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リリーナ

 強い意志を秘めたエメラルドグリーンの瞳。綺麗な栗色の髪をかすかに揺らし、威厳すら感じられる少女は厳しい目で真っ直ぐに戦場を見据えていた。

 少女の口が開き、再び戦場に響きわたる。

「わたくしは、ガイア王女、リリーナ・オルタニア! 両軍に告げます。今すぐに戦いをお止めなさい!」

 突然のホログラムから告げられた言葉に戦場の戦火が止む。空を静けさが支配し、そして再び声が響いた。

「これまで、ディオーネとガイアは交友を深め、この危険な世界で支えあってきました。それを一瞬で破棄し攻め入る……これがガイアのやり方ですか! まずは理由を述べ、このようにならないよう話し合いの場を設けるのが筋というもの……違いますか」

 戦場を静寂が支配する。そして、

「話し合いなど無意味だ」

 ガイア軍から男の声が響くと、巨大戦艦からホログラムが浮かび男性の姿が映し出された。

 濃いブラウンの髪。金の刺繍が入ったグレイの軍服を身に纏った男性は深緑の瞳を細める。

 リリーナはガイアの戦艦から映し出されたホログラムに驚愕の色を浮かべ、

「兄さん!? なぜカーティス兄さんが……これはいったい、どういうことなのですか!?」

「これは、既に話し合いのレベルを越えているのだ。リリーナ。何故ディオーネ側に居る。ガイアに仇なすつもりか」

 カーティスはリリーナを睨むように見据え、怒気を含んだ声が響いた。

 その声に一瞬怯むように顔を曇らせるも、すぐに毅然とした態度を取り戻し、

「そうではありません。私はただ、この戦いを止めたいだけ……これ以上、両国に血を流させたくないの」

 カーティスは眉を細め不適に笑うと、

「そのために戦争を止めろと? それは無理だな。なぜなら、この戦争を起こす引き金を引いたのはディオーネなのだから!」

 その言葉に、リリーナの瞳が見開かれる。わずかに震えた声で、

「それは……どういうことなの? ディオーネが戦争の引き金を引いたって、一体なにを」

 カーティスは目を閉じ、沈痛な面持ちで答えた。

「お前は知らないだろう……父が死ぬ直前に忽然と姿を消したのだから……いいだろう。教えようじゃないか。この戦争を引き起こした、ディオーネが犯した罪を……」

 戦場にカーティス王の声が響きわたる。その声は低く、深い悲しみを秘めていた。

 閉じていた目をゆっくりと開き、

「昨日……我らの父、グレイス・オルタニア王がディオーネの策略によって殺されたのだ!」

「な、に!?」

 戦場に響いたその言葉にヴァンは驚愕の声を上げていた。

「そんな馬鹿な! なんだって、ディオーネがガイアの王を殺さなくちゃならない!」

 その言葉に、ライデンが静かに、そして残酷に告げる。

「だが、これが事実だ。昨日、王はディオーネから親愛の証と送られた物を受け取った。そして、その直後に王室は爆発を起こしたのだ。突然のことにガイアは混乱を極めたが、カーティス王子が王に即位して指示を出すことで混乱を治めた。その後、ディオーネを攻めるために決起したのだ」

「それが、この戦いの引き金……」

 ホログラムに映るカーティスは拳を握ると声を高らかに、

「これで分かっただろう、リリーナ。この戦いは……ディオーネへの粛正なのだ!」

 ホログラムに映るリリーナは両手を口に当て、その目には今にも決壊しそうなほどの涙が浮かび、その表情は蒼白になっていた。

 そして、弱々しく首を横に振った。

「……たとえ、お父さまが死んだとしても、そのために戦争を起こすことは間違っています……。私たちのお父さまは心優しい方でした。きっとこのような、沢山の命を奪うようなことを望みはしません……きっと、もっと平和的な解決を望んでいる筈です。そうでしょう? カーティス兄さん」

 カーティスはそれまでの表情から一変。目をつり上げ感情を露わに、大仰に腕を凪いで、

「ふざけるな! 既に賽は投げられた。父の無念を晴らさねば、この戦いは終わらない!」

 突然の剣幕にリリーナは身を怯ませ目を閉じる。溜まっていた涙は粒となり空を舞った。

 しかしすぐに涙を拭うと、手の平を胸に当て前に一歩踏み出し、

「そのためにディオーネに居る大勢の罪もない人の命を奪うというの!? お願い、やめて!」

「くどい! そこまでして私に……ガイア新王に楯突くか!」

 奥歯を噛みしめるように睨むカーティスの剣幕は更に増す。

 そのカーティスに沈痛な面持ちで、リリーナは弱々しく、悲しみを秘めた声で、

「兄さん……わたくしの声は、すでに届かないのですね……」

 力なくうなだれる。

「そこまでにしていただきましょう。カーティス王」

 別の男性の声。その声にカーティスは目を細め、

「アロイス……」

 リリーナの横にアロイスが映る。その手には何故かナイフが握られていた。

「カーティス王。今この状況でリリーナ様がこちらに居る……これが何を意味しているかお分かりですね?」

 アロイスは手にしたナイフを、リリーナの首筋に当てた。

 あまりの光景に、ヴァンは焦燥を露わに叫んでいた。 

「アロイス王子!? なにを!!」

 ナイフを突きつけられたリリーナの表情が恐怖に歪む。

 顔色を変えずに、アロイスは言葉を続けた。

「これ以上戦争を続けるというのなら、リリーナ様の命が散ることになります」

「ふざけるな! 貴様――」

 スッ――とナイフの切っ先に僅かに動く。赤い液が滲み、それはゆっくりナイフを伝う。アロイスが本気だと分かるとカーティスは苦々しく奥歯を噛みしめ、言葉を止めた。

「兵を引いてください。そうすればリリーナ様を引き渡します。僕も、将来の婚約者を殺したくはない」

 思いもよらぬセリフに、ヴァンは思わず、

「なんだって!?」

 婚約者だって!? まさか、アロイス王子が!? じゃあリリアの家出の原因!? 

