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頂点に立つ者

 大気がビリビリと震える。

 巨大戦艦であるモビーディックですら震えが床を這い、足から全身へと伝っていく。

 袖を引っ張られる感覚に振り向くと、リリーナが不安そうな目で口をキュッと結び、恐怖に耐えるように袖をきつく掴んでいた。

 不安を和らげるため「大丈夫だ。側を離れるな」と声をかけ、再び正面に向き直りカーティスを睨んだ。

「いったい何をした!? カーティス!」

「この世に絶望を撒くものを、解放したのさ」

「絶望を……? どういうことだ!?」

『ヴァン! 大変です!』

「ハル? な、なんだよ……あれ……」

 ブリッジのモニターに外の景色が映し出される。見上げると、映っていた光景にカーティス以外の者が言葉を失った。


 魔獣が、天に向け吠えていた。


 地に落ちて動かなくなった筈の鋼鉄の竜、バハムートが上を向いて叫んでいたのだ。グレイメタリックに輝く装甲は次々に剥がれ、その下から紫色をした鱗が露わになっていく。

「こ、拘束具が外れていく……もう、誰もアレを止められない……!」

 カーティスの横で艦長らしき人物が床に尻餅をついたまま声を震わせる。

「あの装甲が、拘束具だって? どういうことだ!」

「言葉通りさ。あんな化け物を制御しきるなんて不可能だ。だから拘束具で全身を被うことで動きを封じていたのさ。今のアレは、まさに鎖のちぎれた獣だ」

 雄叫びが止み、バハムートの頭部がこちらを向く。

 額を覆っていた装甲が地に落ち、その下からクリスタルが光り瞬いた。

「あれは、アースクリスタル!? じゃあ、あのドラゴンは……まさか!」

「そう。あれこそバハムートの真の姿……この世の頂点に立つ最強の生物、アースゴラゴンさ」

 喉が、乾いていく。粘ついた唾が喉元に絡み着き、嫌な汗と共に全身が震えだす。

 モニターに映るアースドラゴンの額に輝くクリスタルの周囲にはコードが突き刺さり、そのコードは首を伝って胸部と背中に固定された機械へと繋がっていた。更にそこから何本ものコードが腕や足へと延びて肉に食い込むように突き刺さっている。その姿はまるで、生き物と機械が融合したかのような禍々しさを放っていた。その強靱な身体には所々に傷が付いており、特に目を引くのは額のクリスタルに走った一条の亀裂だった。

「あの傷……バカな! 奴は、五年前に両国が総出で撃退した筈!」

 声を震わせながらリードが発した言葉に思わず振り向く。

「五年前!? じゃあまさか、親父たちの命を奪ったアースドラゴンってのは……!」

「ああ、あのクリスタルの亀裂は、ダリアンとアイナが付けたものだ。間違いねえ……これはどういうことだ。カーティス!」

 モニターから眼を離し、振り向いたカーティスの顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

「滅多にない機会をそのまま逃す手があるか。あの時お前たちが去った後、ガイアは秘密裏に捕縛していたのさ。最強の生物を我が思い通りに操り従えることが出来るなら、これほどの兵は無い」

「きさま……!」

 モニターに映るアースドラゴンがゆっくりと翼を広げていく。その翼が青い光を放ち、粒子がまるで胞子のごとく溢れてアースドラゴンを包み込んでいく。そして、

 風が、狂った。

 アースドラゴンの翼が羽ばたくと同時、衝撃波が空気を裂き付近を飛んでいたガンシップが吹き飛ばされていく。

 ハルが映し出す映像がブレ、直後、そこに映っていた筈のアースドラゴンは消えていた。

「どこに行った!?」

『上です!』

 モニターが頭上の映像を映し出す。

 アースドラゴンはこちらを見下ろしながらその翼をめいいっぱいに広げて滞空していた。鋭い牙をむき出しにした口が大きく開かれる。

 アースドラゴンの周囲を包んでいた粒子がその口に集束。眼に見えるほどの激しい粒子の奔流が激しい光を発し、空に死を運ぶ蒼い太陽が生まれた。

「ははは……さあ、全てを破壊しろ! アースドラゴン!!」


 カッ!


 直後、遙か頭上から放たれた光の帯がアースの大地を穿つ。そのまま無差別な破壊の光が戦場を蹂躙し、幾多のガンシップが光に飲み込まれ、戦艦の巨体すら一瞬で分断されて爆発に呑み込まれていった。

