目覚め
う……眩し……。
深いまどろみから目が覚める。
警告音を響かせ、自分を包んでいたドーム形状のガラス扉がスライドし、無機質な天井に取り付けられた蛍光灯の明かりが目覚めたばかりの目に容赦なく差し込み眼球を刺激した。
たまらず手をかざして光を遮り、辺りを見回す。
ここは……病院?
横になっている自分を中心に、左右に並ぶ様々な機械類。身体の状態を表す様々な数字やグラフが機械モニターに表示され、規則的な機械音が鳴り響いていた。
「う……ってて……」
痛む身を起こして、自分の身体を確認する。
自分が横になっていたのは治療カプセルだった。身体中には包帯が巻かれ、腕には点滴の針が刺さっている。
部屋全体を見回してみる。病室にしては周囲の機械がやたらと大仰な上に、壁には大きな画面と様々なスイッチ類。その病室の光景に、ヴァンは見覚えがあった。
ピ――
病室の扉からロックが外れる音が響く。扉が開くと、白衣の女性が入ってきた。
白衣を羽織っているがその下はスーツ。身長はヴァンと同じくらいだろうか、女性にしては背が高い。ロングでウェーブがかったブラウンカラーの髪は艶やかで歩く度に優雅に揺れ、縁無しメガネの下には黒真珠のように輝く切れ長の瞳。手元の書類に目を通しながら入ってきた女性は、ナースというよりは女性主治医。さらに言うなら科学者と言ったほうがしっくりくるように見えた。
その瞳が書類から離れるとこちらへと向けられる。目が合うと女性は微笑を浮かべ、
「あら、目が覚めたようね。気分はいかが?」
「ああ……えっと、気分は大丈夫です。身体の具合は……まぁ、見たまんまですね」
包帯でグルグルの腕を上げて苦笑する。
「ふふ、そうね、骨折はしていなかったし、包帯はもう取りましょうか。私はマリー。よろしくね、ヴァンくん」
ヴァンは「よろしく」と返事を返して、今の状況を確認してみる。
「えっと……マリーさん、ここって王宮の医療施設ですか?」
ヴァンの言葉に「あら」と少し驚き、
「ええ、そうよ。まだ何も言っていないのによく分かったわね?」
「俺の両親が竜騎士だったんですけど、任務で怪我して入院した時に見舞いで来た部屋とよく似ていたんで、もしかしたらと思ったんですよ」
ヴァンの説明にマリーさんは「なるほど」と納得して頷き、
「そうよ。ここは王宮の関係者に使用される医療施設なの」
「王宮関係者? 俺は一般人ですけど……」
その疑問にマリーさんは計器に表示されている情報をチェックしながら、
「頼まれたのよ。あなたを治療してあげてほしいってね。ここに運び込まれた時のあなた、結構ヤバかったのよ? しかもそれから丸二日間寝たままだったんだから」
そうか……俺は二日間も寝たまんまだったなんて。それにしても、頼まれたって一体……え!?
「ふ、二日間!? そんなに経ってんですか!? え、ガイアとの戦争は? ディオーネの人たちは? いいや……」
違う! それもこれも大事だけど、今一番知りたいことはそうじゃない!
目覚めたばかりでまだボーッとしているらしい頭を振り医療カプセルから立ち上がり、声を大にして、
「リリア! いや、リリーナは!?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。順に説明していくからまずは落ち着いて、急に立ち上がったら駄目よ!」
「教えてください。どうなっ――」
ガクンッ
急な目眩に襲われ、その場で膝が折れる。手を床に付け倒れるのは止めたが、視界はまが微かに揺らいでいた。
「ほらぁ、目覚めたばかりなんだから無理しちゃ駄目よ」
マリーさんに肩を貸してもらい、医療カプセルに座り込む。そして様子が落ち着いたのを確認すると、ヴァンの腕に巻かれた包帯を取りながら説明を始めた。
「ガイアとは冷戦状態が続いているわ。……先の戦いで、百人以上が犠牲になった。軍関係者も、そうでない一般人も含めてね……重軽傷者はその三倍。この施設の他の部屋にも大勢の人が医療カプセルの中に入っているわ。戦いは時間にして一時間も経っていなかったのに、それだけの時間で、多くの人が大切なものを無くした」
その事実に血の気が引くのを感じていた。それほどまでに、ガイアの戦闘能力は高いのだと改めて思い知らされる。
「それで、リリーナはガイアに戻ったんですよね。その後、彼女はどうなったか分かりますか?」
マリーは顔を横に振り、
「それが……その後のガイアの情報は全く無いの。あらゆる通信が繋がらず、ガイアに近づくのも戦争の引き金になりかねないから出来ないわ。とてもじゃないけど、情報を手に入れられる状態ではないの」
「そんな……」
「ごめんなさいね。こんなことしか言えなくて……それにしてもガイアのお姫様を呼び捨てなんて、どういう関係なの? お姉さんに教えてよ」
「ブッ!」
吹いた。
いきなりなんて質問すんだこの人!? 切れ長の目が輝いてるよ。まぁ、不思議がるのも無理ないか。知らなかったとはいえガイアの王女だもんな。
「いや、二日間だけボディーガー……」
――ボディーガードなどと抜かすなど、俺は許さない!
