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真相

 * * *



「はぁ……はぁ……はぁ……くっ……」

 モビーディックの長い通路に荒い息つかいと規則的な足音が響きわたっていく。

 先の揺れで床に強打しズキズキと痛む右肩を押さえながら、カーティスは狂い始めた計画を思い起こし、息を乱しながらも舌打ちを付いた。

 このままでは全てが無駄になってしまう……私は、一体何のためにここまでやってきたのだ! もう少し……あともう少しなんだ! ここで終わって、たまるものか!

 ブリッジのドアをくぐり中へと足を踏み入れる。と、閉じたドアにロックをかけた。

「カーティス王!」

 部屋の中ではクルーに指示をしきりに指示を飛ばしていた艦長がカーティスに気付き駆け寄った。艦長はカーティスの様子を見て、

「王、肩を……まさか、侵入者に!?」

「構うな。それよりもさっきの揺れはなんだ!」

「は……バハムートの攻撃が、近くにいた味方の艦を直撃。制御不能となりモビーディックの側面を直撃したのです」

「味方の艦を攻撃だと!?」

「はい。バハムートは徐々に暴走の兆しを見せています。これ以上は――」

「艦長! バハムートの活動が停止しました!」

「なんだと? まだ停止指令は出していないぞ。いったい何が起こった!?」

 カーティスがモニターを見上げた。その瞬間、言葉を失う。

 粒子の放出が止まり浮力を失ったバハムートは重力に引かれ、下に広がる森の大地に落下。その衝撃で木々が薙ぎ倒され、舞い上がる草木や土煙がバハムートの周囲を満たしていく。

 カーティスはその光景に奥歯を噛みしめ、

「ハリスシステムを……破壊されたのだ」

「システムを!?」

「ああ、先の進入者によってな……。だが敵はたったの一人だ。各通路を封鎖して動きを封じろ! これ以上は」

「はっ! 直ちに通路を封鎖しろ!」

「了解。……え? な、なにこれ。どういう……か、艦長! 艦が、こちらの操作を受け付けません!」

「受け付けないだと? いったい、どういうことだ!?」

 クル―の報告を受けそれを艦長が口にする。その内容にカーティスが驚愕すると同時、ブリッジのモニターにエラーの文字が次々に表示されていった。

 そしてブツリと画面がブラックアウトしてからすぐに画面が立ち上がったかと思うと、その画面の中央には“HAL”の文字。

「な、なんだこれは。いったいどうなっている」

 その場に居る全員がモニターを見上げる。そして、聞いたことのない機械音声が流れた。

『モビーディックのメインコンピューターとの接続完了。当艦は完全自立操縦へと切り替わりました。以後の外部操縦は受け付けません。これ以上抵抗なさらないよう願います』

「こ、この艦を……乗っ取っただと? 馬鹿な! 何故、どうやって!?」

 表情が引きつっていく。混乱する頭に手をやり思考を巡らせる。真っ先に思い浮かぶはヴァンという男。決意を秘めた強い眼差し、手にしていた先の折れたガンブレード。艦の揺れに乗じてシステムルームを出る時に見た、腰にあった小さい黒ケース――

「く……そおおお!!」

 近くのコンソールを力任せに叩きつける。ブリッジに居たクル―全員の視線が集中するが、そんなことを気にする余裕すら今のカーティスには無かった。 

「してやられた……やつの目的はシステムの破壊じゃない……奪還だったのだ! システムの中枢の担うオリジナルの自立型AIを接続されたことで、もっとも強固な空中要塞であったモビーディックはこの瞬間より、空中に浮かぶ牢獄になった……!」