 蒼い光が走った後の森は火柱をあげてあっという間に燃え上がり、緑の大地が、灰色に被われた空が絶望の赤に染まっていく。

 もはやディオーネもガイアも関係ない。その光景はまさに、絶望そのものだった。

「こ、これが……アースドラゴンの力……!」

 目を見開く。呼吸は荒く、肺にうまく酸素を供給することすら出来ない。手のひらにはじっとりとした汗が張り付いていた。

 まるでその場の全員が、金縛りにあったかのよう。

 しかし、小さな足音が響いた。

 ヴァンの横を駆け抜けたのは、栗色の髪をなびかせる少女。

「リリーナ!?」

 カーティスへと駆けたリリーナはカーティスの腕を掴み、

「こんなの……間違ってる! こんなことをしても兄さんの愛した人は戻らないわ! 兄さんと同じように苦しむ人が増えるだけよ!」

 嗚咽を漏らしながら、叫ぶ。

 ややあって、重たい溜め息が漏れた。

「ああ、そうだな。その通りだよ。リリーナ」

「兄さん……」

「私はね、フィアが死んでしまった時から世界が灰色になってしまったんだ。心が壊れてしまったのさ」

「そんなこと……ない」

「リリーナ。お前は私とは違う。沢山の人に愛され、そして同じくらいに、みんなを愛する心を持っている。それは、私にはもう出来ないことだ」

「そんなことない!」

 泣きじゃくる妹に、兄は小さな肩にそっと手を添えた。

 その時、ブリッジに差し込む光が変化した。ヴァンの頭の中で最大音量の警笛が鳴り響く。

「まずい……みんな! そこから離れろおおおおおお!!」

 ヴァンが力の限り、悲痛に叫ぶ。

 直後、モビーディックが大きく揺れた。

 ブリッジの左側の壁が一瞬で裂け、そこから絶望の光が溢れだす。その場から逃げ遅れたクルーが光に呑まれて一瞬で灰塵と化した。

 光はそのままブリッジの天と地を貫き、カーティスたちの方角に伸び――


 ドンッ!


「え……?」

 リリーナの体が押し飛ばされて光から遠ざかる。押し飛ばした人物の腕を掴もうと、その華奢な手を伸ばし、

「兄さん!?」

 光が、カーティスを包み込んでいく。

 しかしカーティスは微笑み、言葉を紡いだ。


「ああ、今逢いに行くよ。フィア……」


 微かに、しかし確かに響いた言葉――

「兄さあああああん!!」

 そして、光が収縮して、消えた。

 残るのは、外から吹き込む熱気と、嗚咽のみ。

 ブリッジに出来た大きな裂け目から眼下に広がる大地は赤に染まっていた。その正体である炎が生者を死の国へと誘うかのごとく蠢いている。

「そこにいたら危険だ! リリーナ!」

 ヴァンの叫びが響く。

 その断崖から一メートルほどの位置。まるで糸が切れた操り人形のようリリーナはうずくまっていた。その身が吹き付ける風に煽られ、今にも巨大な裂け目に引き込まれていきそうな危うさを帯びていた。

「兄さん……兄さん……」

「リリーナ!?」

 悲しみに呑まれて周りが見えてないのか!

「くそっ!」

 床を蹴る。

 地面が、異音を立てて傾いた。

「え……あ……?」

 少女の身が傾きに揺らいだ。同時に吹き荒れる風に無防備で小さな身体が煽られ、直後、少女の小さな身体は裂け目へと投げ出されていた。

「リリーナ!!」

 地を蹴り、裂け目へと飛び出していた。

 ただ、大切な人を失いたくないという思いだけが身体を突き動かしていた。

 荒れ狂う風がヴァンの身を押し流そうとする。手足を使ってバランスを取り、少女めがけて自身をピンと伸ばして空気抵抗を減らす。少女との距離が縮まっていく。

「リリーナーー!」

「ヴァン!」

 伸ばされた小さな手を無我夢中で掴む。そのままグイッと引き寄せた。リリーナのエメラルドグリーンに輝く瞳からは止めどなく涙が溢れ、空へと舞っていた。

「ヴァン……貴方まで……死んじゃう!」

「俺はリリーナのボディーガードだ! だから絶対助ける! 俺を……信じてくれ!」

「ヴァン……!」

 落下していく中、少女の泣き顔を胸に引き寄せる。

 空気をめいいぱい吸い込み、叫んだ。戦場に響きわたるように、強く!


「ハルーーーーー!!!!」


 はたして、

 モビーディックから、一条の光が飛び出した。光は粒子の尾を引き見る間に迫る。

 白銀の翼をもつ鋼鉄の竜がヴァンたちの横に並び、背中のハッチが開放されてヴァンたちに迫った。

 ヴァンは風に身体を流されないようにドラグノイドの角を掴み、

「早く中へ!」

「う、うん!」

 コクンと頷くとリリーナはコクピットに身体を滑り込ませた。

 ハッチが閉じられ、その背にヴァンは足を置く。カチリと足場をロックする音と共に外部操作に切り替わった。直後、めいいっぱい後方へ体重移動かける。

「上がれええ!!」

 操作に応えて白銀の翼がめいいっぱい広がり、空気の抵抗を最大限に受ける。

 同時に翼から爆発的に粒子が放出され、大地まで届き立ち上る炎が大きく揺らぐを盛大に巻き上げるとそのまま炎の中へと落ちていき、はたして、炎をかいくぐり白銀の翼が飛び出した。

「サンキューハル! おかげで助かった」

『マスターの無茶を救うのはサポートAIの務めですから』

「ああ、感謝してるぜ! リリーナは、大丈夫か?」

 ドラグノイドの中に居る少女に声をかける。

 表示されたモニターに映る少女の目にはまだ涙が浮かんでいたが、袖でぐいっと拭い、

「うん。ごめんね……あたしならもう大丈夫。……ヴァン」

 少女はその瞳を閉じる。再び溢れた涙が弾け、そして嗚咽を押し殺しながら、

「兄が残した憎悪の塊を……消し去って……お願い……!」

「ああ、終わらせよう! これが、最後の戦いだ!」

 決意を胸に、ヴァンは機体を上空のアースドラゴンへ向けると、ドラグノイドの翼を大きく羽ばたかせた。

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