる。
けれど、それ以上に今度こそ救いたいと思った。戦友もそのために必死に頑張ったのだ。
「僕はこの世界を平和にしたい。だけど、その願いは僕自身のものであって、君たちに押し付けるつもりはないよ。だから、特段君たちに思うことはない。まあ、積極的に争いを起こすのは勘弁願いたいけど」
強がりでもなく、それがアルフの本心だった。誰しもが平和を願うわけではないのは、自明の理だ。思想が複数存在するからこそ、対立というものは起きるのだから。
「そうか……」
ガルアはアルフの言葉をかみ締めるように呟く。そして、空に向けていた目を、アルフへと向けた。
「……今、平和ではないこの世界で俺たち鍛冶師に求められているのは、人を殺すための武器を作ることだ。親父はその事実に耐え切れず、鍛冶師の道を自ら閉ざしたんだ。それからは、ただ言われるがまま人を殺すためだけの武器をほかの職人に作らせてるよ。自分では作らず、な」
「それは……」
争いが起きるから、敵を殺すための武器がいる。その武器を作るのは、当然鍛冶師だ。
特にこのドワーフの国には優秀な鍛冶師が多い。舞い込んでくる依頼の数は、世界一と言っても過言ではない。
「だけど、それって何か違うだろ。俺も上手く言えないけど、少なくとも俺が憧れた鍛冶師っていうのは、そんな単純なものじゃなかった。……だから、俺は親父から離れた。俺は俺が作りたいものを作る」
目指したのは、人を殺すための武器ではない。殺意に塗れた刃ではない。
――もっと違う何かだ。
最後にそう言って、ガルアは黙り込んだ。
「……僕は職人でもないから軽々しく君の気持ちが分かるなんて言えないけどさ、これだけは聞いてほしい。……親と話し合えるって、貴重というか、大切なことだよ。それができない人だって、多いから。強要するつもりもないけど、一度ゆっくり話し合ってみるのも悪くないと思うよ。結果がどうあれ、ね」
憂いが含まれた声音で、アルフは語る。どちらにしろ、古竜に手を出す許可を取りに、ガルアの父に会わなければならないのだ。そのときに父親に対してどう接するかは、ガルア次第だ。
「少し……考えておく」
「うん」
しんみりとした雰囲気のまま、二人は夜空を眺め続けた。