あの時言われたライデンの言葉が心を刺す。ヴァンは苦々しく頭を振ると俯き、
「俺は……」
「ああ、いいわ。ごめんなさいね」
ヴァンの反応で何かを察したのだろう。マリーは言葉を続けるのを止めた。
そこに、別の人が部屋に入ってきた。
「ヴァン!? 良かった。目が覚めたのですね」
その人物を見て、ヴァンは目つきを鋭くさせる。
「アロイス……!」
こちらに歩み寄りながら、安堵の表情を浮かばせるアロイス。しかしヴァンにとってアロイスの登場は、喜ばしいことではなかった。
カアッ! っと一気に頭が沸点を超える。痛む身体を無視し足早にアロイスに近付いてその胸ぐらを掴み上げ、
「あれは一体なんのまねだ!!」
ヴァンはアロイスを壁に強く押し付け、さらに詰め寄る。いきなり壁に押さえつけられたアロイスは痛みに顔を歪めた。
「なぜリリーナにナイフを向けた! なぜあんな物騒な腕輪を付けた! お前リリーナをいったいなんだと……答えろ!!」
「ちょっと!? 落ち着いてヴァンくん! あなたをここで治療するように言ってきたのは王子なのよ!?」
アロイスを掴んでいる腕に手をかけながらそう言うマリーさん。聞かされたその事実に、一瞬腕の力が緩むが、それでも再び押さえつけ、
「止めないでください! こいつは……こいつはリリーナを道具のように――」
「彼女が望んだことだ!!」
病室に響くアロイスの声。その内容にヴァンは固まった。
なんだって? リリーナがあれを望んだ? ナイフを突きつけられることも、爆弾の腕輪を付けられることも?
「どういうことだよ……リリーナが望んだって、いったい……」
「あの交渉は、彼女が提案してきたのです。もし自分の説得で戦いを止めることが出来なかった場合、自分を使い戦争を止めてくれと……」
「そ、そんな……嘘だろ……」
アロイスは苦渋の表情で、
「私もあのようなこと、したくは無かった! しかし、戦場に居たなら分かっているはずです。既に話し合いで止めることは出来ない状況であったと……」
掴んでいた手が振り払われる。アロイスは身なりを正し、
「あなたの辛い気持ちはよく分かります。あなたがリリーナ様に対し、どれほどよくしてあげていたかはモーヴィルの中で本人から沢山聞かせてもらいました。しかし……どうしようもなかったのです」
アロイスの言うことは正しい。だがそれでも、納得なんて出来なかった。
「だ、だからって……爆弾付きの腕輪を付けるなんて……やりすぎだ」
「そのことでしたら、心配ありません」
「え? 心配ないって、どういう……」
不意のその言葉にヴァンは目を丸くし問いただす。そしてアロイスは真剣な顔を少し緩め、
「爆弾は嘘です。あれはただの腕輪でしかありませんよ」
「にせ……もの?」
それを聞いた途端、ヴァンは安堵してヘナヘナと力が抜ける。数歩下がって腰を医療カプセルに落とした。
「あの交渉のお陰で、ディオーネの民を避難させる時間を得ることが出来ました。既に大半の民が近隣の小国や村に避難を始めています」
「そうですか……良かった」
そのことにヴァンは少し安堵する。だがアロイスは逆に困り顔で、
「はい。しかし腕輪が偽物と分かれば、ガイアはすぐにでも戦争を再開するでしょう」
「そんな……だったら、アロイス王子もこんなとこに居る場合じゃないでしょう? もし攻められたら……」
「いいえ。それでも私はこのディオーネを、民の故郷を守りたいのです。その時が来ても、私はここを離れません。ディオーネ鋼竜騎士団も、軍関係者も同じ気持ちです」
「アロイス王子……」
瞳を真っ直ぐに向けるアロイス。その瞳の中には強い決意の火が見て取れた。
「現在、ディオーネを守れるようにと打開策を練っているところです。しかしあれだけの戦力差を覆せるだけの方法はなかなか浮かびません。せめて、なにか情報があればいいのですが」
「情報か……」
そう言いヴァンは顎に手をやり、何か方法は無いかと頭を振り絞る。
現在ガイアとの通信は絶たれている。接近しようものなら当然容赦なく攻撃。いったい、どうすれば情報を……ん!?
ガタッと勢いよく立ち上がる。
「ちょっと、急にどうしたの? また倒れるわよ」
「ヴァン?」
マリーが慌てて手を貸し、アロイスは怪訝顔でヴァンを伺う。
「大丈夫です。それよりもアロイス王子、ハルは……ドラグノイドがどうなったか知りませんか!?」
アロイスが「ああ、それなら」と、
「ひとまず王宮の倉庫に保管しています。……酷い有り様ですよ」
「構いません。その倉庫に連れていってください。今すぐに!」
「何か、考えがあるのですね? 分かりました。案内しましょう」
アロイスに続いて、まだあちこちが痛む体を押して足早に出ていこうとする。が、
「ちょ、ちょっと!? ……待ちなさい!」
制止の声に振り返る。そこには目つきを鋭くしたマリーさんがこちらを見据えていた。
「あなた怪我人なのよ!? 目覚めたばかりで無茶するなんて、このあたしが許さないわ! 少し待ってなさい」
その後、マリーさんはすぐに戻ってきた。手であるモノを押して――




