45 『神罰』
ゆらゆらと揺らぐ視界が、徐々に色を取り戻していく。全身を襲った転移に似た感覚は消失し、足裏にはしっかりと地面の感触が蘇っていた。身体には特に異変はなく、転移だけをさせられたらしい。
「転移……分断されたか」
動揺を抑え、冷静に状況を把握するアルフ。
普段の飄々とした態度は消失し、無表情で冷たい瞳を周囲へ巡らせる。どうやら転移はされられたものの、教会から出たわけではないらしい。広々とした真っ白な室内を見渡し、アルフはそう結論付ける。
「……誰?」
――そして、自分を囲む五人の人物を見据えた。
フードを目深に被り、表情を覆い隠している謎の五人。雰囲気から察するに、どうも友好的な感触は得られない。加えて、先程まで襲ってきていた神父達とは実力がかけ離れている。粘りつくような気持ちの悪い気配に、アルフは思わず眉を顰めた。
「これはこれは『賢者』様、お会いできて光栄でございます……」
「僕がここに来ることを分かっていたみたいだね。まあ、いいよ。……それより、どいてくれないかな?」
鋭い視線を投げかけるが、会話を交わす人物は気にもとめない。ひょいと肩を竦め、楽しげに用意された台詞を並び立てるだけだ。
「それはできない相談です……私達は試練を用意せし者。かの『賢者』様へ障害を与え、その器の大きさを測るもの。さあ、私達に見せてください。その宿命を、運命を、力を、想いを、器を!!!」
「極まってるね……もう、改心なんて無理か」
アルフは冷めた目で両手を掲げる狂信者を見つめる。狂信者の興奮した口調には熱がこもっており、アルフを試すということに異常なまでの高まりを感じているようだ。
どうやら、『試練』とやらをやめる気はないらしい。ならば、突破するしかあるまい。
「では始めましょう――試練を!!!」
狂信者がそう叫んだのと同時に、部屋を覆うように毒々しい色の結界が広がる。それは、アルフが扉に触れた時に見た『何か』とよく似ていた。つまり、これも魔法ではない術ということ。
「気付いていると思いますが、これは魔力の動きを阻害します!! そう簡単に魔法は使えませんよ!!」
アルフを逃がさないように包囲する五人のうち、会話を交わす狂信者が目の前に来る。愉悦が混ぜられた言葉は正しく、確かに魔力の動きが鈍くなっていた。まさしく、魔導師殺しの空間と言える。
「さあ、この状況をどうしますか、『賢者』様!!」
じりじりとにじり寄り、アルフがどういった手でこの状況を突破するか嬉々として待ち受ける狂信者。対するアルフは、その場で立ち尽くし、動く気配はなかった。俯いて、五人を警戒してすらいない。
「……?」
アルフから全く闘志が感じられず、狂信者は眉を顰めさせて訝しむ。――何かがオカシイ。そう思った時のことだった。
「……っ!?」
立っているだけだ。アルフはただ立っているだけ。それだけなのに――身を襲う震えが、止まらなかった。
先程まで気分良く饒舌であった狂信者は、ただ立っているだけのアルフから尋常ではない圧力を感じ、冷や汗をかく。魔力を封じ、人数的にも勝っており、各々の実力も申し分ない。だというのに、『敵わない』と、そう思ってしまった。
「いえ、私は『試練』を執り行う者。迅速に、不備なく、確実にやるのです……やるのです!!」
アルフに畏怖の念を抱き、焦燥が感じられる声音を出した狂信者は、じりじりと詰めていた距離を一気に詰めようと足に力を込め――
「魔力は確かに動かしにくい――――で?」
パシャリと舞った鮮血が白に映える。
どんな赤より生々しい、血の赤は、純白の部屋を鮮やかに彩った。
