ピッチクロック
(あの三人、何を話しているんだろう?)
プロ野球の試合前、相手チームのベンチ前で何やら話し合っている。相手チームの監督と、この球場の職員、それに審判だ。
今日の試合で、今年のシーズンは終わりになる。
すでにリーグ優勝のチームが決まり、他のチームもすべて順位が確定していた。これから行われるのは、消化試合だ。
こちらのチームの先発はベテラン投手で、この試合を最後に現役生活を引退する。一イニングだけの登板だ。
投げ終わったあとに、引退のセレモニーがあるそうなので、それについての説明だろうか?
そんなことを考えていると、視線の先で、あの三人が話すのをやめた。
そして、こちらに向かって歩いてくる。
「監督、少しお時間をよろしいですか? 内密の話がありまして」
球場職員が告げてくる。
「はい、構いませんよ」
「では、こちらにお願いします」
四人で少し離れた場所に移動した。
「実は困ったことになりまして」
球場職員が説明してくる。
「先ほど点検したところ、『ピッチクロック』が故障しているのがわかりました」
急いで修理してもらっているが、試合開始の時刻までに直すのは難しいらしい。
かつてプロ野球では、「試合時間が長くなりがち」という課題を抱えていた。
それで導入されたのが、投球間隔に関する新ルールだ。投手は一定の秒数以内に、打者に次の球を投げなければならない。
で、あと何秒残っているのかは、『ピッチクロック』という電光掲示板に表示される。
ところが今日、その電光掲示板が故障してしまったのだとか。
「すみませんが、試合開始後しばらくは『ピッチクロック』なしで、ということになります」
相手チームの監督と審判には、先に説明したそうだ。二人とも了承したという。
「故障なら仕方ないですからね」
「今日は少しのんびりやりますか」
二人がにやにやしている。
それでピンときた。この故障って、ひょっとして・・・・・・。
「なるほど、そういうことですか」
監督が言うと、球場職員もにやにやし始める。
「そういうことです」
「わかりました。先発投手には、『故障の事実』だけを伝えておきます」
「よろしくお願いします。一回の裏には直ると思いますので」
こちらのチームの先発はベテラン投手だ。この試合を最後に現役生活を引退する。一イニングだけの登板だ。最後の登板。
だったら、こういうことがあってもいいじゃないか。
次回は『それで伝説へ』というお話です。