「そ、そんな……」

 その場に力無く尻餅を付き俯く艦長。そして、後ろからドアのスライド音が響いた。

「カーティス。もう逃げ場はないぞ」

 システムを乗っ取られたからだろう。かけた筈のロックは自動解除され、開け放たれたドアの向こうから入ってきた人物を睨みつけて低く唸った。

「っ……。ヴァン……!」



 * * *



 ブリッジの右に位置するドアから、ガンブレードを構えてブリッジに足を踏み込む。

 ブリッジの上部に設置されたモニターには“HAL”の文字が浮かび、状況を理解したクルーたちがこちらを振り向いた状態で固まっていた。

 そしてその中央、コンソールの前でカーティスはヴァンを睨みつけていた。

「もう、こんな戦争終わりにしましょう」

 そう言ったのはヴァンではなく、その後ろに立つ少女。リリーナだった。

 悲しみを秘めた声でカーティスに言葉を投げかける。しかし、

「終わりだと? ふふふ……あははは! ふざけるな! あともう少し、あと少しで仇を取れるのだ! それを……それを!!」

「落ち着いて兄さん! こんなことをしても、兄さんが愛した女性は……フィアさんは喜ばないわ!」

「うるさい!!」

 腕を横薙ぎに払い、カーティスの叫びがブリッジに響きわたる。

 リリーナを守るように前に立ってガンブレードを構えながら、ヴァンはフィアという人物についてリリーナに問うた。

「フィアさんは……兄さんが愛した女性。でもある日、何者かに殺されたの。そして兄さんは、その敵討ちをしようとしている……そのために父上を殺し、王座に就いて戦争を起こした……そうなのでしょう? カーティス兄さん」

 リリーナの言葉に、その場にいた者たちの間でどよめきが起こる。

 カーティスは周りなど介さず目を鋭くし、

「随分と口の軽いことだなリリーナ……そして頭がよく回る。フィアのことはお前も少ししか知らないだろうに、先の失言からもうそこまで推測したか」

 そういうと重たくため息をつき、うなだれるカーティス。そして、疲れた声で話し始めた。

「……半年前。私はガイアとディオーネの山間部で大怪我をした女性を助けた。私はすぐ近くにあった小さい医療施設に彼女を運び、王宮の専属医師を呼び治療を施した。その甲斐あって彼女は一命を取り留めた。しかしそれから数週間後……」

 そこまで言ってカーティスは一旦言葉を切ると、その表情に影を落とした。その先を言葉にすることが、タブーであるかのように。

 そして、カーティスの憎しみのこもった低い声が続いた。

「彼女は死んでいた。施設から離れた草原でな」

「死んでいた? それが、ディオーネの仕業だっていうのか!?」

「そうだ」

 端的に、しかし拳をキツく握り、肺から搾り取るように発せられたその言葉は、ブリッジにとても重く、そして悲しく響いた。

「……けど、なぜだ!? なぜそれだけで、戦争にまで発展させる必要がある!」

「なぜ……だと?」

 その瞬間、背筋が凍るほどの冷たい狂気を帯びたカーティスの瞳がヴァンを射抜いた。

「貴様には分からないだろう。私はフィアを助けてから、様子を見に出向いては他愛ない話をした。政治ばかりで嫌気が差していた私にとってはそのひとときが唯一、心休まる瞬間だったのだ。そして、それはやがて愛へと変わった」

 昔を懐かしむような、それでいて酷く疲れた声。

「だがあの日、私はアロイスが護衛の竜騎士を連れて朝からガイアを訪れていることを午後になってから知った。その視察範囲にフィアが居る医療施設も含まれていることを知った私は、すぐに施設へと向かったのだ。……そこで私が見たのは、愛する女性が草原で血にまみれて倒れている姿だった」

 悲しみに満ちた声が響く。そこでカーティスは一旦言葉を切り、ギリギリと奥歯を噛んだ。

「……分かるか!? 愛した女性を失った私の悲しみが……憎しみが!! そして私は誓ったのだ! たとえそのためにどんな犠牲を払おうとも復讐すると! その為に策を練り、使い道の無くなったこの艦の軍用化を押し進め、戦争を仕掛けるためにヴァン、民間人でありながらドラグノイドを駆る貴様に爆弾を届けさせた! そう、ディオーネの陰謀に見せかけるためにな! 全ては……フィアを殺したものを――」