何が起きたのか。そんなことを考える暇もなく、アルフと言葉を交わしていた狂信者の首から上が消失する。ようやく異変を察した胴体は、重々しい音を立てて地に伏せた。
真っ赤な血だまりを広げ、一つの生命が終わりを迎える。
冷たい目でそれを見届けたアルフは、一瞬の出来事に動けずにいるほかの四人を見渡す。そして、一人に狙いを定め、駆け出した。
「【氷霜の眠り】」
魔力の妨害をものともせず、魔法名を口ずさむ。アルフの接近によってようやく我を取り戻した狂信者は、慌てて拳を振るうが、精彩を欠いた生半可な攻撃が当たるはずもなく。
魔法が発動し、狂信者の背後に現れたのは、氷でできた棺だ。棺の中は真っ黒であり、中の様子を窺うことはできない。ただ、底無しの闇が覗いており、冷え冷えとした『無』が広がっている。
これは、ただの水魔法の応用ではない。そのことを一目で理解した残りの狂信者三人は、アルフから一瞬で距離を取った。そして、それと同時に狂信者が棺に飲み込まれ、闇の中へ消える。
そのまま棺は砕け散って消え、宙に霧散。
これで、数秒のやり取りで狂信者の二人が倒れたことになった。
――勘違いだ。
一瞬で容易く命を刈り取られた原因は、アルフ相手に勘違いをしたため。魔力の動きを阻害しただけで魔法が使えないなどと考えてしまったのが、そもそもの間違いだ。その程度で魔法が使えなくなるほど、『賢者』は甘くない。
感情の宿らない冷たい目で狂信者を眺めるアルフ。彼が一歩を踏み出すだけで、狂信者達に緊張が走る。
「古代魔法……」
「違うよ。これは空間魔法を研究した時に作り出した魔法だ。古代魔法とは違う」
狂信者の呟いた震え混じりの言葉に、アルフは無機質な言葉を返す。アルフの言葉に嘘はなく、先程彼が使用した魔法は空間魔法と水魔法を組み合わせた魔法だ。ただし、難度は現存する魔法の頂点に位置するため、現状使用できるのはアルフだけであろうが。
アルフの身から漏れた魔力によって、床がパキパキと凍りつく中、
「ふふ、素晴らしいではないか……実に素晴らしい。これこそ英雄だ。人を超越した極地、それに届き得た存在だ。素晴らしいではないかっ!!!」
三人のうち一人が、くつくつと喉を鳴らして声を上げる。アルフという絶望を前にして、笑ってみせたのだ。よく見れば、ほかの二人も笑っていることが分かる。目の前で仲間が二人死んだのにも関わらず、悲観するどころか喜びを顕にしているのだ。
そこでようやく、アルフは表情を変化させた。忌々しいものを見るかのような、嫌悪感を宿した表情へ。目の前の異常者は、死に対してあまりに無頓着だ。
「もういいよ。僕は急ぐ」
「ふははっ、あははは!!!」
再び無表情へと戻ったアルフと、哄笑を上げる狂信者。
両者ともが身構え、互いを屠るべく牙を研ぐ。
「【グラビティ・ボール】」
アルフの周囲に黒い球体が十個ほど現れ、接近してきた三人を向かい打つべく縦横無尽に動き出した。三人はそれぞれ別方向から攻めてきており、突如現れた球体を前に止まることはしない。それは無謀な突貫などではなく、狂信者達は一斉に前方に手をかざすと、術を発動させた。
「【呪盾】」
発生した球体と紫色の盾が衝突し、相殺。相変わらず、術には魔力の動きを乱す効果が健在らしい。結果的に傷は与えられなかったが……しかし、術を展開した一瞬。狂信者達は、止まってしまった。
未だに紫色の盾が展開される中、一人の狂信者の目には、手を伸ばすアルフの姿が映り込んだ。
「【死者の隻腕】」
紡がれた言葉が音となって響いた時、アルフの片腕から幽鬼のような白色の腕が伸びる。速度はそこまで速くはない。それに加えて盾も展開されているため、狂信者は十分に腕を防ぐことができると考えたが――
