審判からのハンドサイン
野球場の内野席にいるこの男、その正体はスパイである。
といっても、他球団から送り込まれたスパイではない。
未来からのスパイだ。もっと先の時代から、タイムマシンでやって来た。この時代にしかできない調査をするために・・・・・・。
男がスパイであること、未来から来たこと、そして、タイムマシンの存在などが、この時代の人間にばれてはいけない。
で、未来からの連絡内容は暗号化されて、この時代に届くようになっている。
男は三塁の近くにいる審判を見ていた。その左手が小刻みに震えている。
あれが暗号。未来からの暗号だ。ああいう形で情報を送ってくる。
基本的には「モールス信号」だが、それをより高度にしたものだ。本人の意識とは無関係に、未来からの操作で手を震わせている。
少しして、審判の手が止まった。
男は顔をしかめる。今の暗号、最後の部分が読み取れなかった。
いつもは「次の調査に関する情報」だけなのだが、今回は違っていた。最後に「別のメッセージ」らしきものがついていた。
(『早く・・・・・・』?)
これに続く部分を、読み取ることができなかった。
(この調査は大至急、ということか?)
一秒後、またもや審判の左手が動き出す。男が読み取れなかったのを、未来の方でも把握したらしい。同じメッセージを繰り返してくる。
今度は理解できた。
(『早く逃げろ、その席はまずい』?)
この直後だ。野球場に打球音が響き渡る。
で、こっちに向かって、ファールボールが飛んできた。
(なるほど、これのことか。ならば、逃げるまでもない)
男は両腕を交差させて、自分の正面を防御する。
ところが、ボールは男に命中しなかった。
すぐそばの通路にいた人に、勢い良く命中する。
そして、その人は直前に売店で買っていた。紙コップに入った、熱々のコーヒーを。
それがスパイの方に飛んできて・・・・・・。
「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!!!!!」
頭から熱々のコーヒーをかぶり、スパイはお間抜けなダンスをしてしまう。
三塁の近くにいる審判、その左手が小刻みに動いた。『大丈夫か?』と。
これは未来からの暗号である。野球場にいる他の者たちは、まったく気づいていない。
次回は「選球眼」のお話です。




