9話
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「……何ですか?この人間は」
ぶらりと足が宙に浮く。
目の前にいる、無駄にでかくて角の生えた男に、首根っこを掴まれているからだ。
……執事服で紳士みたいな恰好をしているくせに、言動は全く紳士じゃないなコイツ。
森の中で待つこと数分、詳しくは拠点に戻ってからというから、然程親しくもないハイネと仲良く沈黙していたのだけれど。
―――いきなり、コイツが現れて私に暴挙を振るっているわけで。
おいおいおい、私が全身筋肉痛で身動きとれなくて、よかったなぁぁ??
筋肉痛じゃなかったら、今頃オマエなんてボコボコだぞ???
「ハッ、睨みだけは一人前のようですね、なんと無様な」
「それぐらいにして、オマリー」「…………は」
ハイネの声に従ったソイツは、渋々乱暴に私を放り投げた。
「べひゃ!」
「……ぷっ」
華麗に着地できる余裕なんぞない私は、鼻で全身を受け止めて情けない声が出る。
のを、この角野郎が嘲笑う。……ほんとぉに、筋肉痛で、よかった、な!!!
クールダウン、クールダウンよ、私。
怒りで無理に反撃なぞしない、体力を貯めて貯めて貯めて、最適な瞬間で喉笛を―――
「コイツは移動するのにも必要なんだ。……だから一旦、それは仕舞ってもらえない?」
「………ちっ」
「―――?!」
冷静なハイネの声で、釘を刺されてしまった。
舌打ちをしつつ、屋敷でくすねておいたキッチンナイフを人差し指で摘みつつ、二人に見えるように後ろから出す。
なんでナイフなんて持ってるんだって?そりゃあ、もちろん護身用だよ?
見知らぬところへ移動するんだから、何があるかわからないし、用心は必要でしょ?
ちゃんと一本しかないよとアピールしてから、ゆっくりポケットへ戻す。
―――そう、奴の喉笛を見ながら、ゆっくりと。
こくり、と喉を鳴らす角野郎。ムカつく嘲笑を浮かべたが、先ほどよりもぎこちない。
「……野生の獣のような、人間ですね」
「コイツの口は、死んでも治らないと思うんだ。鳴き声だと思ってくれ」
「……りょーかい。鳴き声ね」
ハイネには反論しないのか、結構な言われようだが恭しく一礼するだけだった。
……死んだ後に蘇らせるのは私にだってできないんだから、ちょっと浮かんだ好奇心は自重する。
視線を送ると、ぶるりと身震いする角野郎。……まぁ、鳴き声なら仕方ないな。
「で、コイツなんなの?ハイネの部下?」
「あぁ、一応僕の乳母だよ」「うばぁぁぁ?!?!」
「人間流に言うと、ってことだけど」
ハイネが言うに、魔族は赤子の時魔素で育つらしい。それを親ではなく、生まれる前から傍に居る眷属に世話をしてもらうとのこと。
やめてよー、この筋肉ムッキムキのごっつい奴から乳が出るのかと思っちゃったじゃん、想像しちゃったじゃん。うえぇ………。
げんなりとした私に、「下劣な人間めが」と吐き捨てる角野郎。はいはい、よく鳴いてるね。
私のことは無視することにしたのか、それ以上の悪態は止めてハイネへ向き直る。
「それではハイネ様。移動されますか?」
「ああ、彼女も一緒にね」「…………………………………お二人、ですか」
言葉にしなくても不服とわかるほど、憮然とした態度。
あらあら、一緒に居るんだから一緒に移動するにきまってるじゃん、わかんない?プークスクス。
最低限の礼儀で、心の中だけで言ってあげたというのに、般若のような顔になる角野郎。
それにニヤニヤ顔で応えてあげる私。頭が痛いと言わんばかりに溜息が尽きないハイネ。
「……先行きが、不安だよ」
「心配性じゃん。何とかなるって、ハイネ」
「っこの、人間風情がっ!!」
……どちらかと言えば、ちょっと楽しくなってきたよ?私は。
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