「通り抜けたっ……!?」
「……潰せ」
盾を通り抜けた腕は、そのまま狂信者の胸へ吸い込まれるようにして入っていき――グシャリと心臓を握りつぶす。
「がふっ……ぁ……」
空中に縫い付けられた狂信者は、口から血を撒き散らし、身体をぴくぴくと痙攣させる。そして、やがて大きく目を見開くと――そのまま息絶えた。白色の腕が消失すると、支えを失った骸は、床に力なく倒れた。
そして、その屍を気にすることなく接近する二つの影。
「ふふっ、はははは!!!」
「『賢者』様ぁぁぁ!!!」
狂信者の一人が殺される間にアルフの下までたどり着いた二人が、奇声を上げながら洗練された体術を見せる。アルフは二方向からそれぞれ飛んでくる足払いと正拳突きを見切って回避しつつ、
「【空間喰らい】」
バンッと何かが弾けるような音がすると、残った狂信者のうち一人の頭が、影も形も無く、文字通り消滅する。狂信者の頭部付近の空間は、見るからにぐにゃりと歪んでおり、その歪に巻き込まれたことだけは分かった。
そして、司令塔を失った身体はその場でどさりと倒れ、動かなくなる。
室内には、もう生存者は二人しかいなかった。アルフと狂信者の一体一。結果は火を見るより明らかであり、そこには一方的な虐殺しか待っていない。
「……最後は君だ」
アルフは倒れる死体を見届け、感情がまるで感じられない機械のような声で、死の宣告を告げた。彼には血の一滴たりとも付着しておらず、もうどちらが試練を執り行っているのか分かったものではない。
――だが、それでもなお……狂信者は、笑っていた。
待ち受ける『死』に臆することなく、ひたすら気味の悪い笑みを浮かべている。
「あぁ、これが人類の最高点。『英雄』の力!! 私達では足元にも及ばない領域!! ふふっ、はははは!!」
なおも笑い続ける狂信者は、やがて――
「はははは!!! ……っ!?」
冷水を浴びせられたかのように、急に笑みを止める狂信者。感じるのは、背中に這い寄るような悪寒だ。まるで嬲るように狂信者を襲う恐怖の源は、アルフから。
彼は瞳に怒りを宿らせ、ただ冷静に激怒していた。初めてアルフの怒りに触れた狂信者は、簡単に笑うことが許されなくなる。心中を支配していた愉悦は取り除かれ、残ったのは爆発的に膨れ上がる恐怖のみ。
狂信者は情けない声を上げながらも、恐怖に抗うように術を発動させた。
「ひっ……【呪鎖】っ!!」
悪意を持って飛来する紫色の鎖を眺めながら、アルフは、
「――【神罰の鎖】」
凍えるような怒りを含んだ魔法は、白色の鎖を無数に生み出し、紫色の鎖を砕きながらも狂信者に巻き付いた。四肢を拘束され、宙に浮かび上がらされた狂信者は、半狂乱になりながらも叫ぶ。
「違う、こんなものは試練ではない!!! 違う、『英雄』とは、違う、違う、違う!!! 離せぇ、死にたくない!!」
がしゃがしゃと鎖を揺らしながら醜く叫ぶ狂信者に、やがて変化が訪れる。どろりと、拘束されている腕が溶けた。まるで犯した罪を洗い流すように、狂信者の身体は鎖と共に溶けていく。
「やめろっ、嫌だぁぁ、離せぇぇ!!!!」
消えつつある口を必死に動かしながら最後まで喚き散らす狂信者。一切の慈悲なく狂信者を見つめるアルフは、
「消えろ」
「死にたくないぃぃぃ!!!!」
鎖の締め付けが強くなると同時に、残っていた狂信者の顔の半分が一気に消え去った。最後に死にたくないという声を残して、狂信者は身体すら残らずに消滅する。
淡い光の残滓となった狂信者を見届けたアルフは、床に伏せる死体に目をやることもなく、ただため息をついた。