「だったら、俺を殺せ」


 後方からの突然の声に振り向く。

 通路の陰から現れた人物に、カーティスは苦々しく「貴様は……」と呟き、そしてヴァンは驚きの表情で、

「リード!? 何故ここに……怪我はどうしたんだ!?」

「何故とはご挨拶だな。外のデカブツが動かなくなったからこっちに加勢しに来てやったってのによ」

 ガンスピアを肩に当て、リードは口端を持ち上げた。しかしヴァンは更に質問をぶつけた。

「それはありがたいけど、いやそれよりも、さっきのはどういうことだ?」

「言葉どおりさ。フィアという女性を殺めたのは、俺なんだ」

 場が、静まった。

 実際には数秒の沈黙だっただろう。

 だがしかし、永遠とも感じられる、閉ざされた氷の世界が場を満たしていた。

 そして、その世界を打ち壊す。悲鳴。

「ぅ……うううああああああああ!!!!」

「あぶねえ!」

 カーティスが床を蹴る。すぐそばに居た男とすれ違いざまに腰に刺さっていた剣を引き抜き、リードへと振りかぶる。

 ヴァンはリリーナを庇うように身を引き、リードはガンスピアを構えて防御態勢を取る。怒りに任せ何度も繰り出される斬撃を、ガンスピアの柄で受け、払い、流していく。

「だが聞いてくれ! 彼女はテロリストだった! モビーディックの試験運転の為にガイアへ向かっていた高速艇を襲ったテロリスト。そのメンバーの一人がその女性だ!」

「だから、フィアを探して殺したのか!! ふざけるなあああ!!」

 狂乱状態で剣を振るい続けるカーティス。それを受けるリードの顔色が次第に苦しそうに歪んでいく。足下には、赤い滴が広がり始めていた。

「違う! あれは事故だったんだ! 視察を終えて戻ろうと草原を移動中、物陰からいきなり刃物を持った彼女が現れてアロイス王子に切りかかった! その時一番近くに居た俺はとっさに刃物を持った手を絡め取ったが、彼女は無理な体勢で暴れて刃物が彼女の胸元に突き刺さったんだ! その女性がテロリストの生き残りだと知ったのはその後だった! これが、その時起こった事の真相だ!」

「だまれええええええええ!!」

 カーティスの蹴りが脇腹を捉える。

 リードの顔が痛みに歪み、膝が床を着いた。

 その首めがけ、振りかぶった凶刃が輝く。

「死んで、償ええええ!!」

 ギインッ!

 甲高い音が鳴り響き、凶刃はリードの首に届く直前で止まっていた。

「き、さま……!」

「もう、いいだろ!」

 手にしたガンブレードの柄がカーティスのレイピアを止めていた。

 ギチギチと金属音を鳴らし、レイピアを少しずつ押し戻していく。

「そこを……退け!」

「リードは既にかなりの深手を受けている! もう十分に罰は受けているだろう!? もう、やめてくれ! これ以上憎しみを広げないでくれ!」

「ふざけるな! そいつの命は取る! そして、倒れた彼女をただ見ているだけだったアロイスも! まだこの戦いは終わらない……終わるものか!」

「こ……の、分からず屋あああ!」

 ヴァンは頭を大きく引き、そして、

 ゴッ!

 ヴァンの額がカーティスの額とぶつかり、鈍い音が響く。

 カーティスは後方に大きくヨロケてコンソールにぶつかって倒れ、ヴァンはヨロケかけたのを踏み止まると額を押さえ頭を振った。

「大切な人を失ったら誰だって悲しいさ! でも、その恨みを糧に生きるなんてことをその大切な人が望んでいると思うか!? それ以上に大切なものを、フィアという女性からもらったんじゃないのか!!」

 ゆっくりと、カーティスが立ち上がる。その額からは血が滲み、カーティスの顔を伝った。

「……知っていたさ」

「なに?」

「彼女は名前以外のことを話すのを頑なに拒んだ。だから王宮で調べたんだ。そして知った。フィアが広大なガイアの末端にあるスラムの出身だということ。ガイアとディオーネの交流を良しとしないテロリストに入っていたこと。そして……その唯一の生き残りだということもな」

「そこまで分かっているなら……分かるだろ!? 彼女を止めなければ、アロイス王子が殺されていた! 仕方なかったんだ!」

「ああ……そうだな」

 重たいため息をつく。カーティスの足元に滴が落ちた。

「だが、それでも割り切れないのさ……だから、全てを壊そう。そうすれば、楽になれる」

 俯いていた顔を上げる。絶望の色を浮かべ、カーティスはすぐそばにあったコンソールに手を伸ばした。

 なにを、するつもりだ!?

 得体の知れない恐怖が背中に走る。

 ヴァンは手にしたガンブレードをカーティスに向け、

「これ以上なにをしても無駄だ! この艦は既にどんな指令も受け付けないぞ!」

「それはどうかな? 後から追加された装置までは、管理下に置けまい」

 にやりと、笑みを浮かべカーティスの指が確定キーを押し込む。

 そして、獣の声が戦場に響きわたった。

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