 頭の中が真っ白になるのを感じながら、うつむいたままのリリーナを見た。その頬には大粒の涙が流れる。それがカーティスの所業へのものなのか、婚約者であるアロイスへのものなのか――

 カーティスはゆっくりと頷くと、兵を下げるよう命令を下した。

 ガンシップが帰艦するのを確認したアロイスはナイフを仕舞い、

「迅速な指示です。ですが、リリーナ様を引き渡した途端に再度攻められてはたまりません。引き渡す前に、リリーナ様にはこれを付けてもらいます』」

 そう言い掲げたアロイスの手には、女性が付けるには少し大きい腕輪が握られていた。

「それは、なんだ」

 その問いにアロイスは顔色を変えずに、まるで感情の無い機械のように言った。


「爆弾です」


 その言葉にカーティスは再び強ばらせる。

「き! 貴様あああ! 私から……私からまたも大事な者を奪おうというのか!!」

「それはあなた次第です。リリーナ様を引き渡した後で再度攻めることがなければ心配ありません。これは、もしもの時の保険です」

 カーティスは苛立ちを露わに、奥歯を強く噛みしめ、

「分かった……」

 返事を聞いたアロイスは、何にも動じなかった表情を緩め、安堵したの表情を浮かべた。

「ありがとうございます、カーティス王」

 そう言い残し、アロイスはホログラムから消えた。そして残されたリリーナに向け、

「リリーナ、父が死んだ今、お前まで居なくなっては私は一人だ。すぐに戻ってこい」

 それを最後に、カーティスが映っていたホログラムは消えた。

「ありがとう」

 悲しみのこもった声が響き王宮のホログラムも消える。静まり返った空は曇天に覆われ、ガンシップと戦艦の飛行音が響いていた。

 そして、ディオーネを見上げていたヴァンの頬に空から雫が落ちる。

「これが、ディオーネのやり方か」

 成り行きを見守っていたライデンだったが、険しい顔をしてこちらを向くなりそう言い、雨に濡れるガンランスを首もとに突きつけてきた。

 しかし、放心状態となっていたヴァンはそのことには全く動じず、

「そんな……こんなことになるのなら王宮に送るんじゃなかった……俺は、リリアのボディーガードなのに……」

「なに?」

 ライデンはガンランスを放り、ヴァンの胸ぐらを掴むと、

 ゴッ!

「ぐ! が……ガハッ!」

 顔面を殴られ、受け身も取らずなすがままに地面に倒れ込む。泥と水しぶきが上がり、口の中には再び血の味が広がっていった。

「ボディーガードだと!? 世迷い言を――」

 その時、ライデンの通信機から声が響いた。

「これより、リリーナ様がディオーネから小型艇でこちらに向かわれる。至急、護衛に付いてください」

「了解。これより、護衛に付きます」

 通信機を切るとライデンは後ろを向け、ガンランスを拾いドラグノイドへと向かう。そして歩みを止めないままに、

「貴様のような者にリリーナ様を守るなど無理だ。これ以上関わるな」

 放心状態だったヴァンの目に、怒りの火が灯る。

 顔を上げ、腕を地に付けて上半身を起こし、血の味が広がるのもかまわずに、

「ぐ……お前に……お前に言われる筋合いはない! リリアがガンシップでモンスターに襲われている時、お前はどこにいた!? 洞窟でドラグノイドの中に居たあいつに気付かず攻撃してきたのは誰だ! 俺がリリアをガイアに送ろうとしたとき、砲撃してきたのはどっちだ!! たったの二日だけど、俺は誰よりもあいつを守ってきた! それを――」

「それがこのザマか!!」

 ライデンは勢いよく振り返り、

「リリーナ様をモンスターから守り、その後も庇っていたことには礼を言う。しかし、今更過去に意味などない。今この瞬間、リリーナ様はとても危険な立ち位置にいる……カーティス王の戦意を真っ向から受け、ディオーネからはあのように交渉の道具扱いだ。今こそ、誰かが側にいなくてはならない。だが今のお前は側に行くための翼は折れ、そうやって叫ぶのがやっとだ。そのような者が、ボディーガードなどと抜かすなど、俺は許さない!」

 それは紛れもない事実だった。既に立ち上がる力すら入らない自分の身体。そのことに、己の力のなさを、守るための、支えるための力のなさを呪った。

「このままで終わるとは思えん。次はもっと多くの血が流れるだろう」

 漆黒のドラグノイドの前でライデンは言い、その言葉が心をえぐる。

「強くなれ」

 ライデンはドラグノイドに乗り、こちらを見ると、上昇しながら更に言葉を続けた。

「大事な者を守れるように、今以上に、強く」

 強い意志を秘めた言葉が深く心に突き刺さる。

 上昇していくライデンを見ていたヴァンだったが、ガンブレードがその手から力なく落ちる。

 意識が遠くなっていくなか、視界の隅にディオーネから小型艇がガイアの戦艦に向け進んでいた。小型艇を囲うようにガイア鋼竜騎士団が配置につく。

「リリ……ア……」

 その名を呼んだのを最後に、意識は闇に呑まれていった。

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